初期のRock

Little Richardさんが他界されたそうです。87歳だったそうで。
この時代のRockというか初期の頃のRockは耳ざわりも良く(誤った表現かも知れませんが)、そのうち聴いてみようというか代表的なアルバムくらい手元に置いておこうとは思っていました。
しかし、何故かほとんど手を出さずなままです。エルビスとジェームス・ブラウンのベスト盤を所有している程度で。
演奏的にやっていることは単純そうなのですけれど、聴くとワクワクするものがありまして。

50年代の始まり頃にRockは誕生したそうで。その頃の演奏ですと自分はJazzばかり聴いていて。ジャンル的にJazzの方が誕生は圧倒的に早いのですが、演奏スタイルは大きく変化しているのでJazzという枠でも全く別物にも思えて。
Rockが始まった頃のJazzというと、まだモードも始まっていない時代でMilesも若々しく。大衆音楽としてはJazzの方が市民権を得ていたのかなぁとも(根拠無いイメージですが)。

映画Back to the Futureの一作目でタイムスリップする先は30年前の1955年だったそうで、ステージ演奏の場面も当時最先端の音楽だったらしく。
飛び入り参加した主人公のギター奏法が斬新過ぎて面白い場面でもありました。
主人公が暮らしていた1985年というのも、いまから引き算すると35年前。それがそんなに古い時代に観えない現在の自分は、歳を十分に喰ってしまったんだろうなぁと。
現代と大きく異なるのは、スマホやインターネットが無いくらいに思えてしまい。

いまでもそうなのか分からないですが、自分が学生時代にお世話になっていたドーナツ屋さんのチェーン店は内装も50年代っぽく、流れている音楽もその時代だった様な。
でも、映画American Graffitiの世代にも思えて。検索するとあの作品は1962年が題材だそうで。
50年代と60年代では別物なのでしょうけれど、Beach Boysが案外いいなぁと思えるようになったのは自分にとって最近で。若い頃は古臭い音にしか聴こえず。
どうにも自分はBeatles以降のRockしか聴いていない様子。
ピーター・バラカンさんのラジオ番組は、年代を問わない選曲が多い傾向なので、自分の偏った知識の助けになっている場面が多いです。ただ、ジャンル的には偏りがあるようです。ヘビーメタルな曲が掛かることはまず無さそうで。

逆にRockもJazzも80年代までにほぼ完成してしまったとも思っています。それ以降の曲で斬新に思えるのが少なく、どれも何かに似てるよなぁと。
これも自分の加齢による視野の狭さなのかなぁとも気付いているのですけれど。
ここ十年でオリジナリティを感じられたのはEsperanza Spaldingさんくらいでして。この方はRockもJazzも分け隔てなく表現出来るよなぁと。
取り留めも無い記事になってしまいました。ラジオからはレノンが流れていて、なかなか心地良いです。

謎な記憶

ふと思い出したメモ代わりです。
自分の学生時代に友人から聴いた噂なのですが、当時の「夜のヒットスタジオ」にカシオペアの櫻井哲夫さんとレベル42のマーク・ジョンソンさんが出演し、ベース合戦の末にマーク・ジョンソンさんが圧勝したとの話。

その噂、何人かの友人から当時聴いていて。ただ、検索しても全く引っ掛からず。
記憶違いにしても妙で。デマだったのかな?
当時、フュージョン系のベースで二人とも人気は高かったので、本当だったら何らかの記事が残っていても良いハズで。

初めて購入したCD

自分はLPといったアナログ盤をほとんど所有していません。学生時代、どれも高価でしたし月のお小遣いで購入できるシロモノでは無くて。
ただ、高校に入学した頃にCDという新しいメディアが登場し、これなら購入しても良いかな?と。
というのも、アナログ盤は音飛びとかヒスノイズがどうしても気になってしまい。聴き込むほどに劣化する傾向もあり。
非接触なCDはそれが無いらしく、音はずっとクリアなまま。

CDの値段は当初3500円くらいでした。まぁ高校生にしたら高い買い物です。
これも、自分がアルバイトをし始めたら気になる作品が幾らでも購入できるようになり。
自分の身の回りでそれを再生する装置を持っているのは少なく、実際当時はCDプレーヤー単体で安くても五万円はして。
まぁこれもアルバイトでどうにかなりました。

