小岩の麺 えどやさんへ




先月末のこと知人の個展が谷中であり、日暮里の以前によく利用していたラーメン屋さんがミシュランに掲載されていたとを知りました。とても目立たない場所の店舗だったものの、かなり美味しいお店でした。
個展で伺った際はタイミングが悪く頂けず(主催者に昼から呑まされた)。ラーメン屋がミシュランに載るとかは数年前に存じていましたが、最初に掲載されたお店は相当な長蛇の列になってしまったと聴いていて。
あのお店(ぶらり)もそうなってしまったのかなぁとか想像しつつ。

地元近くの小岩にもミシュランに載ったラーメン屋さんがあるとの情報を数日前に掴んでいました。これはタイミングをみて伺おうと。
Googleの地図で調べると、単車がお店近辺で置けない様子。片道3㎞なので自電車で行くべきだなぁと。

一時間以上前に到着したところ、誰も並んでおらず。土地勘の無い地域をさ迷いつつ列の具合を時々様子見しつつ、30分くらい前から並んでみることに。
雨がポツポツ降る中で、結局並んだのは自分一人でした。ミシュランに載ってもこんなものなのかな?
外神田で暮らしていた時代、アド街で紹介されたお店がその後もそれほど混まなかったりで、現実は予想と反したりするんだなぁと。

お店は三分ほど前に開いてくれました。
店内はとても狭く、現在の店名で開店してからは十年くらい経っていたハズなのですが、清掃がとても行き届いていました。普通ならそこら中が脂ベトベトになりそうですが、そんなこと無くて。(ベトベト系も雰囲気あって好きですが)
800円のラーメンの大を注文し、待つこと数分、登場したのは見た目何の変哲もない醤油ラーメン。
まずは一口、麺から。これが細麺なのに歯応えがしっかりしていて食感含めて美味しく。麺の一本々々が存在を主張していて。当然スープも美味しく。
チャーシュー等々も必然的にそこに調和している美味さで、とてもバランスを感じて。スープも残さず頂いてしまったのですが、最後の一滴まで美味しかったです。
丼に口を付けてスープを飲みだした頃、助手の女性がテーブル席のティッシュの箱を寄せてくれて。スープを飲み干す直前にティッシュで鼻をかんだのですが、いつもの癖で使ったティッシュをポケットに入れてしまい。
そこで助手の女性から「テーブルにそのままで大丈夫ですよ」と。これまた驚きました。
気遣いが半端ないというか。

お店やラーメンへの敬意もありますし、汚しちゃいけない感が強くて。特に普段伺うラーメン二郎では店舗によってティッシュはゴミ箱に必ず入れるようなルールになっていて。
ラーメンの味については、特に麺が最後までグチャグチャにならなかった点と、スープも最後まで淀みのない味わいだったのが特筆すべき点でした。
美味しいお店でも最初だけ美味しくて、最後にはくどかったりします。特に自分は食べるのが遅くて。
あと、ラーメンの量は小中大と三種類から選べるのですが、大はけっこうな量で、自分のお腹でもしっかり満たしてくれました。ここもとても重要で。

頂けた後に店内で飾られていたミシュランの表彰楯を撮らせて頂きました。三年続いている様子。
味だけでなく、店の雰囲気や接客も評価の対象になっているんだなぁと。
世間の皆様、ラーメンも凄いジャンルですよ。

災害後の略奪

昨日の朝のニュースで知ったのですが、インドネシアの大地震や津波の後は略奪行為が多過ぎて警察も止められない状況と。
その件についてTwitterで自分もボヤいたのですが。何度も大地震に襲われている日本ではほとんど略奪が無いのに、何処で違いが生まれるのか。
海外暮らしのフォロワーさん曰く「教育の差」では?との指摘でした。
ただ、特別な教育を受けた記憶は無いですし、大人達の振る舞いを代々受けて継いできたからなのかなぁと自分は思っていて。
まぁ、教育は教室の中に限ったワケでは無いでしょうし、広義には教育なのかも知れません。

その件についてYahooニュースのコメント欄を確認すると「日本のように貯金や備蓄が無い国なのだから生きるためには多めに見てあげよう」的な書き込みも。
一理あるとは思ったものの、納得しきれない意見でした。
江戸時代の都市は幾度も大火に襲われ、その日暮らしが普通だった時代、庶民は助け合って復興に励んだそうですので。
日本で大震災が発生する度に略奪がほとんど起こらない件は、海外からも注目されているらしいのですが、やはり日本が特殊なのかなぁ。

勿論、日本でも全く略奪が無かったワケでは無いですが、その機会に略奪をしてしまうような人は普段から犯罪に近いことを平気でやっていそうで。
ごく普通に暮らしていた人が変貌してしまう様なことは少ないかと。

