中国の進化

中国の進化が凄いらしく。EV自動車の開発を手掛けている知人が中国の展示会にここ数年毎年伺っているそうなのですが、地域によっては既に日本のインフラより進化しているそうです。
例えるなら、大正と昭和を飛び越して明治から平成になったような流れの様で。
キャッシュレスは既に数年前から当たり前だったそうです。それもクレジット会社という手段を使っていないそうで。イメージが良くわかないのですが、スマホをかざすだけで売買が成立するそうで。
銀行から自動で引き落とされるのとも異なるような話だったような。チャージされたSUICAで何ても買えるようなイメージだったような。日本でもその手のサービスはありますが、まだまだ現金の扱いが主流です。
あと、EV自動車の普及率も凄いそうです。安全性や耐久性には疑問が残るものの、リスクあっても政府主導で推し進めているそうで。

アフリカへ出張した六年前に運転手をしていた現地の方に聴いたところ、日本車はエクセレントだとの最上級の誉め言葉でした。ともかく故障知らずで古い車でも頑丈だとのこと。修理代も安く。
対して、中国車は価格以外の部分でゴミ扱いの評価でした。まぁ六年前の話で、現在がどうなのか知りません。
しかし、ガソリンエンジンといった機構的に複雑な工業製品は長い時間を掛けて信頼性が上がるものなのかなぁと思っています。日本の自動車メーカーにしても当初は故障との戦いだったハズで。
これが、ひょっとしたらEVで一気に巻き返されるのかも知れず。
たぶん、その辺の事情を知らない人は中国の自動車何てB級どころかC級品と思われているかと。しかし、中国にとっての海外メーカーは中国生産で製造ノウハウは既に十分掴んでいてもおかしくなく。
スマートホンといった電子機器も同じ流れで、既に品質も十分で、それでいて安く。
これでブランド力まで身に付けたら凄いことになるんだろうなぁと。

日本の場合は新しい乗り物が生まれたにしても、現行の法律で公道では走れない乗り物も実際多く。セグウェイ辺りが良い例かと思います。
セグウェイが公道走行を許されたら、世の中色々と便利になると思っているのですが。安全面で心配が残るのも確かですけれど、どうにも勿体ない法律の壁を感じてしまいます。
実際、リスクを取って法的に許されるようになっても、事故が起こったら「それみたことか」な風潮はあるのかなぁと。
しかし、その辺はある程度柔軟に対応していかないと、日本の環境や技術は周回遅れにもなりかねないかなぁと思うこの頃でもあります。

日本に限らずですが、同業種で既に巨大な会社が幾つかあると、画期的な商品をぶら下げた新会社が叩かれたりします。映画「タッカー」なんかもビッグスリーから徹底的に嫌がらせを受けたり。理工系の人材は観ておくべき素敵な映画なのですが。(映画の概要だけでも読んでおいて損は無いです)
この作品も久し振りに観てみたくなり検索したところ、日本では何故かDVD化されておらず。ここまで圧力が?とは思っていませんけれど、勿体ないなぁと。
自分がこの作品を観れたのも、偶然でした。学生時代に講義で使われたらしいVHSテープが夕刻の教室にポツンと置き忘れられていて、気になっていた作品だったのでその晩だけお借りしました。
本来は直ぐに学生課にでも届けるべきだったんですけれど、観れたお陰で技術屋の面白さに開眼した部分がありました。(勿論ちゃんと返却しています)
「中国の進化」というタイトルに対して妙な終わり方の記事ですけれど、最終的にヘリコプターのエンジンを載せて完成したタッカーも、それまでの仕来りに囚われない凄さがあったなぁと。

日産に思う

ゴーンさん逮捕のニュースから二日ほど経ちました。この件、色々と考えさせられました。
ゴーンさんの過去の実績自体は大きかったと思います。大規模なリストラや広大な土地の売却等、普通の経営者では判断に迷う決断だったかと。
グローバル企業のトップなのだから、これだけの報酬は当然との本人談。しかし、閉鎖された工場周辺で下請けだった企業や解雇された従業員達のことをを思うと、あまり高額な報酬というのは難しいよなぁと思っていました。
多かれ少なかれ痛み分けは必要じゃないのかなぁと。しかし、実際の報酬は表向きの更に倍だったそうで。
これでは世間から叩かれても仕方が無いよなぁと。

個人的な好みで言うと、平成初頭頃までの車種しか自分は日産車に興味が無く。それ以降のは見た目からどうにも好きになれず。
プライベートで自動車を幾度か購入していますが、日産車が候補に挙がったことは一度もありませんでした。当時の現行車種として初代プリメーラは少し迷えましたが。

数年前までお世話になっていた会社では社有車が数台あり、日産車も何故か含まれていて。
車両購入(実際はリースでしたが)の決定権は総務にあったので、担当者に聴いてみたことも。「どうして日産車を?」と。
「トヨタとかに比べて、日産の営業さんは対応が良くて無理も聴いてくれるから」とのことでした。製品そのものよりサービスで選んでいたようでした。
まぁ、管理する側からすればそれも重要な要素なんだろうなぁと。

車のメーカーと販売店は別会社になるのでしょうけれど、販売店さんの涙ぐましい努力が日産車の売り上げに貢献している部分は多かれ少なかれあったのかと思われます。
そんなことまで思い出すと、ゴーンさんの強欲さはやはり許されたものじゃないよなぁとも。

