アメリカンフットボールの事件

某大学のアメリカンフットボール(以下アメフト)部の事件が話題になっています。
アメフトのルール等、自分は全く知らなく。大体、アメリカで流行っているスポーツというのは野球も含めてアメリカ以外ではマイナーな存在な気もします。
数週間前からこの件はネット上で話題になっているのですが、ルールを知らない自分はそれが反則行為なのかも当初分からず。
あんなにごっついプロテクターで固めた選手たちですから、格闘技に近いジャンル何だろうなぁくらいに思っていて。
ともかく、ボールを持っていない選手に対してのタックルは反則らしく。
勿論、選手はそんなの知っていて当たり前でしょうけれど、サッカーのオフサイドとかも面倒臭いルールだなぁと思っている分かっていない自分です。

この事件に興味を持ったのは大学側の対応でした。
既に大きな話題になってしまっているので説明も不要でしょうけれど、数年後に読み返したときにどうだったか必要そうで。
危険な反則行為により対戦相手のK大学が抗議。→N大学は意図的な反則では無かった回答。→K大学が抗議。→N大学の反則を犯した選手が謝罪会見(上からの指示であったと釈明):正直な選手の姿勢に世間は評価。→N大学がの監督とコーチが謝罪会見(そんな意味で選手に指示したのではないと釈明):矛盾だらけの釈明に世間は更に不信感。→K大学が抗議(現在この辺り)。
まぁ、巨大組織であるN大学側の体質が疑われる現状かと思います。

そのN大学で自分は大学時代にお世話位なっていました。自分は別の理工系単科大学で夜学部の学生で、昼間は駿河台にあるN大学の職員をしながら生活費と学費を稼いでいました。
学生職員という微妙な立場の自分でしたが、卒業までの期間は雇用が保証される身分で、職員証も正式なものを所有していました。
月収は生活するのにギリギリなレベルだったものの、賞与はしっかりしていて学費は何とか払える範囲で。ともかく、勤労学生向けの学生職員という制度でした。
N大学のこの制度が無ければ、自分は大学を卒業できなかったのが確実かと思います。
N大学には今でも大きな恩義を感じています。

自分が採用された経緯は過去の記事にも綴っています。かなり偶然の出会いでした。
学生職員には同期が数名居ました。しかし、自分以外は全て付属高校からN大学の夜間に上がってきた若者でした。
この付属から上がってきた連中は受験勉強をまともにしてこなかったのか、英語の構文とかにめっきり弱く、こいつらは何なのだ?と当初思ったり。自分が宿題の回答をすることもしばしば。
まぁ、付属上がりというのはN大に限らずこんなものかと思います。
ただ、一緒に仕事を続けていたら、色々と苦楽を共に出来て信頼関係はちゃんと生まれていました。自分も何度も救われています。

当時の大学での職員の立場は案外まともでした。出入りの業者さんからは自分のような若造でも先生と呼ばれたり、教員より立場が弱いということも無く。現代では正規雇用の教員も少ない様で、むしろ職員の方が立場が強いのかも知れず。昔は教員の方が圧倒的に強い立場だったらしく。
自分の様な18歳で入ってきた若造から、定年間近の管理職から、大手企業を定年して再雇用された方から、年齢層は広い職場でした。
実際、再雇用された高齢の方々は太平洋戦争で戦った経験があり、ジェネレーションギャップを越えた経験に驚いたものでした。あの方々にとっての自分は孫で、管理職の方々にとっての自分は息子で。

ともかく、当初は何処の馬の骨だか分からない存在の時分だったので、出来ることは何でもしましたし、遅刻や欠勤は絶対に避けていました。
もちろん、社会経験が少ない自分は沢山のドジを踏んだものの、周りの職員の皆さんは暖かくフォローしてくれて。それが有難くて涙したこともしばしばでした。
職員の皆さんは、包容力のある優しい大人ばかりでした。

ただ、大人同士の派閥争いみたいなのは僅かながらもあった様子でした。自分には分からない大人の事情です。
自分が生まれた時代にあったらしい学生運動の名残はまだ僅かでも存在していて。それは学生側にも教職員側にも。
当時からの職員は相当辛い思いを経験していたようでした。生々しくてここにも綴れないくらいです。
また、総長選挙の際には意味不明な怪文書が流れたり、負けた派閥についてしまった方が飛ばされたり。
でも、学生職員の自分達には関係無いことでしたし、そんな面倒臭い事象に振り回される場面は無かったです。大人達が守ってくれたのだと思います。
夜に通っていた大学よりも、社会人としての大人の振る舞いを自分は昼間に教わった感です。若い頃の痛みを知っていた方々だから、包容力を持った大人だったんだろうなぁと。
自分も、あぁなりたいなぁと。

大学の卒業と同時に自分は民間企業に就職したのですが、内定を頂いた後にN大学の本部職員の紹介を頂いていました。
そんな話はかなり有難いレアなお誘いだったらしいのですが、既に他から内定を頂いていて、自分の性分ではまだ未経験の民間の方が向いている気もしていて。
課長から説得も頂いたりでしたが、自分は民間を選びました。今考えると全く勿体ない話です。