話が少し飛びます。これもTwitterでボヤいた話です。
東欧にはフェイクニュースの村がある」的なドキュメンタリー番組を数ヵ月前に観ていて。
フェイクニュースをサイトに掲げてアクセス数を増やすと、莫大な広告費が手に入るそうで。儲かるものだから親まで協力的だったり、村にはフェイクニュースの先生まで居るそうで。
日本では考えられないことだよなぁと。親が知ったら叱って普通だと思うんです。
「騙される方が悪い」的な考えが根底にあるらしく。ここに大きな違いがあるのかなぁと。
実際、そんな考えが当たり前になってしまったら、社会が成立しないのでは?と思いつつも上記の村は成立している様子。
日本で云う「当たり前だろ」が全く異なるというか。

日本人は「お人好し」と馬鹿にされてしまう風潮もあったりですけれど、自分はそんな日本の方が好きです。
そうでないと、何もかも疑いながらの日々になってしまいますし。

更に話が飛んでしまいますが、パソコンのハッキングが世の中に無ければセキュリティーソフトも不要で、パソコンの動作はもっと快適になるのになぁと。
特に古めのパソコンから最新のセキュリティソフトをアンインストールすると、あれだけモッサリしていた動作が劇的に改善したりで。
疑い前提の処理が裏で走っているから、資源を無駄に消費している一例かなぁと。

Forza siプラグ交換後

昨日のプラグ交換でアイドリングの不調が直ったForza siで夜明け前にひとっ走りしてみました。
アイドリングは1400回転辺りでピタッと安定し、加速もすこぶる良くなりました。
例えとしては極端ですが、ディーゼルエンジンが吹け上がりの良い2サイクルエンジンに載せ替わったような。失火は低回転以外でもあったのかと思われます。
夜明け前の走行は、江戸川沿いの国道から外環の道の駅いちかわ辺りまで。普段から流れが良いルートなのですが、この時刻ですとスカスカのサーキット状況。
特に出来立ての外環千葉区間は舗装の状態も良いので、調子の良い単車ではレールの上を走っているような安定感と穏やかさで。この感覚がかなり気持ち良く。

シングルのエンジンとかVツインのアメリカンに乗る人は独特の鼓動が好みだったりするようですが、やはりエンジンが不調の際の振動は嫌だと思います。
Forza siもシングルではありますが、鼓動を楽しむような部類では無いと思っています。スムーズでなんぼ。
昨日の記事でプラグを破壊してしまったのは前回のLLCの交換時と綴ったのですが、今回の交換で外す際だったのかも知れません。外すときの初動で「ボキッ」といった感覚もあって。
まぁどの時点で破壊したのか謎にしても、プラグの交換でかなり変わるものなんだなぁと。

14年前に4気筒のCBR250をオークションで入手した際は、やはりアイドリングが落ち着かず、加速もスムーズでは無く。
キャブレターの調整で改善する見込みでしたが、小型のエンジンを無理矢理4気筒にしたような設計だったので作業性は最悪でした。
仕方なく、オークションで見掛けたレース用のキャブレターを入手し乗せ換えたところ、素晴らしいコンディションに蘇り。
アイドリング時の安定した音から別物になりました。加速時の吹け上がりの音も官能的で。これぞ4発な。
スピードメーターではなくタコメーターを確認しながらの運転をしていたら、2度もスピード違反で切符を頂き。
コンディションの良いレーサーレプリカはスピード感がほとんど無くて。非常に馬鹿な捕まり方でした。
そんなこともあり、回さないと面白くない系の乗り物はもう手出ししない様にしています。

話が戻ります。
夜明け前の道の駅は単車乗りのグループが何台か。暴走族とかではなくて皆単車も綺麗にしていて、普通の青年達。
関東の少し離れた場所のナンバーも数台。少し寒い天候だったので、一休みしていた様子でした。
片岡義男の世界観なんですよ。自分にとっては。
全く生産性の無い行動なのですが、この感覚がいまでも好きです。

あと、プラグ交換時の距離もメモしておきたく、写真を貼っておきます。

Forza siのプラグを交換

ここ一ヶ月ほどアイドリングが不安定な状態で時々エンストしていたForza siですが、本日プラグを外してみたところ、碍子が割れていました。
一ヵ月前に、LLCを交換した際に自分で破壊していた様です。あぁ、情けない。
新品交換後はアイドリングも元通り安定し、エンストも当然しませんでした。


ついでに、交換前後のプラグを比較。しかし、碍子の部分も一般的なプラグより細いのでしょうか?本体が長過ぎてそう見えてしまうのかな。
AR50の時代から何台も単車に乗り継いできて、スパークプラグは数え切れないほどチェックしてきたのですが。
特に四気筒のCBR250なんて外すのも付けるのもえらく面倒だったのに、こんなドジ踏んだこと無くて。

