Bohemian Rhapsody (2)

Bohemian Rhapsodyの続きな記事になります。
昨日のこと、映画館でやっとこさBohemian Rhapsodyを観てきました。
期待値が高過ぎたり、映画のCMの盛り上げ方が上手かったりで、感想としてはちと微妙な点もありました。実際、エッセンスを凝縮した短いCMの方が本作より良いってのも多いと思うんです。
しかし、映画館の大スクリーンで観るには良い作品だったとも思います。

代表曲が誕生したキッカケな場面とか、メンバーが出逢った場面とか、仲間割れしてしまった場面とか、色々と発見もありました。
しかし、Queenのアルバムを一枚も持っていない初心者には「どうして?」と思える場面も幾つかあったかあなぁと。
例えば、映画「That’s The Way Of The World」を観る前にはEW&Fのアルバムを数枚聴いていたからこそ当時の映像が意味あったり。まぁこの作品は実際のメンバーが出演しているのですが。
しかし、映画「Bohemian Rhapsody」に登場するメンバーは実物に限りなく近くもありました。

あと、大人向けの作品だったとも思います。特にゲイなフレディのキスシーンとか。
映画「Saturday Night Fever」は自分も大好きな作品なのですけれど、これも家族で観るべき作品では無さそうで。車の中で女性を無理矢理レイプする場面とか、あれは無くても良かったかなぁと。
大学時代の音楽仲間から聴いたのですが、高校の学園祭で「ミスター・ブー」という香港映画を上映したそうなんです。ギャグ映画なのですけれど、ベッドシーンな場面もあってそのタイミングでは会場であった体育館がざわめいたそうです。映画を選んだ先生は翌年異動になったそうで。
自分だってアダルトビデオは観ますが、過激なラブシーンが含まれている作品は一緒に観る人を選ぶかなぁと思っていて。
ただ、男女のキスシーン程度であれば問題ないとも思っていて。
それを考えるとバイセクシャルとかゲイとかレズとかに対して、自分はまだ偏見が残っているのかなぁとも。
何事にも偏見はなるべく持たないように思ってはいるのですけれど。

ただ、まさかQueenが主役になる映画が登場するとは思っていなかったんです。
Beatlesだって、伝記的な作品は無くて。(自分が知らないだけかも)
自分がBeatlesに開眼したのは小学校低学年の頃でした。ともかく分かりやすいメロディーで。
Queenはどうかというと、小学校高学年の頃にリアルタイムで新作を聴いていたものの、斬新過ぎて。(兄が聴いていたので)
しかし、テレビやラジオでQueenの曲が流れる場面は増える一方で、既にRockのスタンダードナンバーともなっている感です。

あと、個人的に期待していた場面についてです。
七十年代から言われていた日本公演の場面とか、もう少し分かりやすく登場させてほしかったなぁと。全く言語圏も違う国で大歓迎を受けたとか。「手を取り合って」を日本語で歌う場面でも良かったんです。
これは日本だけの都市伝説だったとは思えず。
あと、「ノー・シンセサイザー!」に拘った場面も欲しかったです。フレディはずっとピアノの音に拘っていて、シンセサイザーライクな音はブライアン・メイに任せていて。
既にずっと前にフレディが他界していたせいか、フレディのワガママな部分が目立っていて。QueenがQueenらしかったのはフレディが拘っていたシンセサイザーを使わなかった背景もあったかと思うんです。
死人に口なしとでもいうか。ギターのブライアン・メイが知性も言葉少な気な気の利いたセリフが光っていて。ちとズルいなぁとも。
生き残っている残りのメンバーだって、汚い部分はあったハズで。
お互い様だろってのはあってもよかったのかなぁとも。

しかし、洋楽が好きなら観といて損は無い作品だと思えました。(最後にフォロー)

