歴史観

史実がどうだったかの認識は、小説や映画による影響が濃い感です。
自分は読み物として司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」が大好きです。
うろ覚えなのですが「あとがき」か何かに「執筆にあたって神保町の古本屋から幕末にまつわる本が消えた」との話とか。何でも、時代検証用に司馬氏が買い漁ってしまったそうで。
更には「他の作家はロクに検証もせずフィクションを書きがち」とも。似たような言葉を歴史小説家は言いがちにも思えるのですが。

そんな言葉を鵜呑みにして、坂本龍馬の半生を追ったあの作品は、基本的に史実ベースなのかと思っていました。
しかし、実際のところはフィクション色も濃かった様です。
大河ドラマで放映された「龍馬伝」も面白かったのですが、あの作品と異なる場面が幾つかあったり。
ちょっと違和感もあったのですが、小説が全て事実というワケでは無いので、描かれ方に違いが生じても仕方ないんだよなと。

まぁ、フィクション色が濃いにしても、それまで忘れられた存在であった坂本龍馬を表に引っ張り出した作品は、意味があったと思います。
批評家によっては、幕末の志士の中で小者だったとの評価までありますが、読み物としては面白く。

過去の歴史問題を題材にした作品は世界中に山ほどあるらしく。
特に中国や韓国では反日のプロパガンダ的な映画製作が続いていたそうで。
その分野だけでも様々な作品があり、飽きられない様に内容も過激になったり。
「日本人はこれだけ酷い事をしてきた」な表現も過激になる一方だったそうで。
その辺の記事を自分が読み漁ったのは既に十年以上前なので、現時点でもそうなのかは謎です。
ただ、当時は国策に近い作品群だったそうで、千年後も作り続けるのかな?と。

中にはその過激な演出を史実として記憶してしまう人も少なくないんだろうなぁと。
ドラマ「おしん」の初回放映時、おしんを虐める役だった俳優さんが街を歩いていると、知らないお年寄りから怒られる機会が少なくなかったとのエピソードもあったりで。
菅井きんさんも、意地悪な姑役が続いていて、娘さんの結婚の機会を逃してしまわないのか心配だったそうです。
俳優さんがとばっちりを喰らうケースは少なくないそうです。

高校で習った世界史は初めて見る言葉のオンパレードでした。
中学時代までは何度も見慣れた言葉で覚えられたものですが、丸暗記の苦手な自分に高校の世界史は厳しい分量でした。
だいたい、世界の歴史を一冊に全部詰め込むなど、相当な無理があるくらいに思っていて。
歴史の専門家でも全体像を細かく覚えている人など、どれだけいるのだか。だいたいは部分的な専門なのかとは思いますが。
そんな歴史の教科書でも坂本龍馬を残すか削るかでちょっとした論争があったそうです。(この件は世界史でなく、日本史の教科書の話だったかも)

この件を調べたら、ちょっと面白い記事がありました。
やはり、扱う用語が多過ぎて、半分に削る案があったそうです。
大量の用語を扱って希薄な説明になるよりは、要所々々ちゃんとした説明な作りにした方が良さそうな気もします。
本格的に知りたいのであれば、別の機会で良いのでは?と。

上記のドラマ「龍馬伝」で省かれてしまった場面が、自分としては残念でした。
海援隊の「いろは丸」が紀州の船と衝突して沈没。その後の賠償問題で岩崎弥太郎が活躍した場面が「竜馬がゆく」の中で面白かったのですが、ドラマでは省かれていて。
弥太郎は癖のある人物で、経理の仕事には卓越していたものの、裏方な扱いが多く。
ストーリー上で弥太郎が唯一大活躍したのがこの交渉場面だったのに。
何処までが史実なのか判りませんが、紀州との交渉で相手の言い分の矛盾点を指摘する場面はカッコ良かったです。

しかし、更に検索したところ、ドラマではそれらしき場面があった様です。
自分が見落としたのか記憶違いだったのか、ちょっと自信がなくなってきました。
「それでは(船の)見張り役が誰も居なかったではないか!」の突っ込み場面は含まれていたのかな?
まぁ、実際にそんな突っ込みが史実上であったのかは謎で、自分が期待していただけでもあります。

BSスカパー!終了

BSスカパー!が終了するとのニュース。
ちょっと驚きつつ、時代がまた変わったんだなぁと。
自分はどうしても観たい映画「夜叉ヶ池」の放映で一ヶ月だけ加入したことがありました。
再放映が難しいとされた作品、権利問題が解決し数十年ぶりの放映でして。

