かなりどーでもいー話題

Twitterにも綴ったのですが、備忘録な記事です。
アマビエが誰かに似ていると思ったら、山下達郎さんでした。
自分だけそう思っているのかな?と検索したところ、既に指摘されているTweetもチラホラ。
ロングヘアのせいもあるのかな。あと、目元と輪郭も微妙に入っているというか。

もう一つは元スペクトラムの新田一郎さんが80年代の笑っていいとも「テレフォンショッキング」に出演された際の場面を思い出しまして。
御本人曰く「学生時代はチクり魔だった」と。他にもタモリさんのラッパの音色を評価しているとの話も。当時はまだ「今夜は最高」も放映していたのかも。
テレフォンショッキングで次の紹介は坂上忍さんだった記憶で、電話越しの坂上氏は「新田さんずいぶん太ったね」みたいなことを言っていたような。
かなりうろ覚えだったので検索したところ、出演の順番は合っていた様です。

新田さんの音楽性について、ソロの活動は自分もよく分かっておりません。悪くも無いのですが、あえてCDを購入するほどでもないかなと。
自分の高校時代にホーン・スペクトラム名義で発売されたSAGAというアルバムをレンタルレコードで借り、それくらいしかちゃんと聴いていないのですけれど。
新田さんはスペクトラムという集合体で威力を発揮できる演奏家なのかなぁと思っています(復刻版のライナーノーツで本人も同様の事を綴られていて、スペクトラムあっての新田だったと)。
プロダクション業を主にされて以降の演奏も僅かに耳にしています。カシオペアのライブでラッパを吹いたり、爆風スランプの録音にもそれらしき音が入っていたり。
ミュージシャンとしては一流と思っていますが、バンドの纏め役やプロデュース役、経営者としてはイマイチだったのかなぁと。
たまたまなのか、爆風スランプやカシオペアの末期に新田さんは関わっていて、どちらも解散していて。スペクトラムが短い期間で解散したのも同様の問題があったのかなぁと。
実際のところは謎なので、勝手な想像でしかありません。

1991年にスペクトラムのCDが復刻発売された際、ラジオ番組で新田さんのトークを久し振りに聴けたりでした。
スペクトラムについては(メンバーが多いからか)お金が掛かり過ぎるので、復活は難しいとの趣旨を伝えていたような。
2000年代に入りWebサービスが一般家庭に普及し始めると、新田さんのソロ復活みたいな案内が嘗てのファンクラブ経由で流れてきたそうです。
しかし、復活祭的なイベントのチケットが高額過ぎてファンからの不満の声があがり、結局ソロ復活な話も消えてしまい。
社長を務めていた代官山プロダクションも倒産。関係者らしき方々の裏事情みたいなのも某巨大BBSで見掛けたりで、苦労は多かった様子です。
ただ、どれも匿名サイト系の話なので、信ぴょう性は謎です。

その頃、スペクトラムのトリビュートバンドのコンサートに自分は幾度か伺っています。
自分よりも遥かに情報通なファン達が毎度集まっていました。スペクトラムの現役時代からライブで触れていたりファンクラブの会報も全て揃えていたり。
皆さん親切な布教家のような方々で、珍しいものを頂けたりも。
そこで永年の謎だった部分も教えて頂けたり。自分としては短期間でも構わないのでスペクトラムの再結成を期待しているのですが。
バンドのメンバーもそろそろよい歳ですし、(踊りは抜きでも)演奏だけでも大変だろうなぁと思えて。

同じ話題を繰り返す

自分も時々やってしまうのですが、同じ話題を繰り返してしまいまして。
お年寄りとかが毎度々々同じ話題を繰り返してしまうのにウンザリしてしまったりもあって、自分は気を付けているつもりなのですけれど、それでもやってしまう事がありまして。
あまりにも頻度が高いと何かの病気なんだとは思います。ただ、自分の場合はそこまで至っていないと思います。

