歩道の植え込み

自宅の庭に面している歩道の植え込みの件、これまでも幾度か綴ってきましたが、やっと草刈りが入りました。
区によるサービスだと思われるのですが、今年の夏期は一度も草刈りが入らず、雑草ボウボウでかなり荒れた状況になっていました。
自宅に面している部分だけ自分で幾度か草刈りを試みたものの、あまり綺麗には出来ず、雑草を無理に引っこ抜くとアスファルトごと剥がれてしまったり。
なので、鎌で刈ったりしたのですが、これではどうしても根元が残り。そんな中途半端な対応では一週間ほどで雑草はまた成長してしまう始末。

区によるサービスは夏期に数回入っていた記憶です。今年は何故かそれが無く。
ともかく、今日の草刈り後はえらく綺麗になっていました。流石プロの仕事だなぁと。
ただ、作業されていたのはかなりの年配者が数人程度でした。午前中には片付いた様子ですが、ともかく専門の人が対応してくれるとここまで綺麗になるんだなぁと。
コツみたいなのを聴いておくべきだったかなぁと、ちと後悔。

過去の記事とダブってしまうのですが、夏場に自分が中途半端に刈った雑草は植え込みの隅に束にしておいたんです。
その束が自然乾燥したらゴミ袋に入れて捨てる予定だったものの、九月からはひたすら雨が続き、乾くどころかそのまま腐ってしまったような状況でもありました。
そんな塊さえ今日は綺麗にして頂けて。ちと申し訳なかった感です。こんなんだったら自分は何もしない方が良かったのかなぁとも。
ただ、このサービスが何時入るのかさっぱり分からず。実は昨日も自分でやってしまおうか迷えてもいたんです。結果的にやらなくて良かったかと。

でも、数日前に何方かが歩道で会話している声も部屋に少し届いていました。この季節の日中は部屋の換気で窓を開けていて。
会話の相手は恐らく携帯電話だったのかなと。雑草が酷いから対応してほしいみたいな話でした。
別に聴き耳を立てていたワケでは無く、お年寄りの会話は基本的に音量が大きめでして。
地元の人が苦情とか要望を伝えたら区も動いてくれるのかも知れません。ただ、これが自分からというのは面倒で。
草刈りの対応には税金が掛かるのでしょうし、こういったものは本来地域の住民が行うべきなのかなぁとも迷えていて。

以前は、自分のマンションの住民達が予定を組んで草刈りをしていたともご近所さんから聞いています。
これは面白い試みだったとも思っています。どうしてそれを止めてしまったのか理由は分からないのですけれど、一緒に汗かいて結果も出せてお祭りのような一体感を味わえただろうに。
下町暮らし時代にお祭りや行事を幾度も経験してきた身としては、面倒が多くても一緒にやり遂げた地域の絆みたいなのはかなり意味があると思っていて。
他人任せで口先だけというのは公私共に良くないと思ってはいるのですが、いまの自分もそれに近いのかなぁと少し反省していたりも。
自分から企画するような勇気も無くて。月一くらいで定時に自分でやっていたら、そのうち手伝ってくれる人も増えてくるのかなぁ。

だいたい、自分から手伝ってとか助けてくれって言うのが苦手なんですよ。
人生でそのセリフを使った場面はほとんど無さそうで。自力で片付けるしか無かったというか、他人に迷惑掛けたくなかったというか。
これについては、また何かの機会に綴りたく。

妙な夢

今朝は妙な夢をみている途中で目が覚めました。
保健体育の授業が試験日だと忘れていて、答案用紙をほぼ白紙で提出するという内容でした。

場所は高校時代の教室なのですが、これがけっこうリアルで当時の同級生も制服で居て。
丸暗記科目は元々苦手な自分ですが、一夜漬けさえしていないと幾ら考えても何も浮かばず。試験の時間がさっさと終われと思いつつ。
保健体育の試験なのに「知っている建築家の名前を書け」という問題が最後にあり、しかし回答をし忘れたり。