ともかく、これで安心して遠出出来そうです。前回のオイル交換からそろそろ一年経つので、こいつも片付けねば。

今年も金木犀

昨日のこと、庭の金木犀の開花に気付きました。これがあまり喜べず。
本来はあの香りで気付きたいのに、全く香りが無く。ほんのりオレンジに色づいている小さな花で気付き。
鼻を近付けてクンクンしても、全く分からず。

その旨をTwitterで嘆いたところ、知人のフォロワーさんがリンクしてくれまして。
そのリンクに気付かれた方(Nさん)からコメントも頂けて。
Nさんのアカウントは以前から存じていました。柴又のセピアさん繋がりのようで。
Nさんのアカウントを改めて確認したところ、数日前に自分と同じように金木犀をクンクンしていたそうで。
自分以外に同じことをする人が、案外身近に居たのはちょっと嬉しかったです。

しばらく返信をしあっていたところ、フォローを頂き。
ここでちと考えました。
自分、面識のない方を基本的にフォローしない方針で。Tweetの内容が全く興味の対象外で一日に何十もTweetしてしまう方が自分はちと苦手で、長続きしなかったり。
古い付き合いの知人であればまた話が別なのですけれど。個人アカウントで自分がフォローしている人は25人程度です。
しかし、Nさんの過去のTweetは面白い内容が多く、ちゃんと個性も発揮されていて、何より金木犀クンクン仲間ということで自分もフォローを。

香る金木犀と香らない金木犀の違いについてもNさんは検索してくれて。
興味あることを自分で調べられる方は偉いと思っています。自分もその件、ちゃんと調べねば。
しかし、これから大きな台風が訪れるというタイミングで開花するって、何だか残念でもありました。

ホラ吹いてしもうた

昨日は知人の個展で谷中方面へ伺っていました。
二十年来の知人で、Web上ではソコソコやりとりをしていたものの、十年ぶり以上の再会となりまして。
都心暮らしで小さなVespaに乗っていた頃の自分はフットワークも軽かったのですが、単車の駐禁が厳しくなってからは出不精そのもの。

谷中方面最寄りの日暮里駅は、かつての職場があったエリアでもあり、たまには行ってみるかで。
当時好んで伺っていたラーメン屋さん「ぶらり」もついでに寄ってみようと。
で、そのラーメン屋さんを検索したところ、数年前にミシュランでも紹介されたらしく。ちと驚きでした。
美味しいのは確かでしたが、非常に目立たない場所に立地していてお客さんが居ないタイミングの方が多くて。
どうやって見つけたんだろう?と。
タイミングが悪くて本日は開店前にチラ見しただけとなりました。

谷中は自分の乗っている自転車「東京バイク」の販売店もあって、晴れていたら寄ってみたかったです。
ともかく、台風に伴う雨で無ければもう少し色々寄りたかったです。

で、個展の会場で知人と再会。他のアーティストさんの作品も拝めたり、作品についての説明も頂けたり。
大き目にプリントアウトされた写真は、どれも美しく撮れていて。その中で一つ気になった写真が。
昔から日立のCMで使われていた「この木なんの木」っぽい大樹が写っていて。

撮影者の方は昭和記念公園で撮られたとのこと。
以前に身内の葬儀で北海道を訪れた際、車での移動中に「あれが日立の樹」だと親族から説明を頂けた大樹がありました。
CMで以前に使われていたそうで。自分のイメージしていたシルエットとは少し異なったのですが、疑う必要も無く。
で、「あのCMは北海道で撮られたらしいんです。帯広近辺でした」と、自分も同じ説明をその場でしてしまい。

しかし、本当にそうなのかどうにも引っ掛かって、先ほど検索したところ大いに広まった誤情報だったそうです。
まずはWikiで調べたところ、北海道での撮影とは何処にも触れられておらず。
で、核心に迫る記事はこちらでした。「はるにれの木(豊頃)・誤情報(この木何の木♪CM初代)拡大の真相」。

明日(というか今日)も個展は開催されているそうですので、ホラ吹いてしまった件を早めに伝えておかないと。。
しかし、自分が北海道撮影説を聴いたのは24年ほど前で、これまでに十人以上の人にホラを吹いてきたと思います。勿論、誰に伝えたかまでは覚えていません。
上記のミシュランの件も間違った噂だったら嫌だなぁ。ホラ吹き大将になってしまう。

