世論とか

ニュースのコメント欄やTwitterを覗いてみると、銃撃事件の犯人に対する扱いがかなり変ってきた印象です。
事件の背景が明るみに出るにつれて、同情に近い意見も少なく無く。勿論賞賛出来る行動では無いものの。
中には犯行を賞賛する意見もあったりするのですが、こんなのが当たり前になってしまったら法治国家として終わってしまいそうです。

以前から何となく思っていたのですが、総理大臣は引退後に一切の政治活動から手を引くのが良いと。
ハッキリとした理由が思い浮かばないのですが、もうそれ以上の事は出来ないのですし、悪い意味で影響力が残りそうですし、今回の様な事件も起こり兼ねませんし。ルールなのか存じませんが海外でもそういった風習は少なく無く。

マスコミもこれまでタブーだった問題をやっと扱ってくれる機会になった感です。
政教分離がちゃんと守られていたのなら、こんなことは起こらなかったハズで。原則なのに。本来一議員としても許されないハズなのに、総理大臣がこれでは。
あの宗教団体に限らず手を変え品を変え活動する関連団体は幾らでもあったりです。イザとなったらトカゲの尻尾切り「関係無い」と。
会見に臨んだ弁護士さんの説得力が凄かったです。分かりやすい言葉で実例を持ち出していました。必要に迫られて会見を開いた某団体のトップの言葉とは重みが違いました。
中には反安倍団体の手先だとか陰謀論を持ち出す人も居るようですが、そんな事よりも安易に黒い票に手を出した結果なのかと自分は思っています。
ただ、三世議員で宗教面も三世ですと、生まれながらに違和感無かったのかなぁとも。
こうなると、政教分離以外に世襲制禁止みたいなのも必要になってしまいそうで。

こういったカタチでタブーだった問題が一気に噴出したからには、何らかの変化が必要に思えるのですが。
曖昧のまま終わってしまうのでしょうか。
根深そうですし。

大学を卒業したばかりの頃、自分は某セキュリティ企業の現場で緊急対処員を経験していました。
担当していたエリアは日本の中心で、ともかく忙しかったです。離職率も激しい現場で、年中中途採用の社員が入れ替わっていました。バブルが弾けた後だったので、元証券マンだった社員も多かったです。
そんな新人のOJTで一緒に駆け付けた永田町の廃墟。元料亭だったそうですが、コウモリが飛び交いセンサーが誤作動する場面が幾度か。
報告書を置くべき部屋は小さな事務所で、壁には嘗て利用されていたらしいお得意先の連絡先が大きな文字で一覧に。
自分は気付かなかったのですが、同行した新人はその一覧に衝撃を受けていました。代表的な政治団体以外にも怪しい団体名が幾つも含まれていて。
繋がっていたんだなぁと。
いまでもそうなのか謎な三十年以上前の話です。
(詳しくは自分も覚えていないのですが、内容的にタブー寄りなので後日消す記事かもしれません)

60代と70代のSNS利用、前年から大幅増

タイトルのニュースを見掛けました。
コロナ禍で外出自粛等が影響しているそうです。
一対一のコミュニケーションや、親族同士でのコミュニケーションは大歓迎です。

しかし、友人知人関連のSNSの中に身内が入り込むのは、ちょっと避けた方が良いかと思っています。
実際、Facebookでは友人知人以外に、仕事関連の方や身内が連なってしまうことも。
うちの母は自分のアカウントに気付き、黙って観ている分には構わなかったものの、絡んできてしまうことが幾度かあり。

SNS上でのコミュニケーションは、ある程度空気を読めないと危険だと思います。
その辺、うちの母はプライベートでも人付き合いが面倒になり友人知人の類が一人も居なくなってしまい。そんなのがSNS上で上手くやっていけると思えずで。
まして、自分は友人とも何とも思っていないものの、何らかの関係で連なっている人も居る訳で。
そんな人については、毒舌であったりマウントを取りたがったり、ディスるのが好きだったり。自分はそういう相手に対してある程度は辛抱するのですが、そんな場面は身内に観られたくなく。
観てしまった身内も悲しむだけでしょうし。

ただ、あまりにも無礼がしつこいと、自分も容赦なく切ってしまいます。目上の人であっても。
それは身内にも嫌な思いをさせてしまうからな面もあり。仕事関連の方にも恥かしく。
ある程度空気を読める人であれば、身内であっても黙って見守れるとは思うのですが、そんな環境に不慣れな高齢者には辛い作業かも知れず。