試験の日時を忘れて落とした単位は大学時代に一度だけありました。
理工系の単科大学でも一般教養では社会学とか選択しなければならなかったのですが、講義にさえ出ていれば何処を試験に出すかはだいたい教えて頂けるもので。
なので、ノートはしっかり取っていたんです。楽勝な科目など試験の一時間前にノートをチェックすれば十分な成績をおさめられて。
それが、当日の試験はいつもの講義より一限早かったのです。早めに教室に入ってこれから勉強しようと思ったら、既に試験が始まっていて。
もう、手も足も出ない回答用紙となりまして。
だいたい、前日までには自分のノートのコピーが大量に出回っていて。コピーした連中は皆良い成績でした。
大学時代に落とした単位はコレ一つだけだったのですが、どうにも自分らしいドジっぷりでした。

たぶん、この思い出が今朝の夢を招いたのかなぁと勝手に想像しています。
時々、学生時代の試験の場面とかが夢に出てくるんですよネ。

ヒメツルソバ

幼少期から何故か好きだった小さな花。ヒメツルソバ。
今年も庭に咲いてくれました。冬の季節だけ咲くのかな?と思っていたら、そうでも無いようでした。
春から冬の間で、真夏以外なのかな。ともかく寒い季節に元気に咲き誇るイメージです。

しかし、この花は自分が引っ越してきた直後には無かった記憶です。あったなら直ぐに気付いていたと思うんです。
繁殖力は相当強いらしく、夏場は時々刈ってやらないと単車を置くスペースが侵食されてしまうレベルでした。何処からかやってきたのかな。
人によっては雑草扱いなのかも知れませんが、自分は許せるチャーミングな花です。

野良犬野良猫

全国的にどうなのかは存じませんが、自分が子供の頃に暮らしていた川越市の住宅街には野良犬がそれなりに居ました。
その多くは雑種で、現代の野良猫のようにその地域で誰かに餌を貰って生きていたのかなぁと思われます。
凶暴な犬は居なかった記憶です。たまにドーベルマンとかも見掛けたのですが、これは一時的に脱走した飼い犬でした。

しかし、小学校低学年の頃に自分の背丈もありそうな真っ黒なドーベルマンに出くわすとけっこうビビりました。
自宅周辺には同世代の子供達がいっぱいいて、遊び仲間でもあったのですが、このドーベルマンが脱走した際はお隣の女の子が悲鳴を上げながら逃げてきたり。
逃げるから追われる部分はあると思い、イチかバチか自分が大声を上げながら立ち向かっていった場面もあったりでした。(運良くそれで逃げてくれた)

自宅向かいの道路を挟んだ先には小金持ちのOさんという一つ年上の遊び仲間が居ました。
自宅の並びは基本的に貧乏人の長屋で、暮らしの違いが色々とありました。
Oさんの家には高価な玩具が沢山あったり、大きな車があったり、飼い犬が居たり。
この飼い犬は優しい性格で自分にもよく懐いてくれて。Oさん一家が旅行に出る際は自分が餌やりや散歩に連れていくことも。

飼い犬の名前はコロでした。単純な名前で、小さかった頃はそれこそコロコロしていたんだと思います。いまではキツネのようで。
しかし、自宅近辺で出くわす野良犬と同じように成長した雑種は全くコロコロしておらず、キツネのような細さなのがほとんどでした。
当時は犬の垂れた糞を路上に放置しても許される時代でした。そこら中の道は糞だらけ。現代の犬の飼い主さんはコレを拾う必要があり、自分にはちょっと真似できないよなぁと。

このコロがたまに穴を掘るときがありました。本格的な穴で真上にしっかりした犬小屋があるのに、その穴で暮らし始めてしまい。
あの一目散に穴を掘り続ける姿はちと思い出深く。竪穴式住居というより斜め穴式住居というか。あの小さな爪だけでよく掘れるもんだなぁと。
しかし、穴の中ではいつの間にか子犬が何匹も。