そんな経験もあるので、N大学の職員の皆さんに自分は一生頭が上がらないです。
変わった方も中には居ましたが、ごく一部で。そんな方でも若手には優しくて。
だから、N大学の皆さんには頑張ってほしいし応援しています。
なるべく早く、ちゃんと片付いてほしい事件です。まともな判断が出来るの分かっていますし。

外神田のメモ

2008年に発生した秋葉原での事件について、当時の住民視点なサイトからの引用を時系列にピックアップしてみました。
当時の地域コミュニティサイトは既に終了しておりまして、インターネットアーカイブさんのリンクが主です。
現時点、秋葉原というより外神田でまたトラブりそうな気配で、心配で。

2008/04/29:中央通パトロール(事件前、既に制御不能に近い状況でも地元なりに)
https://web.archive.org/web/20130630213029/http://www.sotokanda.jp/?p=200

2008/06/08:中央通にて通り魔(事件当日)
https://web.archive.org/web/20130630170322/http://www.sotokanda.jp/?p=205

2008/09/10:万世橋ルネッサンスⅡ(の予告)
https://web.archive.org/web/20130705160336/http://www.sotokanda.jp/?p=210

2008/10/19:祝 優勝!!(千代田区の運動会にて)
https://web.archive.org/web/20130705051756/http://www.sotokanda.jp/?p=214

2008/12/07:地域安全パトロール実施のお知らせ(予告)
https://web.archive.org/web/20130630131527/http://www.sotokanda.jp/?p=218

2009/02/01:第2回12睦防犯パトロール
https://web.archive.org/web/20130702160519/http://www.sotokanda.jp/?p=223

2009/03/04:第1回神助会お花見会のご案内(コメント欄で残念な流れ)
https://web.archive.org/web/20130704005058/http://www.sotokanda.jp/?p=227

2009/04/02:宮入り参拝の順・撮影の御協力願い(なるべくシンプルなルールで)
https://web.archive.org/web/20130708111223/http://www.sotokanda.jp/?p=243

2009/05/06:2009神田祭(なるべくシンプルな予定)
https://web.archive.org/web/20130703053917/http://www.sotokanda.jp/?p=402

2009/05/11:2009宮入直後(撮影は完璧でなかったものの無事終了)
https://web.archive.org/web/20130703035122/http://www.sotokanda.jp/?p=443

2009/11/07:天皇陛下御即位二十年奉祝神輿渡御(裸やフンドシは禁止)
https://web.archive.org/web/20130628134014/http://www.sotokanda.jp/?p=557

2010/01/09:2010 神田明神「だいこく祭」寒中禊(地元の皆さんも多数参加)
https://web.archive.org/web/20130630094525/http://www.sotokanda.jp/?p=583

2011/01/23:歩行者天国再開(やっと何とか再開)
https://web.archive.org/web/20130630152155/http://www.sotokanda.jp/?p=822

2011/03/13:ワッショイです(東日本大震災直後)
https://web.archive.org/web/20130701194745/http://www.sotokanda.jp/?p=858

2011/04/05:神田祭中止(残念無念)
https://web.archive.org/web/20130628064648/http://www.sotokanda.jp/?p=880

2011/04/17:復興支援 懇親会のお知らせ(別のカタチで頑張りたい予告)
https://web.archive.org/web/20130629174335/http://www.sotokanda.jp/?p=883

2011/05/15:復興支援(別のカタチの本番)
https://web.archive.org/web/20130628074724/http://www.sotokanda.jp/?p=895

2011/10/16:体育大会代替イベント(運動会も雨で中止で別のカタチで)
https://web.archive.org/web/20130704030817/http://www.sotokanda.jp/?p=956

2011/10/30:神田明神東日本大震災復興鎮災祈願神輿渡御祭(別のカタチで御神輿を)
https://web.archive.org/web/20130628084343/http://www.sotokanda.jp/?p=960

こんな流れでした。なかなか、思い通りにはならなかったものの、地元の皆さんは頑張っていたと思うんです。

追記:
結局、中止となったそうです。ホッとしました。

秋葉原にて通り魔


[ なんつうこった.. ]

お昼頃、ヘリコプターの音が気になりだしました。
街の上空を何機か旋回しているようです。
鳥越祭の中継かと思っていました。

しかし、ヘリコプターは更に増えてきたようで、窓から見上げると、明神さんの上空で何かの順番待ちをしているような状況でした。
何事かと思いつつ、昼食に出かけました。
部屋を出る前、メジャーなニュースサイトを確認しましたが、それらしい記事はまだ載っていませんでした。
いつもの洋食屋さんが休みだったので、中央通まで出てみると、凄まじい光景。
ヘリコプターは上空を戦場の如く飛び交い、路上は救急や消防の車だらけ。

いつもの床屋さんの前で、店主さんとばったり遭遇。
 SUKIYAKI: 何があったんですか?
 床屋さん: 通り魔が何人も切りつけたみたい
自分は先日、歩行者天国で地元のパトロール隊に参加したばかりでした。
いつからこんな街になっちまったんだろう。

街の皆さん、無事なのか心配です。
ガァ