そして初めて入手したCDがMilesのYou’re Under ArrestとWynton MarsalisのHot House Flowers。
どちらも当時は新譜でした。同じくジャズなジャンルのトランペット主体な演奏ですが、全く別物というか。デジタル録音で、恐ろしく音は良かったです。
Milesのアルバムは半分理解できませんでした。これがジャズなの?と。ほとんどロックみたいなものだよなぁと。
タイトル曲のフレーズから言って、強引過ぎるというか。しかし恐ろしく高速で、スピード違反レベル。

一発で理解できないアルバムだったですし、せっかく購入したCDだったので、何度も聴き返したものでした。
当時同世代で流行っていた音楽とは全く別次元で、俗に染まった方が自分も良かったのかなぁと。
それから三十五年以上経ち、現在では慣れた心境です。やっと耳が追い付いたというか、Milesはかなり先を歩んでいたんだなぁと。
当時のライブ映像で、色々考えさせられまして。

まずベースのDarryl Jones。
スタジオ録音でもクールな演奏でした。無機質でデジタルな演奏でありながらカッコよく。
自分もベースを弾いたりするのですが、あのスピードでは力みがちで。それを永遠と続けたら途中で必ずバテます。
どんな楽器にしても、力んだ演奏は駄目だと思います。すぐに壁にぶち当たります。自分も幾つかの楽器でその癖が抜けずにジレンマで。(なので、楽器の練習の初期程プロに教わるのが良いのかなぁと思っています。変な癖が付かず)
上記のライブ映像を観ると、ダリルさんも最初は余裕しゃくしゃくなクールさを醸し出しているのですが、ひたすら同じフレーズをあの速度で繰り返していると、やはり力む様でした。
ただ、あの速度ではやはり仕方ないのかも知れません。普通、あんなの弾けないでしょうし。

少し後になりますが、大学時代ののMilesのライブは楽器を扱う音楽仲間の間でも見物でした。
Miles自身の演奏は自由奔放だと思います。しかし、それをバランスよく成立させるのにはサイドメンのしっかりした演奏が必要そうで。
伴奏無しでMilesを聴いたら、何じゃこりゃ?となりかねないかと。
なので、特にLiveでのMilesはサイドメンへの虐めに近い場面も多く。ちょっとでも音を外すと睨みつけたり。当然、高速なリズムに乗り遅れるのも許さなかったかと。
Milesは大昔からライブほどスタジオ盤より高速になりがちで。モノによっては同じ曲と思えない程の速さで、リズム陣もオリジナルのフレーズから音を抜くのもありました。
大学時代の年末年始に転がり込んでいた友人の家では、そんな映像を楽しんでいました。友人の兄弟は青学の軽音でカシオペアのコピーバンドをやっていたり。お洒落な連中で。
その友人、現在が何をやっているかというといわゆる「大人の玩具」の製造に関わっています。設計から製造、デザインまで関わっているそうで。
奴の家はその辺とても自由でした。当時から。

人が将来どうなるのか何て分かりませんが、性風俗産業は古代の遺跡からも発掘されていて、恐らく潰れない分野の一つかと思われます。
ただ、そのジャンルの一部も今回の新型コロナではダメージあるんだろうなぁと。
音楽の仕事が無く、儲かるらしいと試しにアルバイトで参入してみたらボロ儲けだったそうで、本来持っていたデザインのセンスが買われてトントン拍子。現在は経営者らしく。
数十年前に自分も誘われたりしたのですが、恐らく身内が猛反対するだろうなぁでテキトーに逃げていて。
新型コロナが片付いた後は、仕事のやりかたとか大きく変わるんだろうなぁと思っています。それまでの価値観も変わりそうで。
妙な〆になってしまいました。

80年代のCM

ふと、渡辺貞夫さんのCMソングを思い出しました。フレーズがトロピカルな曲、タイトルを知らず。
検索してみたところ、あっけなく判明。
ランデブーという曲名でした。しかし、自分の記憶というのはどうにも妙なのばかりで、勉強や試験にほとんど活かせなかったのが残念です。

ランデブーというと以前にレイチェル・チャンさんの同名のラジオ番組が大好きでした。世界の土地にちなんだ曲を紹介される番組、初めて聴く曲も多く、時々自分にヒットしたり。
そのランデブー(RENDEZVOUS)というスペルがまた罪で。こんなの発音できないし書けないし。フランス語が語源らしく。

