セミの抜け殻

数日前に自宅の庭でセミの抜け殻を発見し、ちと感動しました。
今日も抜け殻を発見。

検索してみたところ、アブラゼミの抜け殻のようでした。アブラゼミは土の中で3~4年間ほど幼虫として過ごすらしく、自分よりもこの土地に長く暮らしているようです。
対して、成虫となって空を飛べる期間は僅か一週間程度だった記憶。一生懸命鳴いて、子孫を増やしてほしいものです。

セミの人工飼育は難しいそうで、生態については不明な点も多いそうです。
ただ、緑の少ない都心のビル街ではセミの鳴き声もそれほど多くなかった記憶ですし、セミの抜け殻に気付いた場面もありませんでした。
25年ほど前に会社の寮があった稲城市は周りに緑も多く残っていて、ある夏に至ってはセミの大量発生で通勤途中に顔面に特攻してくる類も居たりで。あれはけっこう痛かったですし、目に当たったら恐ろしかったかもで。

セミが成長出来る庭で暮らしているというのは少し嬉しくもあります。
狭い庭ながらも自然に接しているんだなぁと。

ロードムービーとドライブイン

特に理由なくロードムービー系の映画が自分は好きです。
ペーパー・ムーン、俺達に明日は無い、バッファロー66、Big Wednesday、レイン・マン、等々数え上げたらキリが無く。

数日前のこと、某SNSで近くのレトロ喫茶の姐さんが載せた写真にハッとしました。
昔はよく見掛けたドライブインの夜の写真、子供の頃は特に憧れだったなぁと。
ドライブインは基本的に車での移動中でないと辿り着けないような立地で、まして子供だけでレストラン何て当時はあり得なく。そんな大人の世界が二乗で魅力的に思えたのがドライブインで。
現在の自分は、ツーリングで都心を時々離れたりしています。その途中で見掛けるドライブインは特に山間部ほど廃墟になっているパターンが多く。
トラックの運ちゃん向けの大衆食堂的なドライブインは未だしぶとく残っていたりですが、レストラン系のドライブインはかなり失われた感です。

レトロ喫茶の姐さんが載せた写真のドライブインは十年くらい前から自分も気になっていました。
松戸方面で暮らす同僚を会社の車で送る際に、幾度も観掛けていて。夜しか通らなかったルートで、フワッと光った存在でした。
途中で柴又に引越した自分は同僚と一緒だった会社を去ってしまい、夜の松戸方面に伺う機会が減ってしまい。
ラーメン二郎の松戸駅前店へ時々伺う際は大体昼間で、ドライブインの存在は薄く。

姐さんのレビューによると、そのドライブインのステーキが美味しいらしく、まして御飯とカレーが食べ放題。サラダまで食べ放題。
これは行くしかない。
そして、その翌日に早速伺いました。


100gのステーキセットは980円。これを注文して登場したステーキはまぁ小さかったです。
しかし、この肉がかなり柔らかく美味しく。これ、凄いです。
お腹を埋める部分はカレーと御飯とサラダで幾らでも可能で。
このお腹を埋められる料理も手抜きが感じられなく、どれも美味しく。特にポテトサラダが自分は大好物で。
まだ明るい時間に伺ったそのドライブインは、かなり年季の入った外観と内装でしたが、清潔感はちゃんとありました。
もっと早く伺うべきでした。

下駄の使い道

二日前(金曜日)に某所にてキャンディさんが「使い古しの下駄が欲しい」との書込み。
鼻緒が切れていても構わない程、年季の入った下駄を希望している様子。
だったら丁度良いのがあるなぁで、帰宅後に地元のセピア(喫茶店)さんへお届けに。

キャンディさんはセピアさんで過ごす週末が多く、一週間後くらいには来店予定との店主さんのお話。
しかし、使用目的は誰も知らず、店主さんとも「何に使うんでしょうねぇ」な会話になったり。
不思議ながら、ちょっと面白そうでした。下町の運動会の買い物競争みたいで。

自分の所有していた下駄は十五年程前に浅草の専門店で購入した品でした。
悪いモノでは無かったのですけれど、如何せん長く履いてきたのでかなりボロが入っていました。
神田明神下界隈で暮らしていた当時、地元でも下駄を履く人は少なく、当初は珍しがられていました。
個人的には70年代の中村雅俊気取りで、男坂をこの下駄で歩くのが好きでした。

キャンディさんは何時頃あの下駄を使うんだろう?と思っていたら、翌日(土曜日)の午後に店主さんからメッセージが。
何でも、もんぺ姿のキャンディーさんがその衣装用に下駄を合わせたそうです。
残念ながら、そのメッセージに気付くのが遅くて拝見出来なかったのですが、本日某所にて写真がアップされていたので、以下に引用しておきます。