インターネットで便利になった分野は色々とあるのですが、動画配信系もその一つで。
好きな時に最初から何時でも観れるのは、ともかく便利で。テレビ放映の場合は事前にタイミングを知らなければ見逃しで。
自分の場合はレンタルビデオ屋さんをほとんど使ったことが無く、好きな作品は購入する派だったのですが、Amazonビデオを知ってからは余程好きな作品以外購入しなくなりました。

ただ、予備知識も何も無い作品をたまたま観てしまい、大ファンになったパターンも少なくなく。
たまたま点けていたテレビで勝手に始まった作品の類なのですが、そういった出逢いの部分でテレビ放映も捨てたもんじゃないと思っています。

話が飛ぶのですが、最近のステレオコンポには録音ボタンが無かったり。
好きな曲はダウンロードして再生するのが、一般的になっている様子です。
自分が世間に全く追い付けていない分野です。好きな曲は相変わらずCDで入手していて。
結果的にiTunesで取り込んで、ファイル再生をしてしまっているので、ターンテーブルにディスクを乗せるのは最初の一回だけなんだよなぁと。
まぁ、製作者側にちゃんとお金が入るだけでも、CDの購入は意味があるくらいに思っています。

アナログレコードの需要は一定数残っているそうです。
ここ数年は売り上げも伸びているそうで。音質についてもそっちの方が好きという人が少なく無いそうで。
驚いたのがカセットテープの需要も伸びているそうで。これはメリットがよく判らない世界です。
お年寄りの方は操作性や手軽さが好きとの意見もあるそうです。しかし、選択肢の多い現代の若者が敢えてそれを採用するのは余程物好きなのだか。

メディアとしてのCDが40年以上現役であることには感謝しています。
何らかのソフトが手元に残っていても、再生できるハードが残っていないパターンは実際に多く。
自宅にはVHSのテープやLDも僅かに残っています。しかし、再生出来る機械が無く。当時はソフトもそれなりの値段でした。
CDについては、いまのところその心配が無く、助かっている次第です。
気付いたら600枚くらいのCDを自分は所有していて、再生できなくなったら、無駄な資産に成り兼ねず。というより悲しく。
嘗ての職場の上司は小津安二郎の大ファンで、当時高価だった全集をLDで購入していたなぁと。
例えば、20年後に再生出来る環境が無くなると判っていたなら、購入したかどうか。

その辺の世代交代を考えると、ソフトは物理メディアで残さないとか配信サイトで楽しんだ方が無難なのかなぁとも思えたりです。

ウクライナ政府の対応

大それたタイトルなのですが、個人的に思うことを。

既に戦争は始まってしまっていますし、まさか始まるとは思っていませんでした。
ロシアに強い政治学者廣瀬陽子さんがテレビで度々登場していますが、御本人も意外な展開だったらしく「自分の長年の研究は何だったのか」と恥かしさを語っていました。これが言えるのは偉いとも思えました。
それくらい予想も困難ですし、あり得ない事態なのかと思います。

ウクライナに侵攻したのはロシアで、罪無き庶民を殺害しているのは駄目なことだと思います。これはほとんどの人がそう思っているかと。
こうなる前に回避策は無かったのか。

世界の中には板挟みな国が幾つもあります。
例えばお隣の韓国は、中国と合衆国の板挟み状況で、どっちつかずな対応で双方から不審がられたり、圧力を掛けられたり。
悪く言ってしまうとノラリクラリな対応ですが、上手いこと戦争にならずに済んでいます。

ソ連崩壊後に分離独立したウクライナは西側諸国とロシアの板挟み状況で、西側寄りの政策を続けていたそうで。
更にNATOへの加入も希望していたのですが、ロシアにとっては首都モスクワから近い嘗ての同国が軍事面で敵になるのは避けたかったそうで。
ゼレンスキー氏はNATOへの加入を急ぎ過ぎた様子です。根回しも足りない状況、NATO側も受入れを躊躇う状況で。
司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」では「時運を待つ」という表現を使っていたのですが、この部分がちょっと足りなかったのかなと思っています。

開戦前のウクライナでは、ドイツの対応に不満を漏らしていました。
武器の提供を望んでいたそうですが、結果はヘルメット5000個の提供で、それに対して失望したそうです。
ドイツはロシアからエネルギー(ガスや石炭等)を多く輸入していて、出来ることは実際に限られています。相手の立場を考えたら批判出来無いかと思いますし、まだ助けてくれる望みがあるのにこの対応では。
そして、昨日のニュースではドイツがウクライナに対空洗車を提供するそうで。