このBlogでもその点は気を付けていまして、記事を綴る前には「以前に同じことを綴っていなかったかな?」と確認することも時々あります。
ただ、新型コロナ関連の記事については毎日新しいニュースが登場したり、状況が変わったりなので、例外的に似たような話を繰り返していそうです。
このBlogを始めて既に15年経ってしまっているので、話題の重複はそれなりにありそうです。Blogに移行する前にも10年近くHomepageを続けていたので、そこまで含めたらかなりの重複がありそうです。
更に、他のSNSまで含めたら相当数あるだろうなぁと。ただ、SNSの場合はサービスが突然終了してしまったりもあり。幾つものSNSを使い分けるのが面倒で、自分は数ヵ月前にFacebookを封印していて。

逆に、話題を出していたつもりが残っていないパターンもありまして。恐らく、何処かのSNSでは出していたのかと思うのですが。昨夜はそんな場面がありました。あれ?っと。

Esperanza Spaldingさんについての記事でした。出会いが衝撃過ぎまして。
過去の仕事でカーラジオではInterFMばかり流していまして。英語の勉強にもなったり、話題が面白かったりで。あと、海外の新曲の紹介が自分の耳に合っていたり。
ただ、「これだ!」と思える新譜はなかなか無いのも実情です。元々自分は古いJazzから入った人間ですので、そもそも新譜を入手する機会が少なく。
Esperanza Spaldingさんについては、鳥肌が立つ程の出会いでした。無調性な曲にも聴こえるのですが、えらい安定感で。
Oneという曲だったのですが、ボーカルとベースがどちらもカッコ良くて。ラジオで曲が流れている間にスマホで曲名を調べて、その日の内には注文していました。
更に検索したところ、この女性がボーカルもベースも担当していて、更に驚きまして。
この女性は天才に違いないと。

Wikiでの略歴も凄いものでした。十代の頃から才能は突出していたそうです。しかし、貧困家庭で育った為に学費面や生活面で相当苦労したそうで。
メジャーデビューまでの苦労は相当だったと思います。しかし、パット・メセニーに見出されたそうで。とはいっても相当若いうちに表舞台に立っていて、密度の濃い人生を送ってきたんだなぁと。
マイルスも無名の新人発掘が上手く、それ以降はBig Nameになったミュージシャンは数知れず。メセニーもそんな素敵な要素があったんだなぁと。
自分、ギター系のアルバムはほとんど持っていないのですけれど。


このライブ演奏も素敵です。スティービーのOverjoyedを当時のオバマ大統領の前で幸せそうに演奏していまして。客席にはスティービー本人も。

種まきカレンダー

地元でお世話になっているお店には線路沿いの西面にプランターが置かれていて、季節ごとに何かの花が咲いています。
そのプランターで二週間ほど前に咲いていたのは菜の花。
二株だけの菜の花ながら、なかなかチャーミングな雰囲気を醸し出していました。
そして、また忘れていたと。

自宅の花壇は冬の季節ほど陽当たりが悪く、その時期は殺風景そのもので。
菜の花は生命力あるらしく、これだったら自宅でも何とかなるかな?と。
出来るものなら花壇全面に咲かせてみたく。
しかし、何処かで咲いているのを観掛けては「しくじった」と思うんです。種まきの時期をまた忘れていたと。
どうにも計画性が足りないようで。

種まきに限らず、剪定とか追肥とか諸々、季節ごとにやるべきことは色々とあって。
何処かで花が咲いてから気付くって、植物に限らずあるんですよネ。
庭にまとまった土のスペースがあったから選んだ物件だったのに、植物はちょっと手助けしてあげれば育ってくれたりなのに、初心を忘れていたなぁと。
どうにも、夏の向日葵くらいしかここでは育たないと諦めていた自分でもありました。
そういったカレンダーを作っておかねばと、ちと閃いたりでした。

園芸は幼少期から観ていました。そんなに裕福な家ではなかったものの、それ程お金も掛からなかったからか、年中庭で何かが咲いていて。
自分は泥遊びの方が楽しかったりですし、今でもその気質は残っていそうです。
冬が終わる頃に、土の香りって漂ってくるじゃないですか。春の訪れの一つでもあり。
数日前の暖かい昼に、ちと香ったんですよネ。どうにも五感に訴えてきました。

