ひまわりと隣人

今年入手したひまわりの種は百均で二袋百円な安物でした。それが理由か分かりませんが、開花の時期が相当ばらついています。
最初に咲いた花が終わって一ヵ月近く経っても、まだ開花していない株が幾つもあったりです。
出来るなら一斉に花を咲かせたい派なのですけれど。

そんなことはさて置いて、このひまわりを楽しまれる方はけっこういらっしゃる様子です。
隣接する歩道を歩く方がひまわりについて時々ささやいたり。真上の階で暮らすお婆ちゃんや向かいのアパートのお婆ちゃんが喜んでくれたり。
育て甲斐もあるってもんで。

一昨年のロシアヒマワリは相当な背丈まで成長したので、上の階に住むお婆ちゃんも大喜びされていました。
自分は週末に庭仕事している機会が多く、そのタイミングでベランダに出てきたお婆ちゃんが一声かけてくれたり。
会話は年に一度あるか無いかくらいの付き合いですけれど、たまに「携帯の使い方が分からないから教えてほしい」とか尋ねられたりも。
昨日は珍しくマンションの廊下でお会いしました。普段はあまり外出されていない様子で。
以前から気になっていたことを尋ねてみました。
 SUKIYAKI:ベランダで煙草、二階まで煙は届いていませんが?
 お婆ちゃん:あら、私もしばらく前まで吸ってたから気にしないで。
 SUKIYAKI:でも、届いていませんか?
 お婆ちゃん:目の前で吸われたら気になるかも知れないけど、いいのいいの。
 SUKIYAKI:吸ってるようにはぜんぜん観えなかったですよ。
 お婆ちゃん:息子が私より早く死んじゃってね、それで止めたのよ。
 SUKIYAKI:えっ?お幾つだったのですが?
 お婆ちゃん:還暦だったのよ。
 SUKIYAKI:そうでしたか。。

七十代くらいのお婆ちゃんなのかと思っていましたが、この会話ですと八十代くらいの様子。今日目の前で観た限りは背丈は低いものの十分元気そうな様子です。
時々、ヘルパーらしい若い女性との会話が庭まで響いてくるので孤独死みたいな場面はそれ程心配してはいないのですが、窓が締まりっきりの日が続くとちと心配だったりもしています。
久し振りに庭から観掛けると「しばらく入院していたの」とのことで、やはり心配ではあるのですが。
まぁともかく、付かず離れず干渉しない良い関係だとは思っています。

上京してからの自分はずっと集合住宅で独り暮らしです。外神田は十二年も暮らしましたが、それ以外は数年おきで引越しており、何故か近所付き合いが多くて。
その近所付き合いは多くが良い結果になっていて、この時代に有難くもあり。
珍しいのか当たり前なのか分かりませんが、隣人の命を人生で二度自分は救っていて。救急車を呼んでいて。

幼少期にお世話になっていた叔父さんの振る舞いが自分には影響している様なんです。
埼玉の川越で暮らしていた自分は母子家庭で、神奈川の大和で暮らす叔父さんの家に遊びに行く機会が時々あって。
当時の叔父さんは古い戸建ての賃貸に暮らしていて、隣接する道路はまだ未舗装で。それが自分が遊びに伺った日に丁度舗装の工事をしていて。
工事していたおとっつぁん達は叔父さんが車を停めている庭に繋がる傾斜まで「ついでに舗装しておきましょうか?」と。
道路から庭までの傾斜は綺麗に舗装され、叔父さんはセブンスターを1カートンお礼していました。
このやり取りが素敵だと思ったんです。だって、面倒な作業が増えるだけなのに気を配ってくれたり、それに対して煙草でお礼だなんて大人らしくて。
自分もいつかこんなやり取りが出来たらなぁと。「こうしろ」と教わったワケでは無くて、普段の行いで。

Wikiで以前に知ったのですが、神道の説明がそれに近くて。神道というとどうにもお堅い宗教のようにも観えてしまうのですが、自分にとっては日本の文化そのもので。震災も多い日本らしさ。
この下りが日本らしいよなぁと。「自然を感じ取り、そのもののままでは厳しい自然の中で、人間として文化的な生活を営むのにふさわしい環境と状態を、自然との調和に配慮しながらバランスを取り調節して行き、人民生活を見回って、生活する為の知恵や知識のヒントを与えたり、少し手伝ってあげたり、体や物を借りた時や何かやって貰った時などには少しお礼をしたり。それが、日本の「神(かみ)」が行っていた仕事の一つである。日本人にとって「神」は、とても身近な存在であった。日本の神は地域社会を守り、現世の人間に恩恵を与える穏やかな「守護神」であるが、天変地異を引き起こし、病や死を招き寄せる「祟る」性格も持っている」。
この「少し手伝ってあげたり、体や物を借りた時や何かやって貰った時などには少しお礼をしたり」の「少し」ってところが「出来る範囲」で素敵だと思うんです。
「助けて」何て言われる前に助けちゃったり、恩着せがましい前にお礼をしちゃったり。

外神田の下町で暮らしていた頃の自分は、近くの小さな神社の繋がりに色々とお世話になっていて、少しでも恩は返したいなぁと思っていて。
お祭りと云えば地元の大きな神社であった神田明神さんでしたが、大晦日や元旦は地元の小さな神社を守る町会の皆さんと、そこに集まってきてくれる近隣町会の皆さんがありがたくて。
漱石の三四郎が学生時代から自分の好きな古典でもあります。あの最後の下りも節目だったのか主要な登場人物が集まって。同様に、年越しという寒い寒い場面で地元の皆さんが集う場所、お祭りでは誰もが人一倍元気なのにしんみりと素敵で。
そういえば、叔父さんもお正月には和服を着て近くの小さな神社に初詣に連れて行ってくれたなぁと。
妙な時刻にこんな文章を綴っていますが、今日はお天道様が出てきたら近くの神社にでも行ってみようかな。

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