国際人の前に文化人

ニュース記事の一覧を斜め読みしていたところ、オーストラリアでの人種差別の記事が。
家を買ったり部屋を借りたりする際にアジア人は差別を受けやすいとの内容でした。
多かれ少なかれ、どの国でもあることでしょうし、日本でも全くないワケではありません。
自分も似たような経験はしていますし。

ただ、日本人はアジア人の中でも別格だったとも思っています。
特に二十年近く前にヨーロッパで三ヵ月滞在した際には、日本人だから助かったような部分もあって。
右寄りのネット民は日本の美談を語りがちなのですけれど、実体験でもそんなことが実際にありました。

まず、ヨーロッパでは日本の工業製品が溢れていますし、テレビCMも実際に多く。
日本では中型以上のバイクのCMが基本的に流せられない様ですが、現地では日本製のバイクのCMもけっこう多かったです。(文化の違いとか国のルールの違いをかなり感じた一面でもありました)
それも、精密で信頼性の高い製品を前面に押し出したCMでした。日本の場合は70年代くらいに大き目なバイクの事故が多発したらしく、CMについても自主規制のようなものが未だ続いている様子です。
あと、偶然だったのかも知れませんが、日本の文化的なテレビ番組も多く。盆栽の手入れの仕方とか大相撲のダイジェストなんてのも放映されていて。(自分の訪れた2000年は日蘭交流400周年だったので、これはたまたまだったのかも知れません)
しかし、盆栽を扱うお店は街の中心街にもあったり、日本以上に日本らしいなぁとか思えたりな場面でもありました。
あと、日本のアニメ番組も多かったです。ポケモンなんて日本でちゃんと観たこと無くて、初めてちゃんと観たのがオランダででした。

ともかく、日本に対しての敬意みたいなのは少なからずあったのかと思います。工業製品に限らず文化面にしても。
じゃぁ、そういったハードウエアやソフトウエア以外に人種としての日本人はどうだったかというと、現地の皆さんと同等な扱いだった感です。
自分は仕事で行ったので、職場の皆さんは自分が日本人だと最初から疑う余地も無かったですし、親切でフレンドリーな接し方でした。
職場の皆さんは似たような世代の方々が多かったですが、基本的に冗談が好きでしたし、職場でノリの良い音楽が流れたりすると歌ったり踊ったりが始まって。
自分はこんなノリが元々好きなので、一緒になって馬鹿をやったりで。

ヨーロッパに滞在した拠点はオランダの現地工場近くでした。オランダの中でもかなり田舎な土地で「フランダースの犬」に登場したような風景がそこら中に残っていて。(あの作品はベルギーなのですけれど、自分の滞在先はベルギーアで僅かな距離で、文化的には近いものがあったようです)
定宿にしていた場所は当時自分がお世話になっていた会社の社長の親族(社長の弟さん)が営むペンションでした。ソコソコな広さで、なかなか快適な部屋でした。
そのペンションの敷地にはちょっとしたレストランもあったり、そのレストランにはグランドピアノが置いてあったり。

滞在初日にペンションのオーナーと挨拶した際が、そのレストランでした。何よりも最初に目に飛び込んだのがピアノ。
何処のメーカーのピアノかな?と覗き込んだところ、YAMAHAでした。
触れてみて良いですか?と聞いてみたところ、勿論ですと。
人差し指一本だけでCのキーを押さえてみると、一音だけでも素敵な響き。お気に入りの短いフレーズを弾いてみても素敵な響き。各鍵盤のタッチも音も完璧です。調律はちゃんとされていました。
そこでショパンの代表的な曲を弾いてみたところ、四小節目辺りでミスタッチ。そのまま終了。
しかし、レストランに居たウエートレスさんが残りのフレーズをハミングしてくれて。