ランゲの「花の歌」とか、ピアノの発表会で定番だったよなぁと思い出したり。
昭和を代表する角川映画の「スローなブギにしてくれ」でも、登場した曲だったり。

伴奏

昨日のテレビ番組で、某公共放送の「のど自慢」の舞台裏を取材していました。
お昼の食事を紹介する番組なのですが、これまで観た中で一番興味深い展開でした。

まず、生演奏のバンドメンバーは地域単位で異なるそうです。ご当地のプロを採用しているそうで。呼び出されるのは年に数回。
日曜日の本番は00:15という中途半端な時刻からの放送で、メンバーもお弁当を食べる人と食べない人に分かれるそうです。自分だったら、トイレが近い男なので遠慮しておくでしょうね。

そして、前日の予選は四時間ぶっ続けの演奏となるそうです。参加者は250名。初見の譜面で250曲の演奏はリハーサルなど出来なさそうですし、凄いよなぁと。
レアな選曲であれば、聴いたこと無いのも含まれるでしょうし。流石プロというか。
取材の対象だった方はドラマーだったので、まだ何とかなりそうですが、ピアノといった音階を持つ楽器ですと、一つキー(音階)が異なるだけで、やたら弾き難かったりしますし。

二十年くらい前のCMで、海外のJazzピアニストが紹介されていました。初老のピアニストは数千曲のレパートリーを記憶しているそうで。
恐らく、その中の何割かはブルース系で、基本的なコード進行が決まっていそうですが、それ以外はJazzですと複雑な楽曲が多く。人間の記憶力の凄さを伝えたかったCMでした。

自分も大学時代に鍵盤で色々な曲をコピーしたりでした。聞き覚えのある難易度の低い曲であれば、コード譜だけで伴奏も可能でした。まぁ、かなりの条件付きです。
その後の社会人時代、一時期会社の社内バンドでベースを担当していた際は、歌謡曲からJazzまで色々なジャンルの曲を弾くことに。
そのバンド、初練習の前に課題曲だけ確認しておきまして。譜面など手元に無く、インターネットで探して落として。

1997年頃のインターネットはそういった情報がまだ揃っていない時代で、けっこう苦労しました。一番参考になったのは公開されたMIDIデータでした。(逆に現在ですと著作権関連で怒られそうですが)
MIDIデータですと譜面にも落とせますし、キーも簡単に変えられますし、音も確認出来ますし、トラックをOFFにすれば担当パートのカラオケにもなり。当時所有していた小さなMacは安価だったもののハード面は基本機能を全て揃えていて、シーケンスソフトさえ持っていれば万能選手で。(DOS/V系は何でもオプションでした)
バンドメンバーはプロ級の方も居て、色々と貴重な経験になりました。ただ、メンバーのレベル差はちょっと困ったりもでした。4ビートしか叩けないドラマーさんに8ビートを叩かせるとリズムが全くキープされなかったり歯切れが悪かったり。
音大のピアノ科卒の女性は演奏そのものは上手でしたが、コードを全く知らなかった様で苦労していました。

このバンドの唯一の本番は海外の社員を招いたパーティーでした。北米の外人さんがお客さん。(自分はその数ヶ月後に退職していまして)
練習した曲はソコソコ上手くいったり、会長がギターの演奏を気に入ったのでソロの曲を披露したり。それが自分と時々合わせていた曲だったのでドサクサに紛れて弾かせてもらったり。
更に、飛び入りの外人さんがマイクを持って歌い始めました。聞き覚えのあるワークソングです。ナット・アダレイで有名な。
自分も伴奏することに。ピアノの子は知らない曲だったようなので、自分が鍵盤を担当することに。ブルース系な曲なので助かった感ですが、会長に対して皮肉を込めた選曲だったのかとも。
本社が日本にあるセキュリティー企業、拘束時間等の労働条件がキツく退職者も多く。海外の支社でも同様らしく、日本人でも辛いのによくやっているよなぁと。

