西城秀樹さんの思い出

昨夜、西城秀樹さんが亡くなられたそうです。
十年以上前に脳梗塞で倒れられたと聴いていて、その後テレビでお見掛けする姿が少なかった気がしますが、自分自身が高校時代からテレビをあまり見なくなっているので、出演の機会自体はそれなりにあったのかも知れません。
最後に生放送でお見掛けしたのは某国営放送の「のど自慢」だった記憶です。これすら十年くらい前だったかもしれません。
このとき、素人が歌った「傷だらけのローラ」はかなり上手だったものの、審査員の西城さんは「もっとオーバーアクション」をとの指導をされていた記憶です。

西城さんのデビューというか存在を知ったのは自分が小学校に上がるくらいの頃だった記憶です。当時の西城さんの歌というか演技というかは派手過ぎて自分にはついていけなかった感です。
ただ、ドラマ「寺内貫太郎一家」は楽しみで、夕方の再放送を笑いながら見たものでした。

小学校の高学年の頃に流行ったYMCAは、体育の授業か何かでも踊らされた記憶があります。老若男女誰でも知っていた歌、誰でも謳えて一緒に踊れて。そんな時代はここまでだったかなぁと後から思い出したりしています。
この時代になるとニューミュージック系の方々が続々と登場し始めて、自分もそちらの方が気になっていました。世良公則さんや原田真二さん等です。あとは、担任の先生も好きだった「さだまさし」さん等のフォーク系も。

その頃くらいに観た映画がずっと気になっていました。日曜の夕方頃に放映されていた作品は途中から観たのですが、一文無しの身寄りの無いらしきお婆ちゃんが可哀そうで、冷たい対応の家族達と大喧嘩した青年(西城秀樹)が「こんなところ一緒に出て行こう!」とお婆ちゃんを連れて旅立つ結末でした。
しかし、痛快だったのは、大きな土地を処分したお婆ちゃんは数億円資産を持つ大金持ちだったというオチで。
どうやら、お婆ちゃんはお金目当てでは無い信頼できる人を探していた様子でした。隠し持っていた資産を最後の最後で打ち明けられた青年はビックリし、ニコニコのお婆ちゃんはそれさえも楽しんでいるようで。

かなりうろ覚えですが、ラストはこんな会話だったような。
 お婆ちゃん:あなたお金預けたいの(Vサインしながら)
 青年:二万円?
 お婆ちゃん:もっともっと
 青年:二十万?
 お婆ちゃん:もっともっと
 青年:え?

今日、西城さんの訃報でその謎の作品が何だったのか検索したところ、すぐに分かりました。「おれの行く道」という作品で、リンク先であらすじも判明しました。あの冷たかった家族も当初は財産目当てでお婆ちゃんの奪い合い的な展開だった様子です。
また、主演は田中絹代さんだったそうで、昭和の大スターではありましたが既に高齢でほぼ最後の主演作となったそうです。そんな大事な作品に出演した西城さんですが、西城さん自身が登場する映画というのは実はかなり少なかったらしく(それも手伝って探しやすかったです)。
また、この作品はVHSビデオでは販売されていた模様ですが、その後DVD化はされていないらしく。もう観れる機会は無いのかなぁとか、出来れば追悼で放映してほしいなぁとか。素敵なB級映画だと思っていて。
余談ですが、日曜の夕方に日本テレビで時々放映されていた映画は名も知らぬB級なのばかりでしたが、タイミング良く見れる機会があると、どれも心にジーンと響くのが多かった記憶です。「初めての旅」という作品も途中からだったので、もう一度観てみたい一作です。輸入スポーツカーを盗んで旅した二人の青年の顛末でした。

今夜のニュースで西城秀樹さんの訃報も扱われました。デビュー当時から全盛期の元気に踊って歌う姿。自信満々元気モリモリ。そして身体を壊してからのリハビリ場面やバラエティー番組でのトーク等。この身体を壊してからのトークというのが声を出すだけでやっとな状況で。何処かに無理な力を入れないと発声出来ないような頑張り方でした。
それでも一時よりは随分マシになったそうなんです。芸能人によっては衰えた姿を隠してしまう方も実際居ると思うのですが、西城さんは障がいが残っても頑張っている自分をさらけ出す覚悟があったそうです。

西城さんの本当のカッコ良さを、今日になって知ったようでもあります。
ご冥福お祈りします。

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