これが、何だか感動だったんです。
お互い知っていた「別れの曲」でした。「指が忘れてしまいました。ごめんなさい」と簡単な英語でお返し。
たどたどしい片言英語しか使えなかった初日の自分でしたが、音楽というものは、それ以上の何かがあるんだなぁと。
ペンションのオーナーは地域で古くから伝わる音楽の継承者でもあったらしく、それから意気投合する場面も幾度か。
帰国直前には、自分もちゃんと弾けるようになっていて、お世話になった恩返しもやっと出来たかと。
地域の文化的な場所をプライベートで沢山体験させて頂けたりだったもので。
馬に触れさせてもらったり、名所に連れて行って貰ったり、街の中心部の古い教会でパイプオルガンを弾かせてもらったり。こんな経験をさせてもらうなんて想像していませんでした。
お別れの際は、電話越しに涙ポロポロでした。

後から考えると、ピアノを弾けた縁もあったと思うんです。
人種がどうであれ、何らかの文化的な素養があれば、受け入れてくれる部分があったと思えて。
ヨーロッパでは何処の家でもピアノが置いてある。なんてワケでも無く。

自分の育った環境は裕福な家では無かったのですが、子供にピアノを習わせるのが母の夢だったそうです。(数日前に放映された「遥かなる山の呼び声」というドラマでも、裕福でもない家庭で子供がピアノを練習していて)
自分の三人兄弟は小学校の卒業式でピアノの伴奏をそれぞれしてきました。しかし、音楽のプロになったのは誰も居ません。
だいたい、母は習わしておきながらもその道に進めさせるのは否定的で。
安定した職業を望んでいた様子でした。少なくとも自分より二人の兄は音楽の素質もあり、その可能性は十分にあったのに。
何事にも一番出来の悪かった自分は、妙な場面で恩恵を頂いていた感でした。

話が戻るのですが、人種云々の差別があったとしても文化的な経験はそれらを覆す力があるのかと思っています。
「エレファント・マン」という見た目の障害を持った主人公の映画でも、主人公が人知れず聖書を唱える場面で流れが変わりました。(それまでは単なる見世物で、まさか教養があるとは思われていなかった)
高校生時代にショパンのノクターンを聴いてみたいと思っても自宅にはレコードが無く、FM放送で録音した演奏が衝撃的でもありました。

それは自分にとって理想の演奏でした。さりげない完璧な演奏の中に感情も僅かに伺えて。ノクターンらしいノクターンでした。
演奏されていたのはダン・タイ・ソンさん。ベトナムのハノイ出身のピアニストで、1980年にアジア人で初めてショパン国際ピアノコンクールで優勝されていたそうです。
後から知ったうろ覚えですが、ベトナム戦争中は音が漏れないような練習で相当苦労していたとか。(こちらの記事が詳しいです)
そんな酷い環境の中で育った音だなんて、演奏だけでは分からず。

日本人であっても、アジア人の出身地によっては甲乙つけてしまう場面は実際にあります。
ただ、自分の場合はこういった経験があったので、あくまでも本人次第です。
と、道徳的なお説教になってしまいました。

何より、先人が築いた日本の印象に感謝すべきですし、それを台無しにしてしまう様な振る舞いは残念だと思います。
文化面の経験による違いは日常茶飯事で、時として怒られてしまうこともあるのですが、その土地に合っていなかったのなら素直に謝る心構えも大切で。
海外に出る度に、ピアノをちゃんと練習しておくべきだったなぁとか、次回のためにも練習しておかなくちゃとか思いつつ、進歩の足りない自分です。
しかし、この文章を入力しているキーボードの手前には鍵盤楽器も備わっているのですが、かれこれ一ヶ月電源も入れていないなぁ。
ガァ

前田憲男さん

今夜見掛けたニュース記事で、前田憲男さんが他界されたとのこと。
ジャンル問わずの天才ピアニストでした。幸運にも自分は生演奏を経験していました。
(詳しくは過去の投稿によります)

メロディックでドラマティックで軽やかな演奏でした。
楽器をやっている人は、極端に上手い演奏を生で耳にしてしまうと、自分には無理だと思うこともしばしばです。
これはアマチュアでもプロでも同じらしく。
あの三越劇場でも、同じ衝撃が走りました。演奏の上手さと感動と、自分の出来の悪さと。