で、渡辺貞夫さんのランデブーをちゃんと聴いてみたく検索したところ、更に発見がありました。このライブ映像なのですが、サイドメンの皆さんが超一流で。
特に自分はDonald FagenさんのThe Night Flyというアルバムのラストに収まるWalk Between Raindropsが大好きで。ジャズ喫茶である吉祥寺のFunkyにも何故かこのアルバムが置いてあって、幾度かこの曲をリクエストしてみたものでした。
その曲のベースラインがまた素敵で自分はWill Leeさんを知った次第なのですが、上記の渡辺さんのライブにも参加されていて。演奏しながら嬉しそうにピョンピョン跳ねていたり。
Will Leeさんを検索したところ、音楽性以外にも人間性が素晴らしいらしく、世界から引っ張りだこの演奏家でもあるらしく。なんだか、このライブを観ているだけでも楽しくなってしまい。
ベーシストとして天才肌だったJaco Pastoriusのステージアクションも楽しかったですが、晩年はもう人として壊れてしまっていて、屋外ライブの途中で花壇にダイブしたり顔に泥をを塗ったりで滅茶苦茶だったそうで。

80年代当時のCMを思い出すと日野照正さんもよく登場していたよなぁと。当時のベスト盤は自分も高校生時代に入手して聴き込んでいました。
テレビ番組でも日本のジャズミュージシャンが登場する場面が多かった記憶です。
ただ、自分は日本のジャズをあまり聴いていなくて。日野照正さんも何かのトーク番組で漏らしていたのですが「どうせ聴くなら本場アメリカのジャズを聴きたくなっちゃいますよネ」というのが、非常に正直で自分も正しくでした。

大学時代に日本橋の三越でアルバイトしていた友人から松本英彦のコンサートに誘われたことがありました。何かのトラブルでチケットが大量に余ってしまったそうで。
松本英彦さんというと大昔の日本のジャズブームでアイドルだった方。まぁソレっぽい演奏をされるのかと大して期待せずに伺いました。客席もお年寄りばかり。
しかし、いざ演奏が始まると度肝抜かれました。上手過ぎです。サイドメンの演奏がまた素晴らしく。
途中の小休憩の間にピアノの紳士がソロでリクエストを募っていたのですが、試しに手を挙げてリクエストしたモリタートを演奏してくれて。曲名によっては怒られてしまった方もいたので、ちょっとシビアな場面でもありました。
そのピアノが前田憲男さん。以前にも記事にしましたが、大瀧詠一さんのアルバムにも参加していたり、天才的なピアニストです。音楽もピアノも独学だったらしく。
まぁ、ともかく食わず嫌いは良くないなぁとか、日本のジャズを甘く見てはいけないなぁとか色々と考えさせられました。
自分は人付き合いが悪いのも認識しているのですが、コイツは面白いと思ったらかなりドアホな誘いにも乗る場面があり。むしろ、そのドアホさを楽しんでいまして。
通っていた夜間大学も教科によっては出席点重視でしたが、突然誘われるコンサートやイベントでは天秤に掛けずに乗ったりでした。
Bob Jamesさんの渋谷公会堂でのコンサートとか、どれもただ乗りなのばかりで。あれは満席だったのにチケットが何故ただで手に入ったのか未だ謎です。
ともかく、そんなに多くなかった当時の友人達には感謝しています。皆利他的でした。色々とキッカケの多い東京に出てきた甲斐もありました。

そういえば、当時に比べると最近はジャズ系の番組が皆無かなぁと。バブルの頃まではCMにもディープな選曲が多かったのですが。
80年代に来日されたDavid Fosterさんの記事を新聞のコラムで当時読んでいたのですが、日本の文化に驚かされた一つにBill Evansの古い楽曲がCMに使われていた点にあったそうで。確かに、今思うとかなり拘りとかリッチな何かがあった感です。
現代は日本人に余裕が無くなった表れでもあるのかなぁと勝手に思ったりで。実際、大して美味しくない蕎麦屋でもBGMにジャズが流れているとちと高級な雰囲気になったりで。
80年代でもジャズなんて半分葬り去られたジャンルではありました。といいつつ、自分は高校時代からそればっかり聴いています。
特にアドリブで凄まじいフレーズを奏でる方は凄いなぁと。どうやってそのフレーズを思いついたのか気になったり。
ただ、ジャズ系の人は短命に終わるというか破滅型な方も多く。北大で軽音に所属していた兄の演奏を観に、自分はクラーク会館へ幾度か伺っていました。兄曰く、糞真面目な奴ほど案外ヘビーメタルが好きだったりと。
自分はヘビーメタルというジャンルに全然興味ないのですが、あれは普段余程フラストレーションが溜まっている方向けの音楽なのかなぁと。
自分でも相当な偏見が入っていると理解してはいるのですけれど。