メス犬のコロなりに色々考えていた様です。人にも触らせたくなかったのか。
それでも子犬が可愛くて自分も触らせてもらった場面は幾度かありました。まぁ、自分がたまにでも面倒をみてあげていたからコロも許してくれたのかも知れません。
コロは幾度か出産したのですが、ある時大きな台風が訪れて、穴の中で暮らしていた生まれたばかりの子犬達が全滅してしまったことがありました。
これはちょっと衝撃的でした。本能で穴を掘れるのなら、本能でコロは子犬達を助けられなかったのかなぁと。
飼い主のOさんの親は、穴の中に溜まった水の中から子犬達を救出し、庭の何処かに埋めたそうです。

しかし、鎖で繋がれていたコロが子供を生めたのも交尾があったからで。
当時の自分達は子供が生まれるキッカケなど知るワケもなく、飼い犬の交尾の相手はほとんどが野良犬だったのかと思います。

小学校の通学路の途中に牛乳屋さんがあって、ここで飼っていた犬も時々子供を産んでいました。
子犬はだいたい店の前の段ボール箱に入れられていて、貼り紙には「持っていって下さい」と。
可愛いもので自分が連れ帰ってくると、家族裁判にかけられて兄が戻しに行くことに。
自分は毎度「馬鹿な奴だ」と怒られてばかりで。
だいたい、自分で拾ってきたのに戻しにも捨てにも行けぬ、どうしようもない奴だったと思います。
兄には嫌な役をやらせてしまい、申し訳なく思っています。いまでも。

中学時代に引越した先の北海道では何故か野良犬を見掛けませんでした。
冬が寒すぎる土地だからなのか、社会的に進んでいた土地なのか、時代の流れなのか原因は謎です。
その後に上京した東京でも全く観掛けませんでした。その頃にはもう許されない存在だったのかも知れません。
バブルの頃には銀座のど真ん中でセントバーナード犬の野良犬が居ると話題になったり。これは破産でもした成金が捨ててしまったのかなぁと。
ともかく、その頃には野良犬がかなり珍しい存在だったと思います。

今回のタイトルでは猫についても触れているので野良猫の話題も。
ここ数年、野良猫もどんどん減っています。自分は動物を飼っていないというか、過去に面倒を見切れずに嫌な思いをしているので、一人暮らしになってから動物を一度も飼っていません。
猫ぐらい飼いたいなぁとは幾度も思っているものの、出張もそれなりにある仕事を繰り返してきたので、やはり無理だろうと。
なので、人懐っこい野良猫には無駄に愛情を注ぎがちです。残念なことに、ほとんどの野良猫は触らせてくれないのですが。

しかし、野良猫の存在自体が地域のボランティアの活動で減ってしまっている様子です。勿論ボランティアさんが悪い事をしているとは思っちゃいません。
しばらく前の記事にも綴ったのですが、野良猫を捕まえて動物病院に連れて行って去勢して、飼い主を求めるのがボランティアさんの役割らしく。
ボランティアさんも勿論猫好きで、お陰で道で轢かれてしまった猫を観る機会も減りました。
ただ、動物に触れられる機会が減ってしまい、残念に思うことも自分にはあります。無責任な発想だとは分かっては居るのですが。

動物を飼えない環境の子供には、野良犬にしても野良猫にしても触れられる機会は意味があると思っていて。
子犬の可愛さとか、野生な部分の怖さとか、死の悲しさとか。面倒を見切れるかについても。
子供の頃から、大切な存在を責任持って守れるかどうかって、知っておいても悪くないと思っていて。
まぁ、それで臆病になり過ぎても駄目だとは思うのですけれど。自分がどうにもそのようでして。

識字率

歴史ものの番組をぼんやり見ていたら、江戸時代以前の手書き文章はかなりの達筆で自分はぜんぜん読めないなぁと。
そこでWikiの識字率をちと確かめたり。まぁ達筆と活字ではまた次元が異なるとは思いつつ。

