神保町の社会鍋


[ 社会鍋 ]
神保町方面へ伺った途中、年末恒例の社会鍋が登場していました。古本屋街の大きな交差点近くにある救世軍前です。
学生時代に社会学を専攻していたバックパッカーの友人曰く「救世軍にはお世話になった」とのことでした。この友人は五木寛之の小説に登場するような旅を繰り返していて、当時の自分にはジョン万次郎のような存在でした。
何でも、貧乏旅行の海外で救世軍の清潔な宿に安く泊まらせて頂けたとのことでした。良い意味で見返りを期待していない団体だそうです。
当時はキャンパスや街頭で宗教の勧誘が激しく、その辺の知識は最低限持つようにしていました。その後、大きな事件を起こした団体も中にはありましたし。
面倒だからと全ての宗教を門前払いというのは角が立つ場面もあるので、ゆるい線をテキトーに引く自分です。(下町の行事の多くは神道系だったりします)
救世軍の軍という名称や制服、管楽器での演奏等に当初は違和感を覚えましたが、その友人からは無害と伺っています。(もっとマシな説明だったと思いますが、覚えていません)
ちなみに、海外で生活していたとき「何処の宗教に入っているの?」という話題が幾度かありました。そこで「無宗教」と答えると誤解を招くらしく、「仏教のようなもの」と答えておりました。
ともかく、宗教に疎い自分ですが、最低限の予備知識がないと海外では無礼な言動になりかねなかったりしますので、ある程度は意識しています。
初来日のオランダの技術者を案内した際、自分は朝食の場でお箸の使い方から教えてあげました。
案外、簡単に覚えてくれるものだと感心していたところ、彼は突然お茶碗の御飯に箸を突き刺しました。「使わないときはこれが便利だ。いいアイデアだろ?」と得意気に。
 SUKIYAKI: いいアイデアだけど、これからそれはやっちゃ駄目だよ
 技術者: どうして?
 SUKIYAKI: 日本ではタブーとされているから
 技術者: どうして?
 SUKIYAKI: 亡くなった人に捧げる食べ物の意味だったと思う
 技術者: どうして?
 SUKIYAKI: 自分が決めたワケじゃないから分からないヨ
こうなると、宗教なのか文化なのか、生活習慣なのかよく分かりません。
オランダから訪れた技術者は自分の返答に困る姿を観て、謎のルールをそれ以降自分の居ない場でも守ってくれたようです。
ガァ



[ 九段下からの武道館 ]

[ 九段下からの靖国神社 ]
このゆるく長い上り坂、調子悪い頃のVespaでは上りきれませんでした。

[ 懐かしの”さぼうる” ]

[ 今回の目的地 ]

[ 徳萬殿の大盛り炒飯:想像を超えた大きさ ]

[ どうにか完食:美味しかったですが、キツかった ]

[ ニコライ堂 ]

[ 聖橋からの御茶ノ水駅 ]

[ 日溜りの明神さん ]

[ 左々舎の板さんとチャチャ ]

5 thoughts on “神保町の社会鍋

  1. 「社会鍋」は食べられないけれど喰えない人たちが暖まる。
    その炒飯はとてもうまそうだけど、完食は無理。
    明神下仲通りで、チャチャの座布団だけが日向ぼっこしていた今日でした。

  2. 西平さん
    セットメニューを注文される方の多くは「御飯半分で」と言われてました。「大盛りでもあの程度か」と思っていた他のお客さんの炒飯、実は普通盛でした。単位が倍違うお店だったかもしれません。
    チャチャ、会いたいときに居ないことが多いです。
    ガァ

  3. うぁ、懐かしい風景がたくさん!><
    そっち方面は、長いこと行ってないですにゃぁ・・・
    神保町や御茶ノ水界隈は、学生時代は庭でした。

  4. ニコライ堂、懐かしい!
    SUKIYAKIさんはほんとに都会のど真ん中に住んでいるから
    羨ましいです。

  5. きょんさんへ
    学生時代から居心地良くて、結局暮らし始めてしまった感です。
    ここ数日、PCの設定にハマってまして、返信送れてスミマセン。
    らぶさんへ
    初めて訪れたのに、懐かしさみたいなのを感じる街だったりしますよね。<御茶ノ水
    でも、実際は下町っぽいですよ。<都会
    ガァ

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