Facebookはそんなのが面倒で、アカウントは閉じたまま一年以上経ってしまいました。
基本匿名なTwitterの方が自分にはまだ気楽で。
ともかく、面倒臭い相手というのは持って生まれたものなのか、持病みたいなもので、基本は何も変らないのがほとんどかと思っています。

知床の沈没事故

ここ数日テレビを観ておらず、スマホのニュース記事でしか存じていないのですが、知床で観光船が沈没してしまったそうで。
冬期休業から明けた初日、運悪く時化の中での運行だったそうで。

知床半島は車で幾度か旅しました。大自然の十分に残った環境、親から借りた四駆で友人と旅したり、一人旅で会ったり。
半島の先端までは行けなかった記憶ですが、その途中の道でもけっこう危険な箇所がありました。慣れないレンタカーの運転で事故を起こした若者もいたり。
野生の鹿は何処にでも居ましたし、熊も観掛けたり。単車だったらちょっと怖かったと思います。

その後の仕事でも道東方面へ幾度か伺いましたが、四月でも冷え込んだ日はかなり寒かった記憶です。
その方面の昨夜の海水温もかなり低かったそうで。

観光船が沈没しかけているとの第一報なニュース記事では、救助船もヘリコプターも向かっているとの内容だったので、当日中には救出されるのだろうと思っていました。
しかし、その晩は誰も見付からず。翌朝である今朝のニュース記事で数名が発見されたと。何方も意識は無いそうで。
やはり、あの冷たい海で一晩を明かすのは厳しかったかと。
一人でも生存者が見つかれば良いのですが。

二十代の頃に会社のヨットチームに誘われ、中型のヨットに幾度か乗ったことがありました。
天候の良い日のヨットは、最高の乗り物でした。
晴れて波も穏やかなのに適度な風が吹いていると、ヨットは全く揺れずに海面を滑るような乗り心地で。
細かな微動は帆が全て吸収してくれているのだか、ともかく安定した乗り心地で。
しかし、時化気味の日は最悪でした。ともかく酷い揺れで。気晴らしにビールを呑んだら、三分で戻してしまったり。
海の上では逃げ場が無く、あれは辛いだけの数時間でした。
あれ以来、ヨットには乗っていません。
水上スポーツ系は、プーケットでその後に借りたジェットスキー程度です。ジェットスキーは湾内だけの移動範囲でしたし、面倒になったら直ぐにビーチへ戻れますし。

今回の事故で救命胴衣とかどんなものだったのか、ちょっと気になったりです。
単なる浮き輪みたいな特性しか無いのだか、身体を保温できるスーツ形状なのか。
後者でないと、かなり無理がありそうで。

アメリカ寄りの情報

ロシアによるウクライナ侵攻から三週間経とうとしています。
戦争に至るまで、本当に侵攻はあるのかと半信半疑でした。
戦争に至ってからも、チェルノブイリ等の原発がまさか狙われるとは思ってもおらず。
そこまでやるか?な場面が幾度もありました。

それらはほとんどが欧米寄りの情報です。良いか悪いか別として偏っているかも知れないと。
ただ、戦争を仕掛けたロシア側の情報は嘘が多かった感です。軍事演習では無いですし、無差別攻撃もしていますし。
争いにはどちら側にも言い分があるのでしょうけれど、軍事面等の立場が強い方がどうにも好き勝手しがちな感です。

あと、戦争に至るまでとか戦争中とかの情報は、リアルタイムでは当てにならないとも思っています。
イラク戦争は「大量破壊兵器を持っている国だから攻撃した」との大義名分があったものの、そんなモノは発見されず、結局アメリカ側の嘘だったと結論付けられています。(AFPでの公式発表)
ベトナム戦争のキッカケは詳しくないのですが、大国の代理戦争で戦場となった全く関係ない国では多くの民間人が犠牲になっていて。
独裁者として殺害されたカダフィ大佐は、石油の利権を国民に十分還元していたそうですし、独裁政権が終わった後は混乱が続いているそうで。
日本ではあまり話題にならなかったのですが、カダフィ氏の殺害直後に現地でアメリカのヒラリー・クリントン氏が記者会見を開いた件は、翌年に出張で訪れたアフリカでも話題になっていました。「偶然そこに居たワケではないでしょう」と。(Wikiにも記事が残っています)
アフリカの文化人たちは、カダフィ大佐が庶民の生活面や文化面に力を入れていたことを知っていました。
第一次世界大戦でのイギリスによる三枚舌外交も酷いもので。