ブルーライト対策

街の灯りが とてもきれいね ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ。
という歌詞の唄が昔流行っていて、自分も何となく覚えています。
いしだあゆみさんが歌っていたのですネ。自分の世代ですと、北の国からのお母さん。
そんな話題では無くて、ブルーライトについてです。

ここのところ視力の低下が激しく、どうにもスマホの使い過ぎかと思われて。
何かの拍子にスマホを使えないタイミングがあると、それほど視力が低下していませんし、朝起きた直後も同様で。
加齢による部分も多々あるかと思っていたのですが、昨日読んだニュース記事では若年層でも視力の低下が顕著らしく。

対策は色々とあるようですが、どれも現実的ではなく。
その対策に使えそうなサイトを幾つか見て面白かったのが、某製薬会社。他のサイトでは無かったサプリを推奨していました。ちゃっかり商売上手というか。
問題に対しての対処法は色々とあると思うのですが、問題の根源を減らすのがベターかと思っています。影響が出てからの結果に対する対策というのは何かと無理がありそうで。
例えば、お酒の飲み過ぎで色々と不調になったとして、サプリで対策よりはお酒の量そのものを減らすのが当然だと思います。

ブルーライトを減らすには、ブルーライト対策された眼鏡を使うという手法もあるようで、デスクワークの長い仕事の際には自分も使っていました。これは結果的にナカナカ効果があった感でした。
ただ、デスクワークという限られた環境では眼鏡もかけやすく。元々眼鏡を使用していなかった自分にとって、眼鏡は邪魔ものでしかなく。
また、モニターから目を離すのも有効だそうです。ブルーライトの成分に限らず、エネルギーというものは距離の二乗か三乗で強かったりします。
デスクトップのモニターでしたらそれなりに距離を離せそうですが、スマホは近くなりがちです。まして、電車とかの移動中では対策眼鏡を使うのも面倒で。

こうなると、スマホの使用時間を減らすしか無さそうです。
これはかなりの難儀です。

スマホ暦は既に十年以上です。iPhoneの登場前から使っていましたが、当時に比べて相当便利で高機能になっています。
知りたい情報が即座に何処でも知れる恩恵は大きいです。特に無駄な閃きの多めな自分は。
とりあえず、部屋に居る時はスマホでなく、PCをなるべく使うようにしようと思っています。
しばらく前から意識していますが、これだけでもけっこう違いが出てきまして。

と、寝室のデスクトップPCで綴り終えたので、これから布団に入る予定ですが、枕元には相変わらず充電中のスマホが待機していまして。
これを何とかする方が重要なんだろうなぁ。

ZenFone3のピントが合わない件

ZenFone3のピントが全く合わなくなり二日間ほど、ダメもとで端末を完全に初期化したところ復活しました。
カメラのキャッシュのクリアとかそれまで色々試しましたが、全くダメで。手動のピント合わせも効かなかったので、ハード的に壊れたのかと思っていたのですが、上記で直ったのでソフト的に何かが壊れていたようでした。
WebやTwitterで検索すると、ZenFone3のピント問題は多い様子で。その中で「初期化で直った」という記事が結果的に参考になった感です。

ここ数ヵ月程、ピントが合わないタイミングが幾度かあったものの、騙し騙し使えてはいましたが、二日前からは一切の騙しが効かず。
個人的にはスマホのカメラは多用する方ですし、写りも十分なので、デジイチの登場場面がめっきり減っていました。
ちょっとしたスナップショットならスマホで十分でしたし、小さな花を取る場面などはデジイチよりピント合わせが良かったりで。
これが使えなくなると、思ったより不便。

ZenFone3自体、ハード的にはソコソコの性能なものの、二年近く使っていても遅さは感じられない優秀な製品で。
過去に四世代利用していたiPhoneはだいたい一年半を過ぎた辺りで日本語入力等が遅くなってしまい。
ただ、ZenFone3にしてもやはり二年近く使っているとバッテリーの減りが早くなってきた感です。それでもiPhoneよりはマシな気もしますが。

端末の完全初期化で各種アプリの再設定が面倒でしたが、カメラが使えないままよりは意味がありました。
出来ればあと二年くらいは使い続けたいです。

追記:
の後、昼間の屋外等の明るい場所ではピントが合わない症状の再発。
アプリのカメラでデータやキャッシュのクリア後、端末の再起動で正常化しました。
ピントが合わない症状中は、カメラの設定画面上でフォーカス類の設定が消えている様子でした。根本的な問題はここにありそうです。

更に追記:
また全く同じ症状に陥りました。端末を完全に初期化すれば直りそうですが、また数日で元に戻るのは勘弁してほしく。
仕方ないので、しばらくこのままで普段はコンデジも持参する予定です。

