九ちゃんの思い出

九ちゃんと言ってしまうと、馴れ馴れしいですが、坂本九さんの思い出です。
これまで偶然観掛けた芸能人さんの中で、特に偉大な方でした。九ちゃん。

高校時代の自分はアルバイトに明け暮れておりました。皿洗いから総合結婚式場のボーイ、クリスマスの似合わないサンタクロース、いつも立ち読みでお世話になっていた本屋さんの棚卸等で小遣い稼ぎをしていたんです。
総合結婚式場のボーイは、お洒落な同年代のアルバイトが何人も居て、自分の服装のイケてなさを注意されたものでした。

当時、地元北海道では「サンデー・九」という福祉系のテレビ番組が、日曜の朝に放映されていたんです。恐らく、北海道のローカル番組かと思います。
その番組で、養護施設のクリスマスパーティーの取材があり、自分のお世話になっていた総合結婚式場が会場となりました。
アルバイトの取りまとめ役の方が「この日バイトに出たら、九ちゃんに会えるぞ」と言っていました。喜んで申し出たのは自分だけでした。
土曜の昼ぐらいからだったので、途中で高校を抜け出さないと手伝いできない時間でした。
自分の親が、以前に水商売系で働いていたので、古い名曲(流行歌)はそれなりに知っていました。
九ちゃんが全米で昔、ナンバーワンになったことも何故か知っていて。
実際、上を向いて歩こう(SUKIYAKI)も星の歌も、自分は大好きでしたし。

クリスマスの時期に放映される番組でしたので、収録はそれより少し早かった記憶です。
地元のテレビ局(STVだったかな)の機材類とかが持ち込まれた会場は、いつもと様子が違っていました。
その日手伝いに来ていたアルバイトが自分ぐらいだったもので、とにかく忙しく、必死で注文をこなしていた感でした。
お客さんが、養護施設の生徒さん達だったのも、対応というか判断に迷った部分でした。
注文されたジュースを届けると、「ありがとう」と言って、袖をなかなか離してくれなかったり。

収録が始まる前の九ちゃん、舞台裏なのにモノマネなんかして、スタッフの方々にもかなりのサービスっぷりでした。
当時ドサマワリに近い芸能人を、幾度かその場所で見掛けましたが、舞台裏では普通の人以上にシビアだったりで、九ちゃんのサービスには驚いたものでした。
その日の仕事はあっというまに終わった記憶です。とにかく忙しかった。

クリスマスパーティーが終わると、片付け作業が待っていたのですけれど、九ちゃんが帰る前に何とかお礼と言うか握手もしたくて。
タイミングを見計らい、九ちゃんと同じエレベーターに乗れて、サインも頂けたんです。
それも、ポケットに忍ばせていた数学の教科書に。
九ちゃんは、快く握手とサインと笑顔でした。

自分なんかより、ぜんぜん小柄なのに、全く存在感が違う九ちゃんでしたヨ。
日航ジャンボの悲劇から二十年だそうです。
1985年の8月になるのかな。

いま、本棚から宝物を引っ張り出したところ、サインの日付は1984.12.7となっていました。
無常。

そうなると知っていたから、いつもポジティブに明るく生きていたワケでもないでしょうに。
人を幸せにする力を、早めに使い切ってしまったとも思えないし。
とにかく、自分はあのときホンモノを観ました。

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