そんなワケで、戦争に至るまでとか戦争中に出回っている情報は、あまり当てにならないと思っています。
自分を正当化して、相手を極悪扱いするのは毎度のことで。
今回に限って欧米の主張だけが合っていると思いたいところですが、本当のところは戦後になってからでないと明らかにならないのでは?と思ったりです。
日本が敗戦となった太平洋戦争も、戦後半世紀も経ってから明らかにされた事実が少なく無いようですし。

日本は島国の恩恵が色々とあると思っています。
陸路での侵攻が出来ない環境というのは、それだけで強みです。
世界史対照年表でも独立国家として日本が驚異的な寿命ですし。他の国は時代によって国名も住む人も大いに変わっていたり。

それに対して、大国の板挟みになっている国というのは色々と大変そうです。
どっちつかずの外交を迫られがちで、舵取りや匙加減を少し間違えただけで制裁を浴びてしまったり。
お隣の韓国もそうでしょうし、今回のウクライナもそうでしょうし。

太平洋戦争で敗戦を迎えた日本は、その後見事な経済成長を成し遂げましたし、戦いで負けたにしても相手がアメリカで救われた部分があったかと思います。
これがロシアだったら、奴隷扱いだったと思われて。
実際、自分の親の世代は幼少期の敗戦時に樺太から命からがら脱出してきた方も少なくなく。略奪や暴行は凄まじかったそうです。
北方領土返還があり得るのか判りませんが、ロシアにとっては今後も使える外交カードの一つでしょうから、手放さないんだろうなぁと思っていたりです。

ただ、過去の仕事で三ヵ月滞在したヨーロッパでは、アメリカが好きでない一般人も少なく無かったです。
世界の警察的なアメリカでしたが、特に遠くの紛争で出しゃばり過ぎとの印象の様子でした。日本だけがちょっと違うのかも知れません。
今回のウクライナ戦争は、下手に関わると第三次世界大戦になりかねず、それは誰も望んでおらず、今後の流れはやはり判らずです。

話が逸れました。
ウクライナでの侵攻がいつ収まるのか判りません。長期化すればするほど、破壊される街も多くなるのかと思っています。
市民が抵抗する気持ちも解ります。万一負けたら酷い扱いが待っているのですから。
ともかく、過去の戦争はリアルタイムで嘘が多かったので、さっさと終わって事実を知りたいです。

Facebook

Facebookが騒がしいとのニュースが。
内部告発されたそうで「フェイスブックの製品は、子どもたちに害を与え、分断を助長し、私たちの民主主義を弱体化させている」との内容。
世代的に自分にあまり関係の無い話ではあります。

個人的にはあのシステムに馴染めず、ここ半年以上Profileは閉じたままです。
興味が無いというより、観たくもない情報に溢れていて。
以前にも綴りましたが、プライベートの繋がりと仕事の繋がりがごちゃ混ぜになるのも好きになれず。
ハンドルネームが実名に置き換わった頃から、特に苦手になっていました。
実際、仕事で関わったちょっと危ない方からも色々と観られていたらしく。薄気味悪いなぁと。
自分は馬鹿げた記事も載せがちでしたし、それを公開範囲限定にしてしまっては何のための公開なのか分からず。

Facobookは当初大学内の仲間内だけのSNSだったそうです。その範囲がどんどん広がり急成長。
ここまで巨大化するまでには身内の裏切りも少なくなかったそうで、それは映画化された作品の中でも描かれていたらしく。
まぁ、急成長したIT系では何処でも有りがちな現象だと思いますが。
サイト立ち上げの切っ掛けは、学内で気になる異性の情報をもっと知りたい的な流れだった記憶です。そもそもの生い立ちから言って動機不純というか。