返してほしい本

技術マニュアルとか仕様書を綴る部署に異動した直後に、本社の入っていたビルの地下には書店があり、昼休みは立ち読みを楽しみにしていました。
そこで気になった本があり、購入してみると参考になる例が多く。本のタイトルも忘れてしまい、当時の同僚に貸したら返ってこなくて。
もう一度読んでみたい文章なのですが。

「名文と悪文」みたいな内容の本でした。「名文と駄文」ではなくて。
では、悪文と駄文の違いは何なのかというと、駄文の方は誤解を招きやすい文章でした。
名文と駄文の違いについては賛否両論あるので一概にジャッジ出来ないそうなのですが、悪文についてはどっちのことを言っているのか分かり難い表現が多いようで、悪文として見抜けやすいそうで。
その例えの一節がとても分かり易かったんです。しかし、その一節がどうにも思い出せず、読み返したいなぁと。(せめて本のタイトルだけでも教えてほしいのですが)

うろ覚えなのでかなり強引なフレーズになりますが「綺麗な車に乗った女性」といった表現があった場合、戸惑いが生まれると思うんです。(あの本の実例はもっと分かり易いフレーズでした)
「車が綺麗」という表現は違和感あるし、綺麗という修飾語の対象が車なのは明白なのですが。これが「車に乗った綺麗な女性」ならば疑う余地も無く。
若しくは「洗車したばかりの綺麗な車に乗った女性」ならば流れは掴みやすく。作者が綺麗と伝えたかったのが女性だったとしたら、悪文でしかありません。

「自分は文学を綴る立場に無く、分かり易い技術書を綴る立場でしたので、名文を綴る必要はありませんでしたし、そんなセンスも無いと思っていたので、ともかく誤解の生じないような文章を目指していました」
例えば上記の文章にしても「、」が入り過ぎていると思ったりですが、特にWeb上の文章の場合は区切った方が結果的に読みやすかったりもあると思います。
印刷された紙の文章でしたら、細切れ気味だとは思います。だんだんと例文なのか伝えたいことなのか分かり難くなってきました。

他にも、お年寄り向けの配慮もあった記憶です。例えばプリンターの取扱説明書で「プリンター」と「プリンタ」がごちゃ混ぜになっていたら、別物と判断してしまう方が居るそうです。
若者よりもお年寄りの方が別物と判断してしまう傾向らしく。お年寄りほど子供の頃の作文でみっちり仕込まれたからか。「用語の統一」についてなのですが、自分もよくやらかしているかと。

語尾の統一とかも扱っていました。これは思いつくまま綴ってしまうと陥りやすい失敗で、綴った後に語尾だけ斜め読みして統一性の無さに気付いたりです。まぁ、そこまで意識する人がどれだけいるのやら。
しかし、そんなことばかり意識していたら書きたいことも書けなくなってしまいますし、心の片隅程度の注意で良いのかなぁと。少なくともこのBlogでは誰かからお金を頂いているワケではありませんし。
「お前の文章を読むのに費やした時間はお金と一緒だ」という方も中には居るんでしょうけれど。

かなり大袈裟な表現になってしまうのですが、人が他の生物より優れているなぁと思える点の一つは文章を書けたり読めたりする部分かと。
そうでなければ技術の進歩もあったものではありません。ニュートンが文章を残さなければ、アインシュタインまで辿り着けなかったかも知れず。

インターネットに比較的早い段階から自分は触れていたので、先人の残してくれた技術系の文章に無料で救われた場面が多く。なので、自分もハマったことについてはなるべく残すようにしていました。
実家に帰省した際「これは便利だよ」とインターネットに接続出来る環境を作ったりもしました。養父もエロには興味あったでしょうし。
しかし、養父から言われたのは「そんな貴重な情報を無料で公開する奴の気が知れん」とのことでした。まぁ、そのうち分かってくれるだろうと。
自衛隊の高校出身な養父は、伝統的にイジメやシゴキを代々受け継いできた面が濃かったのかも知れません。何処かの時点で「そんなの無駄だから」と、もっと進歩的な流れに加速出来れば素敵なのですけれど。

自画自賛ではありませんが、過去には残しておいてお礼のコメントを頂けた記事も幾つかありました。(滅多に無いことですけれど)
フォトショップで自動処理に数日ハマった例。これはメーカーの説明も足りず。→ Photoshop Elements 7のバッチ処理
格安のコンピューターをhi-fiなジュークボックスの様に使う例。当時は前例がほとんどなく。→ Raspberry Piの設定等
海外製の格安なLEDヘッドライトをスクーターに組み込んだ例。ここまで詳しく綴ったのは無かったと思えます。→ ヘッドライトのLED化
他にも、突然消えてしまったラーメン屋呑み屋の記事と画像とかありました。個人的にはどれも名店でした。

まぁ、自己満足の一環ではあると思います。
ガァ