かなりどーでもいー話題

Twitterにも綴ったのですが、備忘録な記事です。
アマビエが誰かに似ていると思ったら、山下達郎さんでした。
自分だけそう思っているのかな?と検索したところ、既に指摘されているTweetもチラホラ。
ロングヘアのせいもあるのかな。あと、目元と輪郭も微妙に入っているというか。

もう一つは元スペクトラムの新田一郎さんが80年代の笑っていいとも「テレフォンショッキング」に出演された際の場面を思い出しまして。
御本人曰く「学生時代はチクり魔だった」と。他にもタモリさんのラッパの音色を評価しているとの話も。当時はまだ「今夜は最高」も放映していたのかも。
テレフォンショッキングで次の紹介は坂上忍さんだった記憶で、電話越しの坂上氏は「新田さんずいぶん太ったね」みたいなことを言っていたような。
かなりうろ覚えだったので検索したところ、出演の順番は合っていた様です。

新田さんの音楽性について、ソロの活動は自分もよく分かっておりません。悪くも無いのですが、あえてCDを購入するほどでもないかなと。
自分の高校時代にホーン・スペクトラム名義で発売されたSAGAというアルバムをレンタルレコードで借り、それくらいしかちゃんと聴いていないのですけれど。
新田さんはスペクトラムという集合体で威力を発揮できる演奏家なのかなぁと思っています(復刻版のライナーノーツで本人も同様の事を綴られていて、スペクトラムあっての新田だったと)。
プロダクション業を主にされて以降の演奏も僅かに耳にしています。カシオペアのライブでラッパを吹いたり、爆風スランプの録音にもそれらしき音が入っていたり。
ミュージシャンとしては一流と思っていますが、バンドの纏め役やプロデュース役、経営者としてはイマイチだったのかなぁと。
たまたまなのか、爆風スランプやカシオペアの末期に新田さんは関わっていて、どちらも解散していて。スペクトラムが短い期間で解散したのも同様の問題があったのかなぁと。
実際のところは謎なので、勝手な想像でしかありません。

1991年にスペクトラムのCDが復刻発売された際、ラジオ番組で新田さんのトークを久し振りに聴けたりでした。
スペクトラムについては(メンバーが多いからか)お金が掛かり過ぎるので、復活は難しいとの趣旨を伝えていたような。
2000年代に入りWebサービスが一般家庭に普及し始めると、新田さんのソロ復活みたいな案内が嘗てのファンクラブ経由で流れてきたそうです。
しかし、復活祭的なイベントのチケットが高額過ぎてファンからの不満の声があがり、結局ソロ復活な話も消えてしまい。
社長を務めていた代官山プロダクションも倒産。関係者らしき方々の裏事情みたいなのも某巨大BBSで見掛けたりで、苦労は多かった様子です。
ただ、どれも匿名サイト系の話なので、信ぴょう性は謎です。

その頃、スペクトラムのトリビュートバンドのコンサートに自分は幾度か伺っています。
自分よりも遥かに情報通なファン達が毎度集まっていました。スペクトラムの現役時代からライブで触れていたりファンクラブの会報も全て揃えていたり。
皆さん親切な布教家のような方々で、珍しいものを頂けたりも。
そこで永年の謎だった部分も教えて頂けたり。自分としては短期間でも構わないのでスペクトラムの再結成を期待しているのですが。
バンドのメンバーもそろそろよい歳ですし、(踊りは抜きでも)演奏だけでも大変だろうなぁと思えて。

同じ話題を繰り返す

自分も時々やってしまうのですが、同じ話題を繰り返してしまいまして。
お年寄りとかが毎度々々同じ話題を繰り返してしまうのにウンザリしてしまったりもあって、自分は気を付けているつもりなのですけれど、それでもやってしまう事がありまして。
あまりにも頻度が高いと何かの病気なんだとは思います。ただ、自分の場合はそこまで至っていないと思います。