旭川の女子中学生が虐めに遭い亡くなられた事件では色々と考えさせられました。
親しい友人の娘さんが丁度その年代で。赤ん坊の頃から知っている娘さんです。
あの事件でもSNSの悪用が不幸を招いていた様子で。
自分の学生時代はスマホどころかインターネットさえも無く。現代の子供は便利なモノを最初から手に入れているなぁくらいに思っていたのですが。
実際のところは、ネット上のコミュニケーションと実生活のコミュニケーションとどちらも上手く生きていく必要があるらしく。大人でもそうなのでしょうけれど、どうにも子供の方が悪用しやすいらしく。
こういった事件や犯罪に発展してしまうような事態、それ未満なのは幾らでも潜んでいるらしく。
逆に、そんなモノが無く実生活のみだった自分達の若い頃の方が、よほど幸せだったかも知れずで。中学生の娘さんを抱えた友人とも、そんな意見で一致したりでした。
自分にその世代の子供が居たら、どう対処するんだろうとも考えてしまい。使わせないという手段もあるのでしょうが、たぶん仲間外れなんだろうなぁとか。

SNSのサービスの問題というよりは、使う側の問題でしか無いのでしょうけれど、Facebookに限らずそういった場を提供している側に対策は求められがちなんだろうなと。
特に義務教育の期間は一般的な公立校に通っていると、生徒達の個性の幅が相当広い感です。学業面でも生活面でも。
自分は校内暴力世代だったので、度を越したワルみたいなのも少なくなく。
そういった世界から抜け出すには、それなりの学業成績でそれなりの高校に進むしか方法は無いくらいに思っています。
それなりではない高校に通ってしまうと、更に酷い世界が待っていたりで。(ワルが集まる高校の混沌とした日々はかなり凄いそうで)
旭川の事件に対しては、そんな中学校など通わなくとも卒業はさせてくれるだろうから、家でしっかり勉強してほしかったです。いまは時間稼ぎ出来るだけで十分だと。それを伝えられる大人は周りに居なかったのかな。

Facebookの文句を綴りすぎてしまったのですが、メリットも若干はありました。
音信不通になってしまった級友を何人か見つけられて。流石は会員数をこれだけ抱えたSNSだと。
それくらいでしょうか。
自分はTwitterの方が性に合っていそうです。互いに何処の誰だか分からない場の方が気楽でして。フォローし合うのは面識のある方だけにしていますが。
長ったらしいのはこっちに書けば良いのですし。

愛媛の事件

愛媛で三人が殺害された事件、またしても被害妄想な方による犯行だったらしく。
数年前に淡路島で五人が殺害された事件と流れは一緒で。
メンタルに問題を抱えて被害妄想、その後に見当違いな相手を加害者扱いして殺害という流れ。その間には十分に危険な予兆があったのに、行政も警察も形式的な対応しか取れず。

近年、そんな事件が多過ぎです。幾つもの煽り運転で捕まった犯人も「つけまわされている」との被害妄想だったりで。
本当に悪事を働いている相手であれば成敗したら情状酌量の余地もありそうなのですが、それよりもメンタルに問題を抱えて罪もない人を傷つける犯人の方が軽い刑というのは、何とも矛盾で。
江戸時代の仇討ちは、罪にならなかった例もあるようですし、気がふれて何しでかすか分からない人への対応も現代より迅速だったかもしれず。世の中複雑になりすぎたのか。

SNS上で被害妄想を抱える方の見分けはつきやすく、電磁波攻撃といった独特のキーワードを使いがちで。
攻撃を疑う相手への根拠も示しているのですが、普通の人にはその接点が理解不能というか、思い込みでしかなく。

被害妄想から被害に遭っている方の意見もSNS上で稀に。疑われてしまった方は、執拗な嫌がらせを受けてしまいがちで、簡単には解放されない傾向でした。
被害妄想側も警察に訴えに行くことは多いそうなのですが、説明が支離滅裂で途中から相手にされなくなるパターンが多いそうです。対して、被害妄想から被害に遭っている人は論理的な説明が出来ているので相手にはされるのですが、その場しのぎな対応がほとんどらしく。
「次に大きな事件があれば対応する」的な状況が続くそうで。冒頭の二つの事件は最悪の「次」という結果で。

家族が対応した残念な事件もあったりです。
元農水事務次官長男殺害事件」は次に何しでかすか分からない息子を親が殺めた事件で。周りに被害が及ぶ前に親が罪を背負い。
長女10年監禁死事件」は統合失調症の娘を監禁し続けた結果死に至った事件。家族として周りに迷惑を掛けたくない思いはあったのかと。最近判決が出た事件でして、ニュースのコメント欄では親が責められる意見が多かったです。
精神に問題があったとしても、攻撃性が乏しかったらこうならなかったのかと思います。後者の事件を検索したところ、昔は精神病院やそれに類する施設が無かったそうで、こういった障害を抱えた人は親が責任持って監禁する必要があり、逆にそれが出来ていないと罰せられたりも。
現代は核家族化も進み、家族の目が行き届かない場面で事件化してしまったり、家族の絆が薄く見放されてしまう例も。