話が少し飛びます。
その無料で体験出来てしまった三越劇場でしたが、客席は半分くらい埋まっていた状況でした。
ホールは入り口から別次元で、古い扉や椅子等の内装なのですけれど磨かれていて気品に溢れていて。自分達以外のお客さんはほとんどがシルバー世代でフォーマルにキメていて。
多分、劇場の関係者も「音楽好きな若い子達いっぱい連れてらっしゃい!」なノリだったと思うんです。自分達は小汚い服を着たまだ青臭さ残った若造でした。
自分を誘ってくれた軽音関係者も、それぞれ受け持っている楽器の演奏に感動していました。
どうやったら、あんな演奏が出来るんだろう?と。それも軽々と。

更に話が飛びます。
思い出してみると、大学時代まではコンサートに行ける機会がそれなりにありました。
もう三十年近く前の話なので罪は無いと思いますが、ほぼ全てのコンサートは無料でした。
音楽仲間の伝手で突然誘われるパターンで。大体は「席を埋めたいから助けて!」って話で。
バブル時代だったのでロック以上にクラシックのコンサートも人気があったりでしたが、何かの手違いでチケットが大量に余ってしまうパターンもあったようです。
自分は夜間大学に通っていて、ほとんどのコンサートは夕刻に開演だったので、その度に天秤に載せていました。
今夜の講義は外しても大丈夫か等々。特に語学の講義は出席点がモノを言うと兄からも教わっていて。

マーラーの五番の生演奏は一度くらい聴いてみたかったものの、厳しい英語の講師だったので誘いを断っていて。
誘ってくれた友人は出欠だけ済まして教室を上手く抜け出していて。
しかし、その友人が講師からリーディングを指名されてしまい。
代返とは異なる次元、義理と人情で自分が「はい!」と立ち上がり、英文を読み上げることに。
しかし、この後自分がリーディングで指名されたら、誰か代理をしてくれるのかな?
かなりハラハラする残り時間でした。

ともかく、自分は若いうちに東京に出てきて良かったんだと思います。グレーゾーンな中で、持ちつ持たれつ貴重な機会が多くて。
高校時代から「今だったら許される!」と馬鹿な誘い合いばりでしたし、根性試しというか、大学でも延長線で周りを馬鹿に染めてしまった感で。
しかし、あの頃は面白かったなぁ。(じじい口調)

自分が前田さんの生演奏を経験したのは1990年頃だったかと思います。逆算すると当時の前田さんは五十代半ば。
自分も頑張らねばと思いつつ、素敵な演奏に改めて感謝しております。

Ron Carter

JazzベーシストのRon Carterさんについてです。
自分がJazzを聴くようになった高校生時代、サントリーのCMでも登場していたRonさんはJazzに詳しくない人にも人気があった様子でした。
大きなウッドベースにも負けない長身で、知性を感じる雰囲気で淡々と楽器を慣らし。

自分も当時、Ronさんの企画もののCDを一枚入手したのですが「あれ?」って感じでした。
何だか求めていたのとは異なる演奏ばかり収録されていて。それに音程がハッキリしないせいか、何だか気持ち悪く。
自分より二年早く東京に上京していた兄も、同じアルバムを持っていて、同じ感想でした。
(自分の聴いた範囲で、ベーシストが前面に出てきて上手く行ったのはスラップ奏法が生まれてからとか、Jaco Pastoriusのような天才が登場した70年代以降からなのかなぁと)

ただ、高校生時代に聴いていたMiles Davisの古いアルバムでリズム陣に撤するRonの演奏は見事な感でした。
特にMilesのバンドではサイドメンとして登場している演奏者が、かなり良い出来なのが多い感です。Wynton KellyもHank MobleyもMilesバンドでの録音が一番好きだったりです。