このBlogでもその点は気を付けていまして、記事を綴る前には「以前に同じことを綴っていなかったかな?」と確認することも時々あります。
ただ、新型コロナ関連の記事については毎日新しいニュースが登場したり、状況が変わったりなので、例外的に似たような話を繰り返していそうです。
このBlogを始めて既に15年経ってしまっているので、話題の重複はそれなりにありそうです。Blogに移行する前にも10年近くHomepageを続けていたので、そこまで含めたらかなりの重複がありそうです。
更に、他のSNSまで含めたら相当数あるだろうなぁと。ただ、SNSの場合はサービスが突然終了してしまったりもあり。幾つものSNSを使い分けるのが面倒で、自分は数ヵ月前にFacebookを封印していて。

逆に、話題を出していたつもりが残っていないパターンもありまして。恐らく、何処かのSNSでは出していたのかと思うのですが。昨夜はそんな場面がありました。あれ?っと。

Esperanza Spaldingさんについての記事でした。出会いが衝撃過ぎまして。
過去の仕事でカーラジオではInterFMばかり流していまして。英語の勉強にもなったり、話題が面白かったりで。あと、海外の新曲の紹介が自分の耳に合っていたり。
ただ、「これだ!」と思える新譜はなかなか無いのも実情です。元々自分は古いJazzから入った人間ですので、そもそも新譜を入手する機会が少なく。
Esperanza Spaldingさんについては、鳥肌が立つ程の出会いでした。無調性な曲にも聴こえるのですが、えらい安定感で。
Oneという曲だったのですが、ボーカルとベースがどちらもカッコ良くて。ラジオで曲が流れている間にスマホで曲名を調べて、その日の内には注文していました。
更に検索したところ、この女性がボーカルもベースも担当していて、更に驚きまして。
この女性は天才に違いないと。

Wikiでの略歴も凄いものでした。十代の頃から才能は突出していたそうです。しかし、貧困家庭で育った為に学費面や生活面で相当苦労したそうで。
メジャーデビューまでの苦労は相当だったと思います。しかし、パット・メセニーに見出されたそうで。とはいっても相当若いうちに表舞台に立っていて、密度の濃い人生を送ってきたんだなぁと。
マイルスも無名の新人発掘が上手く、それ以降はBig Nameになったミュージシャンは数知れず。メセニーもそんな素敵な要素があったんだなぁと。
自分、ギター系のアルバムはほとんど持っていないのですけれど。


このライブ演奏も素敵です。スティービーのOverjoyedを当時のオバマ大統領の前で幸せそうに演奏していまして。客席にはスティービー本人も。

種まきカレンダー

地元でお世話になっているお店には線路沿いの西面にプランターが置かれていて、季節ごとに何かの花が咲いています。
そのプランターで二週間ほど前に咲いていたのは菜の花。
二株だけの菜の花ながら、なかなかチャーミングな雰囲気を醸し出していました。
そして、また忘れていたと。

自宅の花壇は冬の季節ほど陽当たりが悪く、その時期は殺風景そのもので。
菜の花は生命力あるらしく、これだったら自宅でも何とかなるかな?と。
出来るものなら花壇全面に咲かせてみたく。
しかし、何処かで咲いているのを観掛けては「しくじった」と思うんです。種まきの時期をまた忘れていたと。
どうにも計画性が足りないようで。

種まきに限らず、剪定とか追肥とか諸々、季節ごとにやるべきことは色々とあって。
何処かで花が咲いてから気付くって、植物に限らずあるんですよネ。
庭にまとまった土のスペースがあったから選んだ物件だったのに、植物はちょっと手助けしてあげれば育ってくれたりなのに、初心を忘れていたなぁと。
どうにも、夏の向日葵くらいしかここでは育たないと諦めていた自分でもありました。
そういったカレンダーを作っておかねばと、ちと閃いたりでした。

園芸は幼少期から観ていました。そんなに裕福な家ではなかったものの、それ程お金も掛からなかったからか、年中庭で何かが咲いていて。
自分は泥遊びの方が楽しかったりですし、今でもその気質は残っていそうです。
冬が終わる頃に、土の香りって漂ってくるじゃないですか。春の訪れの一つでもあり。
数日前の暖かい昼に、ちと香ったんですよネ。どうにも五感に訴えてきました。

ランゲの「花の歌」とか、ピアノの発表会で定番だったよなぁと思い出したり。
昭和を代表する角川映画の「スローなブギにしてくれ」でも、登場した曲だったり。