最近、そういった障害者を見掛けなくなった気もします。見掛けるにしても攻撃性の無い方がほとんどで。
子供の頃はそれなりに見掛ました。思い出したのですが、毎日のようにデコチャリで爆走する年上らしき若者が。引っ越し先で遭遇したので、どうしてそうなったのか友人に聞いてみると、幼少期に高熱で脳に障害が残ったらしく。過去には彼をからかった子供が包丁を振り回し追いかけられた事件もあったそうです。
ご兄弟は学業優秀で、立派な大学に進んでいたとも聴いています。幼少期の不幸が無ければ色々と違ったんだろうなぁと。

次に大きな事件を起こさなければ具体的な対応が取れない警察や自治体が実際に多いそうで。人権が絡んでいたり、法律で減刑されやすい傾向が、後手々々な対応に拍車をかけているらしく。
こうなると、法律自体が変わらないと同様の事件が今後も続くばかりかと。

被害妄想の中でも、加害者扱いされるのは某宗教団体が圧倒的に多そうです。ストーカーの集団扱いだそうで。
しかし、加害者扱いされるのが個人や家族だった場合、今回の様な事件に繋がってしまう様で。
加害者扱いの明確な対象が無いパターンは通りすがりの人を襲うことも。
その宗教団体を擁護するつもりはありませんが、被害妄想からの誤解や恨みを一手に引き受けている様な状況で結果的に均衡も保たれてい様子で。この団体がもし存在しなかったら、どんな団体が次に疑われたのだか。

ちょっとタブーな話題ですので、公開すべきか数日迷えた記事でした。
こういった記事を綴ると、炎上する危険があるのも分かっているので、短期間で消すかも知れません。
被害妄想の方が本気でそう信じているのも分かっているのですが、ほとんどの場合は通院を極端に拒む傾向らしく。自然治癒はほとんど望めないのに。
その辺の垣根というか敷居というかが変わるだけでも、流れも結果も大きく変わるのかなぁと。
認知症の一部の方もそうなのですが、他人を疑う前に自分を疑うスタンスがあるだけで周囲の理解も得やすく、助けてくれる人も嫌な思いせずに済み。

見えない壁

東京の一人暮らし未婚男女の間に立ちふさがる「見えない万里の長城」という壁』という記事に目が留まる。
記事に掲載された写真は美女の背景に柴又駅でして。どんな壁なのかと。

記事を要約すると、お金持ちの独身女性は港区や世田谷区といった家賃の高い地域に多く、貧乏な独身男性は江戸川区や葛飾区といった家賃の安い地域に多いから、男女の出逢いの機会が少ないといった内容でした。
他にも、低年収の男性ほど、高年収の女性ほどそれぞれ未婚率が高いそうで。
なるほどなぁとは思えました。

逆説的には女性が江戸川区や葛飾区で暮らしたらモテる可能性も上がると思われます。
あと、記事では家賃ベースでの比較をしていますが、持ち家ベースでは別の意味も持ちそうです。
購入可能な家というのは現実面でけっこうシビアです。生涯賃貸生活ですと、収入や貯蓄の限られた老後は生活面で苦労しそうです。
その辺、家賃の安い地域は販売されている家も安く。高い家賃な地域で生涯暮らすよりも、安い家を買った方が得策とも思えるのですが。
中には背伸びして家賃の高い地域で暮らす人も少なくないかと。しかし、それでは貯蓄が増え難いかと。

自分は恐らくこの先も独身のままだろうと四十代で悟り、一人暮らしに十分な間取りの中古マンションを10年ローンで購入しています。一般的な定年退職前に完済出来るので、その後は楽も出来そうです。
子育てが終えた夫婦が突然離婚してしまい、残った広い家の処分に困る例もあったりで。慰謝料として女性が家を貰える例も少なくないのですが、持て余し気味で。
ちなみに、柴又周辺は緑も多く、ちょっとした観光地でもあり、週末を地元で過ごすには飽きの来ない地域でもあります。これは老後の楽しみでもあり。

しかし、表紙の写真は何が言いたかったんだろう。
葛飾区の象徴でもある柴又に美女が居ないワケでは無いのになぁ。