大学時代まで愛読していた月刊誌にJazz Lifeというのがありました。現在でも発行されているそうですけれど、もう何十年も読んでいなくて。
そのJazz Lifeには現役ミュージシャンのコラムも載っていたりで、過去に興味深い記事が。
日本人の著名なベーシストのコラムだったのですが、その記事は相当の怒りに満ちた文章でした。
「あいつ、またやりらがった!」な感で、屋外コンサートで自分の大切なベースが勝手に使われてしまったそうです。
どうして気が付いたかというと、ベースをケースに仕舞う際に指板を布で包むそうなのですが、その包み方が自分のやり方と違ったそうで。
どうして使われてしまったのかも察しがついたそうです。雨の屋外コンサートで奴は自分の高価な楽器を濡らしたくなかったから。
何でも、奴は年代物の貴重なベースを普段使用していて、水で濡らすようなマネは絶対にしなかったそうです。
奴は日本でも人気で過去には偉大なミュージシャンと歴史的名盤を録音していて。
どうにも日本人は格下に観られているのか、被害者は何人も居る。

そんな文章だった記憶です。
実名は避けられていたものの、思い当たるのはRon Carterしか居ませんでした。(自分の狭い知識で勘違いの危険性も十分にあるのですが)
人間性というものは、アーティストの力量とは全く別物なんだなぁと。
ともかく、専門誌の当事者じゃないと綴れない話題だと思いますし、これがメジャーな新聞紙でしたらボツになる記事だったんだろうと思います。

話が飛ぶのですが、Milesが1964年に日本公演で残したアルバム”Miles in Tokyo“が自分はけっこう好きです。
このアルバムくらいにしか参加しなかったサックス奏者Sam Riversの演奏をボロカスに言う方も居たりなのですけれど、そのソロも自分は好きだったりです。
Herbie Hancock等も参加していて、かなり豪華な顔触れでした。
いま、そのアルバムを聴きながら綴っていたところでした。

自分の声が嫌い

自分も自分の声が好きになれません。録音に残る自分の声を聴いたりすると、自分は普段からこんな声を相手に聴かせているのかと落胆に近い思い。
しかし、プロの歌い手さんでもそんな方が居るらしく。

Steely DanのDonald Fagenさんも自分の声が嫌いらしく。
確かにかなり個性的な声質ですし、あれを伴奏無しの歌だけで聴いたら、けっこう変かも知れません。
ただ、伴奏を伴うとバランスが良く取れている感です。他の歌唱力がある方が歌ったら全く別の雰囲気になってしまいそうで。

あと、Hi-Fi Setの山本潤子さんも自分の声が嫌いらしく。
これについては「何をおっしゃるウサギさん」レベルです。あれほど素敵な声質で歌唱力ある方など、なかなか居ないと思います。
難しいフレーズの曲でも安定した音程で丁寧に歌われていて。細かなリズムもかなり正確で。

大瀧詠一さんはどうだったのか存じませんが、歌っているときの自分の表情が大嫌いだったと以前に観たテレビ番組で紹介されていました。
歌っているときは相当な変顔になってしまうらしく、スタジオ録音時は卓のある部屋からも人を追い出して自分だけで録音していたとか。
自意識過剰かな?とも思えたのですが、相当拘りのある方だったとは思います。
A LONG VACATIONなんかは発売後に幾度も録り直したとか。実際、初期の頃に発売されたアルバムを兄がよく聞いていたのですが、十年後くらいに自分が入手したアルバムはかなり印象が異なっていました。
不思議なことにラストの一曲「さらばシベリア鉄道」が自分の入手したCDには収録されておらず。まぁ、あのアルバムで締めくくるにはFUN×4の方が似合っていたかも知れません。