また、ゼレンスキーさんは各国の国会等で見事な演説をしてきたのですが、中にはちょっと気になる内容も。
合衆国では真珠湾攻撃の話題を持ち出し。しかし、あれは無差別攻撃では無いのですし、敢えて持ち出す必要がある言葉だったのか。
そして、ウクライナ政府が製作した昭和天皇とヒトラーと並べた動画の件。意図は別にあったのだと思いますが、配慮に欠けるというか。
三国同盟に日本が居たのは確かですが、日本はファシズム志向では無かったハズですし、昭和天皇が独裁者だった訳でもなく。
逆にファシズムではなかったから、同盟国の一員でありながら少なくないユダヤ人を海外に脱出させられた面もあり。

別に、日本に支援を求めないのであれば問題は無かったのかも知れません。
しかし、それを求めながらでは無理があるというもので。アクセルとブレーキを同時に踏んでいる様なもので。
ウクライナ政府の外交は、ちゃんと統制が取れているのか心配になる程です。
昭和天皇の動画に対するウクライナ大使館の弁明は「当アカウントは2016年に開設されており、現在ではウクライナ政府と関係がありません。制作者の歴史認識不足と思われます」とのこと。
しかし、Twitter上では公式アカウント扱いでして、大使館も板挟み状況で苦し紛れの回答を強いられたのかと。

勿論、「だから支援はするな」とは思いません。
ただ、支援や同情がこれで増えるとは思えません。

思い出してしまったのが、第一次世界大戦での英国です。
所謂「三枚舌外交」で、矛盾した幾つかの約束により結果的に中東を大混乱に陥れた問題で。
今回の件はそこまで酷くないとは思いますが、各国に対して都合の良いことを言うにしても、整合性の取れない内容では、逆に不信感を買ってしまうだけかと。
信頼して良いのか?と。

戦時中に事実は隠されがちなのも解っています。
戦後数十年経ってから、関係者による証言がやっと表に出てくることも珍しくなく。
ゼレンスキーさんもレーガンさんと同じく元役者です。演説も上手く、国民のウケも良く。
ただ、調整力がどうなのか、ちょっと心配です。
時運を待つことは出来なかったのか。

ドイツが武器を遂に提供するとなると、第三次世界大戦に僅かでも近付いた感です。
それを避けたいが為、NATOへの参加を受け入れられなかった経緯もあり。

最初の話に戻りますが、著名な専門家でさえウクライナ侵攻は想定外だったのですし、第三次世界大戦もあり得ないという状況では無いのかも知れません。
歴史通の方の一部は「そんなことも知らないの?」と言いがちなのですが、これも偏った意見が多い傾向です。同じ文章を読んでも、解釈が全く異なったりで。
ちゃんと知っている人ほど、口にしない傾向があるくらいに思っています。

先進国でそれなりの教養がある人ほど、第二次世界大戦以前の話を持ち出さなかったりです。
当時とは考え方や価値観が相当変っているのですし。それを持ち出したら何も良い方向に進まないくらいに思っています。
特にヨーロッパ滞在中に気心知れた方とお酒の場でそんな話題になっても、ストレートな英語で「あの時代は狂っていた」の一言だったり「お互い様だ」で。
古い話を持ち出しても、話が複雑になるだけかと。

数日前に某SNSでそんな話題になり、何だかなぁと。
自分自身は左翼でも右翼でも無く、中立の立場です。
ただ、意見を求められたら上記の様な回答をします。
相手によっては、それを右だの左だの決めつけてしまうのですが。

床屋さんへ

三ヵ月ぶりの床屋さんへ。
前回も横はしっかり刈り上げたのですが、流石にこれだけ時間が経つとボサボサでした。

夏が近づくこの季節なので、今回は上の方もバッサリ。
かなりスッキリしました。
まるで温泉上がりの様な爽快感です。
あぁ、たまらん。

知床の沈没事故

ここ数日テレビを観ておらず、スマホのニュース記事でしか存じていないのですが、知床で観光船が沈没してしまったそうで。
冬期休業から明けた初日、運悪く時化の中での運行だったそうで。

知床半島は車で幾度か旅しました。大自然の十分に残った環境、親から借りた四駆で友人と旅したり、一人旅で会ったり。
半島の先端までは行けなかった記憶ですが、その途中の道でもけっこう危険な箇所がありました。慣れないレンタカーの運転で事故を起こした若者もいたり。
野生の鹿は何処にでも居ましたし、熊も観掛けたり。単車だったらちょっと怖かったと思います。

その後の仕事でも道東方面へ幾度か伺いましたが、四月でも冷え込んだ日はかなり寒かった記憶です。
その方面の昨夜の海水温もかなり低かったそうで。

観光船が沈没しかけているとの第一報なニュース記事では、救助船もヘリコプターも向かっているとの内容だったので、当日中には救出されるのだろうと思っていました。
しかし、その晩は誰も見付からず。翌朝である今朝のニュース記事で数名が発見されたと。何方も意識は無いそうで。
やはり、あの冷たい海で一晩を明かすのは厳しかったかと。
一人でも生存者が見つかれば良いのですが。