話を戻さねば。
のど自慢を観に行ける機会があれば、本番よりも予選の方に興味が湧いてしまいました。
しかし、予選の会場も応募制なのかな。謎

愛煙家だった歌い手さん

美声なのに愛煙家だった歌い手さんがちと不思議だったりです。思い出されるのが三人。

まず、山本潤子さん。ハイファイセットの楽曲が自分は好きで、今でも時々聴いています。
山本潤子さんの声とか丁寧な歌い方、毎度凄いなぁと。
煙草を吸っていてもあれだけの美声というのが、不思議な一人です。

続いて山下達郎さん。
90年代くらいまで愛煙家だった記憶です。当時週末の車で流していたラジオで「煙草を止めたら高い音まで楽に出せるようになった」と伝えていました。
元々ハイトーンまでしっかり歌い切れていた印象でしたし、煙草をやめたらメリットがあるんだなぁと。
山下達郎さんの80年代くらいまでの楽曲は自分も好きで、アルバムも数枚所有しています。ナイアガラ系なのもあってか、音の洪水感が素敵で。
ただ、ラジオ番組での批評はちょっと厳しく。友人経由から聴いたのですが「ドナ・サマーのマッカーサー・パークは嫌い」だそうで。自分が好きな曲を否定されるのはシャクなものです。(追記:うろ覚えです)
それ以来、ちょと嫌な奴のレッテルを貼ってしまっています。ただ、音楽性は凄いと思います。大瀧詠一に比べて、コンスタントに良作を生める能力も凄く。

最後はナット・キング・コールさん。
少しダーク気味な美声ですが、独特の柔らかさがあります。この方の歌を初めて聴いたのはバブル時代のCMでした。大磯ロングビーチのCM、使われていたのはスター・ダスト。
何ともロマンチックな映像と音で、CMを観るだけでうっとり気分。(以下の動画はCMと別物ですが同じ曲です)

大学生時代にお気に入りだったカフェレストラン(北綾瀬のパステル)でアルバムを流してもらったところ、チーフ(マスター)にもそのお父さんにも好評で、お店でも同じアルバムを置いてもらっていました。夏でも冬でも聴ける曲というか。
桑田佳祐さんのラジオ番組でナタリー・コールさんの曲をかける際「お父さんに顔が似てなくて良かったネ」と紹介されていました。
あと、深夜のB級映画で、たまたま観た作品にナット・キング・コールが主演されていたのがありました。何方かの自伝映画だったのですが、全くの駄作なものの動くコールさんは貴重な映像だったなぁと。
ピアニストとしてのアルバムも所有しているのですが、特に印象に残る演奏が無く、歌い手さんとしての才能が光っていた感です。

そんな奴、居ない

先ずは上記の動画をご覧頂きたく。
多くの方は存じぬ70年代後半のど派手な楽曲「ACT-SHOW」です。演奏はSPECTRUM。
こんな古い曲をBGMに踊る若いOLなど居るワケもありませんし、出社途中の決まったコスチュームというか、かなり無理な組み合わせです。
しかし、これは令和時代の偉大なる組み合わせなのかも知れません。
こんな奴は居ないと思うのですが、中には何かのキッカケで「何じゃこりゃ?」で目覚めてしまう方もいらっしゃるかと。

五十代に突入した自分の世代でもSPECTRUMの楽曲を存じている方は少ないかと。存じていてもせいぜい「スタンハンセンのテーマ」とか「IN THE SPACE」とか「ALBA」とか、当時のCM等のテレビ放映で定期的に流れていた楽曲の範囲かと。
自分が小学校の高学年の頃にデビューしたSPECTRUMでしたが、あまりにもぶっ飛んでいてリアルタイムでまともに聴いたことはありませんでした。
二人の兄も馬鹿にしていましたし、世間的には派手なコスチュームの色物バンドだった様子です。実際、当時の自分の周りではまだ歌謡曲に主権があってたので、たのきんトリオとか聖子ちゃんを聴くのが普通だったと思います。(一年ぐらい前後するかも知れませんが)
マセた連中は洋楽とかジャパニーズ・ロックを聴いていたのかも知れません。