日本は昔から識字率が高いと何となく知っていました。
ただ、それも明治以降の教育で最低限広まった部分でもあるようで。
そこで話が飛びます。

自分は元々漢字の書き取りが苦手です。未だにその傾向は残っていますし、特にパソコンを使うようになってからは酷い状況です。
鍵盤楽器も触れていなければ指が曲を忘れてしまう様に、計算もペンを持たねば出来なくなってしまう様に、漢字も似たようなものかと。使っていれば指が勝手に動くもので。
中学三年の春に母の再婚と引越しを伴い北海道へ渡った際は、かなり困った場面に遭遇していました。
数学や理科は何故か得意だった自分、転校後の最初の試験は数学で。
回答自体はスラスラ出来たのですが、新しい自分の苗字が答案用紙に綴れず。

これは非常に困りました。
答案用紙の回答を見直しているうちに新しい苗字が漢字で綴れるかなぁと一周見直しても、やはり閃かず(ひらめかず)。
恥ずかしい状況で答案用紙を引っ繰り返し、提出した記憶です。
どうやってその場を片付けたのかは自分もハッキリ覚えておらず。
名前欄を空白にしたのかなぁと思っているのですが。まさか平仮名では出さなかったとも思えるし。

だいたい、転入生の最初の試験など先生も同級生も気にしていたとは思うんです。
ただ、職員室には自分からお詫びに行った記憶が僅かに残っています。
ちと忘れかけていた思い出でした。

情報の一人歩き

三日続いて先日の事故の件です。
自分がTwitterに載せた画像が元で事故物件サイトにて全く関係ない建て替え中のアパートが地図上にマークされてしまいました。
これは久し振りに驚きました。
それ、ぜんぜん関係ない物件だし見当違いの風評被害になってしまうし、ともかくサイト管理者さんにメールを送りました。
結果的に一時間ほど後に記事毎削除頂けたのですが、メールの返信は数時間経っても頂けていません。
まぁ、消して頂くのが目的だったので、それで十分ではありますが。
しかし、びっくりした。

流れとしてはこんな感じでした。
日曜の昼過ぎに単車を庭から歩道に出したところで、いつも進む方向に規制線が張られていた。
それが珍しかったのでスマホで撮影し、Twitterに画像付きで投稿。「何事であろうか?」と。
反対方向に進めば規制線に引っ掛からないだろうと単車をUターンさせようとしたところお巡りさんから「この辺りは全部規制線に囲まれているので、いま外します」とのこと。
事件だったそうですが詳細は教えてくれず、そのまま高島平方面の名物な焼きそば屋さんへ。
三時間ほど後に帰宅したところ地域の規制線は外されていたものの、数ヵ月前に立ったばかりで入居者もやっと埋まったアパートが規制線で囲まれていて。
自宅隣の床屋さんのご主人に聴いてみると「ガスの事故で二人が亡くなった」と。二階の窓ガラスを割って救出に入ったと。地域でも色々と噂が飛び交っていました。
その辺のことをTwitterに短時間掲載して消去。(最初の写真付きの何事であろうか?なTweetはそのまま残す)
翌日には産経新聞さんにより「親子の心中だった」らしき小さな記事。
Web上のニュース記事にも載ったので、あらためて記事をリンク付きでTweet。コメントも頂いたり。
今日の午後に、事故物件サイトで自分の載せた写真とTweetが引用されたカタチで全く関係無い建替え中のアパートが事故物件として地図上にマークされる。(アチャー!)
写真に写っていた規制線の先には建設中のアパートが僅かに写っていて、これがヤグラに囲まれて青いネットに覆われていたので勘違いされたのかな?と。
ともかくサイト管理者さんへ削除依頼のメールと、コメント欄には「本件とは全く関係の無い地図のマーク」の旨投稿。
自分の関連しているTweetは全て削除したものの、上記サイトで引用された自分のTweetは消えず。(アチャー!)
一時間後に、事故物件サイトから該当の記事丸ごと削除される。
あぁ、良かった。