西日本の水害

テレビの映像を観ていると、一昨日の時点では川から溢れた茶色い水が地域全体を覆う場面や、救助の場面が目立った感です。
昨日の時点では、水が引いた後の泥が覆った道路や橋に絡んだ流木や漂流物の場面が目立った感です。
今朝の時点では、道路の泥も橋の周りも片付けられた場面が光っていました。

地域住民の利他的な行動がなせる業だと思うんです。家の中なんて、もっと滅茶苦茶だろうに。
こういった行動が日本らしいなぁと。

昨日のテレビの現地インタビューでは、代々その土地に暮らす方の言葉がありました。
ご先祖からは130年くらい前に大きな水害があったと聴いていた、と。

自分の暮らす地域は半世紀以上前の台風で川の水が流れ込んでいます。
護岸工事等のライフラインの整備は進んでいるのですが、いつかまたやられてしまうのは地域住民も覚悟あるだろうと。
自分の暮らすマンション、流されてしまうことは無いと思いますが、一階のこの部屋は水没の危険が十分にありそうです。
とりあえず、持ち出しリストだけでも作っておかねば。子供の頃から集めてきた写真とか、デジタルカメラに移行後の画像データは残さねば。
ドラマ「岸辺のアルバム」でもそんな場面があって、誰の役にも立たない自分の記録みたいなの、不思議な存在です。

三年前の引越し直後にたまたまやってきた台風は数十年に一度のレベルで、このタイミングの良さだか悪さだかに笑えてしまったり。

普段はこんな感じです。


数十年に一度の

今年の梅雨明けは早かったなぁと思っていたところ、数日前から西日本方面で猛烈な雨。
ニュースや天気予報では「数十年に一度の大雨」で警戒が必要と。
実際、酷い被害になってしまい。

以前ですとテレビやラジオのニュースが一番速い情報源でしたが、ここ数年はTwitterで確認することが多いです。
ニュースメディアを通過しない現地の生の声。これが地方のナマリも含まれていたりでリアル。
それに画像や動画まで含まれていたりで。
スマホの普及が影響しているお陰もあるのでしょうけれど、二十年前では考えられませんでした。
当時のビデオカメラは十万円以上しましたし、自分の所有していたデジタルカメラは35万画素程度。
それが、こんな薄いスマホ一台に収まってしまうのですから。

話が飛んでしまいました。
表題の「数十年に一度」の件です。この言葉、ちと違和感あって。
全く同じ地域では無いのでしょうけれど、九州方面はここ数年毎年のように大雨の被害が続いているのに。
比較級の表現として通用しないのではないかなぁと思っています。
「昨年以上の」とかの方がまだ相応しい感じです。

自分は東京で暮らし始めて既に三十年以上。
北海道の実家からは「東京はいつか大きな地震や災害が来るのだから安全な北海道に戻りなさい」的な言葉を頂いていました。
たまたまなのでしょうけれど、この三十年に限って東京は大きな災害に見舞われていません。
逆に地震の無さをアピールしていた熊本とかの方が大きな地震に見舞われていて。関西も東北も北海道も大きなのにやられています。
勿論、いつかは東京にも大きなのが訪れるのでしょうけれど、日本に居る限り何処に住んでいても一緒なのかな?と思っています。
ただ、水害については九州方面がここ数年厳しい感じでもあります。

数日前に江戸時代の火災についての番組が放映されていました。
大きな火災が頻繁にあったらしく、消火設備など発達していない時代なので延焼を防ぐために火消が建物を破壊したと。
建物は破壊しやすいように薄い板の壁に細い柱。そして庶民の家は小さく。非難時に持ち出せる家財道具も僅かで、床下に保管スペースとか。
海外から訪れた人は、大火後の着の身着のままの人々が興味深く映ったそうです。ちっとも落ち込んでいなかったそうで。
「火事と喧嘩は江戸の華」はどうやら本当だったらしく、災難さえも何かのイベントの如く楽しんでいた様子でもあるようで。
ある面、地震大国の日本の自然に則った生き方なのかなぁと。
復旧も早かったそうです。助け合ってあっという間に町が再生されたり。
また、都市計画も徐々に生まれて火除地が江戸には点在した様子で。そういえば、秋葉原も元々は火除地だったよなぁと。

人が集まり過ぎた東京、隙間という隙間に建物が建ち、それでも足りずにノッポなビルだらけ。
大きな地震でもやってきたら、相当危なそうです。
上水も下水も電気もガスも止まってしまったら、上層階での生活は相当困難かと思います。
当時の江戸の考え方とは正反対で。

と、この文章をだらだら綴っている途中でスマホに速報が。
高知県、愛媛県に大雨特別警報だそうです。本文を読んでみると「これまでに経験したことのないような大雨」という表現。
こっちの方が相応しいな。