そんなワケで当時は自分も「ハシタナイ音楽」と切り捨てていたSPECTRUMでした。クラシック・ピアノもリアルタイムでまだ習っていましたし、国内のどのジャンルにも属さず。
その数年後、川越(埼玉)から千歳(北海道)に引越した自分は川越の八百屋のマツダの部屋でコイツら(SPECTRUM)のFinal Liveを知ってぶっ飛びました。演奏が凄すぎました。
「こんなの今聴いて感動しているのは俺達くらいだろうなぁ」と。

夏休みや春休みになると自分は青春18切符で北海道から埼玉まで遊びに行くのが常でした。いつも泊めてもらっていたのが八百屋のマツダの家で。
親が暮らすお店とは離れになっている家だったので、中学時代から何でもやり放題で、煙草もお酒も治外法権のような場所で。
マツダはプロのベーシストを目指していて、マツダの兄もギターが上手で、青学の軽音系でバンドを組んでいるそうで。
自宅には大きなステレオと様々なLPがあったのですが、その中にSPECTRUMの全作が含まれていました。自分が最初に針を落としたのがFinal Liveでした。
もう、それから虜になったというか。

1984年の当時はCDが普及し始めたばかりの頃。SPECTRUMのCDはベスト盤のみ発売されていて、気になった1stとFinalに収まっていた幾つかの曲は自宅で聴けずじまい。既に解散してから三年も経過していて。
自分が大学を卒業する頃に当時のアルバムがやっとCDで復刻。1991年です。
全部の演奏がやっと聴けて、これはかなり嬉しかったです。レーザーディスクまで発売してくれて。

あれからずっとSPECTRUMを聴いている自分や音楽仲間ですが、こんな古いの聴いていま喜んでいるのは俺達くらいだよなぁ?と笑い合ったり。
しかし、そうでもなかった様子でした。更に五年程経ってからインターネットが普及しだすと全国にはSPECTRUMのファンが多いこと多いこと。
その後にはトリビュートバンドのLiveが開催されていることを知り、幾度も観に行ったり。プロの方もアマチュアの方もとにかく上手で。
Liveの会場に訪れると、ほとんどは自分より年上の方ばかりが集まっていたものの、中にはまだ二十代らしき若者も。いったい、どうやって知ったのだか。

始まったばかりの令和。SPECTRUMがまたヒットしてくれたら景気も良くなるのではないか?と夢想する自分です。
そして、何よりもオリジナルメンバーが存命中に演奏をまた再会してほしく。

Little Melonae

高校生時代に入手した「1958 Miles」というアルバムが自分は大好きでした。印象的なクリーンな曲が続くアルバムです。
しかし、ラストの一曲「Little Melonae:リトルメロネー」が全く異質の存在でした。曲調的にはセロニアス・モンク風というか、かなりヘンテコな曲で自分はモンクの作品だと勝手に誤解していたくらいで。実際、発売当初は別レーベルの録音に含まれていた様子です。
しかし、この一曲もインパクトあって一度聴いたら忘れられないです。うろ覚えで自分が演奏しても、たぶん何処かの音を聴きやすいように取り違えてしまうでしょうし、譜面は必須だろうなぁと。

数年前に何となく思い出して「Little Melonae」を検索したところ、多くの日本人の耳に残っていた様子で、この曲にまつわる記事も多く。
昨夜久し振りに検索したところ、作曲者はレフトアローンでも有名なJackie McLeanさんだったらしく、Melonaeはその娘さんだったとか。
娘さんの名前を使うなら、もっと美しい曲に採用すべきなのになぁとも勝手に思ったりです。どんな娘さんなのか存じませんが「チコちゃんに叱られる!」に登場するチコちゃんみたいな雰囲気に似合いそうな曲というか。

「1958 Miles」のレビューの中には「これだけ美しい曲が並んでいるのに、ラストにこんなヘンテコな一曲を入れられたので減点1」みたいなのもありました。その気持ちは自分もよく分かるのですが、ちょっと可笑しかったです。
そんな「醜いアヒルの子」のような「Little Melonae」自分はけっこう好きだったりです。