大学に入学した当初にちと驚いた出来事がありました。
新入生歓迎パーティーみたいなのが大学の広場で開催されたのですが、そこで生演奏をしたバンドのレベルが異常に高くて。
特にベースとボーカルが際立っていて。この人達、プロでも十分喰っていけるよなぁと。
理工系の夜間学部で、どうしてこんな凄い人達がいるのかなぁと。
自分もその軽音楽部に入りたかったのですが、仕事と勉強で手一杯なのもあって部室へたまに遊びに行く程度でした。
後から聞いた話では、実際ベース担当もボーカル担当も筋金入りだったそうです。その二人とも何故か相当な進学高校出身らしく。
特にボーカルの方はボイストレーニングも受けていたらしく、ハイトーンまで余裕で歌えていて。
しかし、人によっては「あんなに余裕で歌っていると、熱を感じないんだよなぁ」と。
人それぞれ、聴く耳が違うもんだなぁと。

Bohemian Rhapsody

Bohemian Rhapsodyという映画が、本日から日本でも公開されるそうです。Queenというバンドの代表曲なタイトルでもあります。
自分は小学生の頃からQueenを耳にしていました。四つ歳の離れた兄が好きで聴いていたからで、自分はあのギラギラな楽曲が特に好きだったワケではありません。
ビートルズの方が余程分かりやすい楽曲が多くて、最近のRockというのは何とも如何わしいものだなぁと、ボリュームをもう少し下げてほしいなぁと。

小学校の高学年の頃、大好きだったギャグマンガ「マカロニほうれん荘」でも当時流行っていた洋楽ネタな場面が時々登場していました。
主人公達が集う喫茶店にQueenのメンバーらしき四人が現れ、アルバム「華麗なるレース」をリクエストしたり。
中学に入ると、洋楽を聴く同級生の乙女達の間でもQueenの話題が時々出ていました。ブライアン・メイの人気が高かった様子です。フレディは見た目からいって変態だったので、難しかったんだろうなぁ。
中学二年くらいまで自分はクラシックピアノを習っていて、当時音大生だった女性が自分の先生だったりでした。この先生が色気ムンムンで、ピアノを前に先生の隣で弾くのは至難の業でした。
目元が鍵盤にも譜面にも行かず、先生の胸元に引き寄せられてしまい。どうして自分はこんなにスケベなのか!と心の中で嘆いたものでした。(大学時代にもう一人の兄にその件を伝えたところ、実は兄も同じ悩みを抱えていたらしく)
その先生はアルバイトで弾き語りもしていたそうです。喫茶店だったか呑み屋だったか覚えていませんが、そのお店に来日中のQueenのメンバーが訪れてぶったまげたとか。(Queenの曲も何か弾いてあげたような記憶です)
当時のリアルタイムの洋楽で、Queenは外せない存在だったのかなぁと思えます。少なくとも日本では。

自分は高校時代からJazzを主に聴いています。つまらない理由ですが、兄の真似をしたくなくて。Rockとクラシックは長男が好きな領域でしたし、ポップスは次男が好きな領域でしたし。三男の自分は残されたJazzだった感で。
まぁ、結果的にJazzは飽きずに今でも聴いているので、良い選択だったと思います。
そんなワケで、高校時代以降に流行っていた洋楽や国内のアイドルに自分は恐ろしく疎くて。自分が聴いていたのは1940~1960年代のJazzばかりで、時代錯誤なCDばかり買い漁っていて。
しかし、リアルタイムの流行歌より味わい深い古いJazzの名盤は自分にとって刺激的でした。
同じ曲でも演奏者によってこんなにも解釈が違うんだなぁとか、アドリブの凄さとか。自分には絶対に真似出来ない世界でした。

改めてRockを聴くようになったのは上京して大学に入ってからです。それまでは兄の持っていたレコードを時々聴いていた程度だったものの、たまに聴きたくても自分の部屋には一枚も無いような状況で。
好きだったアルバムを幾つか揃えたり。Queenもベスト盤とオペラ座の夜だけは手元に置きました。
改めて聴いてみると、Queenも凄いなぁと。音楽のバリエーションとか表現方法とか。