二十代の頃に会社のヨットチームに誘われ、中型のヨットに幾度か乗ったことがありました。
天候の良い日のヨットは、最高の乗り物でした。
晴れて波も穏やかなのに適度な風が吹いていると、ヨットは全く揺れずに海面を滑るような乗り心地で。
細かな微動は帆が全て吸収してくれているのだか、ともかく安定した乗り心地で。
しかし、時化気味の日は最悪でした。ともかく酷い揺れで。気晴らしにビールを呑んだら、三分で戻してしまったり。
海の上では逃げ場が無く、あれは辛いだけの数時間でした。
あれ以来、ヨットには乗っていません。
水上スポーツ系は、プーケットでその後に借りたジェットスキー程度です。ジェットスキーは湾内だけの移動範囲でしたし、面倒になったら直ぐにビーチへ戻れますし。

今回の事故で救命胴衣とかどんなものだったのか、ちょっと気になったりです。
単なる浮き輪みたいな特性しか無いのだか、身体を保温できるスーツ形状なのか。
後者でないと、かなり無理がありそうで。

二度目のアフリカ

FT8で二度目のアフリカ交信が出来ました。
前回は18MHzでしたが、今回は21MHz。

これがまた偶然なのか深夜の零時半頃。ブラウザで何処かのサイトの記事を閲覧中にたまたま横目でチェックしたFT8の画面に南アフリカが。
そしてまたピンポイントで飛んでいました。

ライバルの多い時間帯ですとパイルアップになりがちなのですが、こんな時間ですと交信が成立してしまうのかな?
あと、21MHzでアフリカが聴こえてきた場合は、こちらの電波も届いていることが多かったです。だいたいはパイルに負けていました。
聴こえていたら届くくらいのスタンスで良いのかも知れません。

ALL JAコンテストな夜なのもあって、アクティブな人はFT8などやっていなかったのかもで。
そんな中、幾つかのバンドでSSBやCWをワッチしてみました。
深夜の21MHzはガラガラで、7MHzは大賑わい。
そして、50MHzではCWの局がソコソコ聴こえてきました。

しばらく聴いてもいなかったCWなので、脳内デコードに時間が掛かりましたが、聴き取れたコールサインを検索してみたところ、ナカナカ凄い経歴の持ち主で。
KWの免許を保有する方で、老後の生活を楽しまれている様子。個人のホームページをお持ちで経歴まで書き込まれていました。
東大卒で大手企業の技術部長まで経験されていたそうです。しかし、色々と荒波に揉まれたらしく。

そんな方が、ほとんど応答の無い中でCQを出し続けているのが、ちょっと意外でもありまして。
あのバンドのあの時間にCQを出し続けるのは、大学の無線部のメンバーくらいかと思っていたりで。
自分が通っていた大学にも無線部はありました。少し興味はあったのですが、当時は他にやりたいことが沢山ありまして。

立場とか興味とか、本当に人それぞれなんだなぁと。

アフリカ

昨夜のこと、ローカル局もアフリカと交信出来ていました。28MHzのFT8ででした。
ローカル局がアフリカと繋がる前に、自分も聴こえていたアフリカの2局を何度も呼んでみたものの、こちらの信号は全く届かず。
18MHzや21MHzでは聴こえていた場合に高確率でこちらの信号も届いたものですが、28MHzはそうも行かない様子です。

現在、ローカル局は20mの高さの辺りに28MHzのモノバンドダイポールを上げていて、これが威力を発揮している様子です。
数回呼んだだけで繋がったとの話でした。それも二局も。
他にも日本の局が数局呼んでいたそうですが、全く届いていなかったそうです。

ローカル局のアンテナが凄いのは勿論ですが、HFに出ている国内の局の何割かはやはりアパマンハムで、小さなアンテナなのかなぁと。
ローカル局は余っている部材で28MHzのダイポールを2エレの八木に改造する予定だそうです。
こうなると、無敵なシステムになりそうです。
元々電気工事士さんだったローカル局は、タワーもアンテナも自作で、地上高があんなに高いタワーの作業もへっちゃらで。
羨ましいものです。

我が家のHFのアンテナも昨日からちょっとした変化が。
7、18、21、28、50MHzのSWRが1.1以下まで下がりました。その間特に何かイジッたワケでも無いのに。7MHzだけはずっと1.5より上だったのに。
湿度や温度が影響しているのだか?
それでも、やはり飛びについてはローカル局の足元にも及びません。