事故物件サイトには半日ほど載っていたと思われる情報なのですが、おっかないなぁと。
管理人さんが載せた記事なのか、誰かが投稿した記事なのか分かりませんが、裏を取っていなくて。
逆に、たまたま事故のあった物件の写真を何も知らずに自分が載せていたら、削除依頼も通用しなかったのかも知れず。後から知ったのですが、自分が写真を撮ったタイミングでは数百メートル四方の道路が規制線で囲まれていたそうです。
大島てるさんの事故物件サイトは以前から存じていて、このマンションを購入した際も参考にはしていました。似たようなサイトが他にもあったんだなぁと。
しかし、事実としても地図上にマークされた物件は瑕疵扱いで、その後は特に大家さんが色々と大変なようです。
それが事実で無ければ見当違いな風評被害でしか無く。勿論そんな情報に加担したくなく。
だいたい、事故のあった新築物件も誤解された建設中の物件も、Webの地図上にもストリートビュー上にもまだ存在すらしていないのに。

自分が最初に載せた写真付きのTweetに好奇心が全く無かったワケではありません。
しかし、こんなことになるとは全く想像しておらず。
以後、気を付けねばと大きな教訓になりました。

お隣さん

昨日の二軒隣りの事故で、ご近所さん達も動揺されている状況です。
当日よりも翌日の方が警察の車両も目立っていた感で。尤も、自分は当日の一番騒がしかった時間帯にその場に居なかったのですけれど。

お隣の一軒家は現在お婆ちゃんが一人暮らしで、徒歩数分の場所に娘さん夫婦とお孫さん達が暮らしています。
去年までは皆さんお隣の一軒家で暮らしていたのですが、広い庭まで陽当たりの良い一軒家を娘さん夫婦が見つけたそうで。
お婆ちゃんはいつも腰が低くて言葉遣いも丁寧で。三年前に自分が引っ越してきたとき、挨拶を兼ねて図書カードを持参したりで。
その年の暮は、庭で実った柚子を頂けたりで。普段はシャワーしか使っていない自分、大晦日の夜はバスタブに柚子を浮かべたり。

そのお隣さん、夜になると日付が変わる時間くらいまでだいたい灯りがついているんです。自分が煙草を頂くのはベランダで、お婆ちゃんは今日も無事だなぁと。
「だいたい」というのは、稀に真っ暗な夜もあるもので。これはちと心配でもあるのですが、数日以内にまた灯りがついていてちとホッとしたり。
その後歩道でお会いすると「電気が消えていたんで、ちょっと心配していたんですよ」なんて会話も。
お泊りの人間ドッグに行っていたとか、娘さん宅に泊まっていたとかだそうで。
「何かあったら大声出してくれたら直ぐに飛んでいきますから」なんて冗談も交えたり。
遠くの身内より近くの他人な場面って自分も色々経験していて。引越す前の環境では、酷い風邪で寝込んでいたら鍋焼きうどんを差し入れに頂けた経験とか忘れられず。

そのお隣さん、二晩続けて電気が消えたままなんです。昨日の事故がよっぽど堪えたのかなぁと。
娘さん夫婦のご自宅は駅まで続く細い道に面していて、いつでも挨拶は出来るので、日が明けたらちょっと玄関まで伺ってみるべきかなぁと。

道を隔てたご近所さん達も、動揺している様子でした。
ニュース記事は目立たなく、何があったのかよく分かっていない状況でしたし、集まっているところで「こんな記事がありました」と伝えたり。
まぁ、余計なお世話だったのかもしれませんが、少なくとも憎しみ合って亡くなられた二人ではないだろうと。

事故の背景なんて分からないですし、息子の自殺を通報した母親も追うように自殺した流れも謎ではあります。
今年建ったばかりのアパートは若者向けの広くない作りで、そこで四十代と二十代の母子が暮らしていて。
二人の発見が遅れてしまったら、抜け殻(亡骸という言葉は使いたくなく)も部屋も必要以上に傷んでしまったのかと。せめてそれは避けたかったのかなぁと。
勝手にそんなことを思う今宵でした。

この地域でもう少し長く暮らしていたら、何か別の選択肢もあったのではないかなぁと思っています。
お隣さんどうし、もう少し信じられたのかもしれなくて。
冷え込む今宵、お月さんはまん丸に近く。