大学の卒業が近かった頃だったか、北海道の実家に帰省していた時にフレディの他界をニュースを知りました。エイズだったらしく。
その頃のプロモーションビデオもニュースで流れていたのですが、メイドさんのような乙女の服を着こなすマッチョなオッサンがフレディで、もはや自分にはついていけない世界に到達していた様です。
フレディのバイセクシャルな噂はずっと昔から聞いていました。日本公演のライブが終わった後は、ホテルでその晩のパートナーが待っていると。それも女性だけでなくて男性もと。
半信半疑だったものの、実際そうだったのかなぁと。
まぁ、ああいった名作を沢山生めたバンドというのは、自分は天才集団だと思っています。特にQueenらしいオリジナリティに溢れていて。これも自分には絶対に真似できませんし。アーティストというのはその時代に早過ぎる変態レベルでないと駄目なのかも知れません。
自宅にはQueenのピアノ向けなコピー譜もあるのですが、一音一音とても意味深くて。クラシック以上にクラシックな響きのフレーズだったり。

2000年に数ヶ月の出張で訪れたヨーロッパは、ユーロ2000というサッカーの試合が開催されていたタイミングでもありました。
拠点にしていたオランダでは、連日その放送が流れていて。番組で流れる曲は何故かQueenが多かったです。オランダでも人気あったんだなぁと。
その頃のQueenは、もうRockの定番だったのかも知れません。地元の呑み屋の大画面でQueenが流れると、自分も一緒になって歌ったりしていました。

今年は劇場で観たかった映画が幾つか公開されていて。
坂道のアポロンの実写版とか、ブレードランナーとか。そしてBohenmian Rhapsodhy。
ただ、映画館で観るのはビール片手で面倒で。小便が近いもので、再生の停止ボタンが有効な自宅がやはり楽で。
とりあえず、今日はオペラ座の夜でも聴こうかな。ヒットを狙わなかったと思われる妙な曲もけっこう味があるアルバムです。

YAMAHAのVenova

様々な楽器に手を出し、どれも使いこなせなかった奴ほど、変な楽器に手を出す。
これはけっこう当たっている法則だと思います。
これなら、自分でも出来そうだ。
この感覚です。

一年ほど前から気になっていたYAMAHAのVenovaというリコーダーサイズのサックスっぽいのもソレに近く。


十年ほど前に試しに入手したこの楽器「Xaphoon」もそうでした。


以前から新宿の街中で路上販売されている方がいて、その方は路上演奏もされていて。これが、なかなか上手で。
まぁそんなに高価でないし、試しに自分も入手した過去がありました。
初めてのリード楽器、音は案外あっさり出てくれたものの音程がナカナカ安定せず。
安定して曲を吹こうとするほど、変な力が顔に入ったり胴体にも加わったり。
部屋で吹くには音が大きいし、近くの高速道の下で吹いたらお巡りさんに怒られてしまうし、土手まで行って練習しても何だか楽しくなく。

その後、台湾製の安いアルトサックスを入手したところ、目から鱗というか。
楽に音が出るし、レールの上を走っているような音の安定感。ぜんぜん演奏しやすくて。
この違いは何処から生まれてしまうのか。

でも、Venovaがちと気になるんですよね。
ピアノを長く続けてきた方の悩みの一つは、鍵盤楽器を気軽に持ち運べないことでもあり。
何処かに備え付けの鍵盤楽器が必ずしも自分と相性が良いわけで無く。
ピアノタッチでしか弾けない人にシンセタッチの軽い鍵盤を弾かせると操縦不能な演奏になりがちて。
なので、ギター弾きとかが羨ましかったりで。
コードも出せるしソロも取れるし持ち運びも便利で。
短音しか出せない楽器でも、達人が奏でるとコードまで響いてくるようであったり。

スナフキンみたいにギターを背中に旅に出たり、それより小さな管楽器を鞄に忍ばせて旅に出るなんてロマンチックではありませんか。
大自然の中で、自分だけのステージなんですよ。
なんつって。

サックスを教えている方の動画を確認したところ、VenovaもXaphoonに近い存在なのかなぁと。
でも、気になるんですよね。
少しは拭きやすいのかなぁとか。