今回の事件は車の性能とか品質に直結する問題では無いですし、利益を水増ししたような会計問題でも無いですし、今後の売り上げにどう影響が出るのか分かりませんが、株価の反応は早かった様子です。
まぁ株主達は従業員のことなどどうでも良く、コスト削減と利益の追求と配当金の良さくらいしか頭に無いのでしょうけれど。

日産に対して文句ばかり綴ってしまっても後味悪いので、過去に好きだった車でも。
・初代プリメーラ(欧州車のようだった)
・初代フェアレディZ(今観ても美しい)
・四代目フェアレディZ(今観ても美しい)
・箱スカ(大人になってからカッコ良さを理解)
・五代目シルビア(売れ過ぎましたがシルエットが美しい)
・トラッドサニー(完成されたデザインを感じた)
・三代目マキシマ(知人が乗っていてなかなか良かった)

並べてみたところ、どれも平成初頭頃までのモデルばかりでした。他のメーカーであればそれ以降でも気になる車種があるのですが。
ゴーンさんがやってくる前の時点で、秀でたデザインの車種は無くなってしまっていたのかな。
中古のスカイラインばかり乗り継いできた友人もいたのですけれど、子供が生まれてからは車を選ぶ基準が全く変わったりもありました。
まぁ、見た目の好みなど人それぞれなのですけれど。それに、実際運転したことも無い車種ばかりです。

災害後の略奪

昨日の朝のニュースで知ったのですが、インドネシアの大地震や津波の後は略奪行為が多過ぎて警察も止められない状況と。
その件についてTwitterで自分もボヤいたのですが。何度も大地震に襲われている日本ではほとんど略奪が無いのに、何処で違いが生まれるのか。
海外暮らしのフォロワーさん曰く「教育の差」では?との指摘でした。
ただ、特別な教育を受けた記憶は無いですし、大人達の振る舞いを代々受けて継いできたからなのかなぁと自分は思っていて。
まぁ、教育は教室の中に限ったワケでは無いでしょうし、広義には教育なのかも知れません。

その件についてYahooニュースのコメント欄を確認すると「日本のように貯金や備蓄が無い国なのだから生きるためには多めに見てあげよう」的な書き込みも。
一理あるとは思ったものの、納得しきれない意見でした。
江戸時代の都市は幾度も大火に襲われ、その日暮らしが普通だった時代、庶民は助け合って復興に励んだそうですので。
日本で大震災が発生する度に略奪がほとんど起こらない件は、海外からも注目されているらしいのですが、やはり日本が特殊なのかなぁ。

勿論、日本でも全く略奪が無かったワケでは無いですが、その機会に略奪をしてしまうような人は普段から犯罪に近いことを平気でやっていそうで。
ごく普通に暮らしていた人が変貌してしまう様なことは少ないかと。

話が少し飛びます。これもTwitterでボヤいた話です。
東欧にはフェイクニュースの村がある」的なドキュメンタリー番組を数ヵ月前に観ていて。
フェイクニュースをサイトに掲げてアクセス数を増やすと、莫大な広告費が手に入るそうで。儲かるものだから親まで協力的だったり、村にはフェイクニュースの先生まで居るそうで。
日本では考えられないことだよなぁと。親が知ったら叱って普通だと思うんです。
「騙される方が悪い」的な考えが根底にあるらしく。ここに大きな違いがあるのかなぁと。
実際、そんな考えが当たり前になってしまったら、社会が成立しないのでは?と思いつつも上記の村は成立している様子。
日本で云う「当たり前だろ」が全く異なるというか。

日本人は「お人好し」と馬鹿にされてしまう風潮もあったりですけれど、自分はそんな日本の方が好きです。
そうでないと、何もかも疑いながらの日々になってしまいますし。

更に話が飛んでしまいますが、パソコンのハッキングが世の中に無ければセキュリティーソフトも不要で、パソコンの動作はもっと快適になるのになぁと。
特に古めのパソコンから最新のセキュリティソフトをアンインストールすると、あれだけモッサリしていた動作が劇的に改善したりで。
疑い前提の処理が裏で走っているから、資源を無駄に消費している一例かなぁと。

興味無いんだから(安室奈美恵の引退)

歌手の安室奈美恵さんが引退されたそうなのですが、気の毒に思えるほど自分は興味無くて。
存在を否定しているワケではなくて、個人的に何も引っ掛からないので仕方ないのです。
これは本当に、好みの問題でしか無くて。

見た目は可愛いとも思えるのですが、大昔に観た歌番組の発言が軽薄だったりで。
肝心の曲について前途の通りで。小室さんがプロデュースしたアーティストとか曲って、自分には違いの分からないのが多過ぎなんです。
一曲だけ大ヒットして続かなかった一発屋の方が、よほどインパクトあったり時代を象徴しているよなぁとか。
無難な曲作りでばかりでは、顔を整形したようなアイドルと同じで、違いが何だか分からず。
もちろん美人なんでしょうけれど。

90年代頃から披露宴で必ずといってよい程流れてくる曲がありました。
これが何言ってるんだかよく分からない歌詞で。
イントロも英語なのか日本語なのかよく分からず。
どうでも良いので勝手に空耳で解釈していました。

 「神様イェーイ♪」

ゴスペルっぽい解釈をしていました。神様に現代風な嬉しさの表現。
目出度い場面、教会でのブルースブラザーズのようではないですか。
実際、誰が歌っているのかも知りませんでしたし、自分にはどうでも良いことでした。
あえてこの曲を選んだのであろうお嫁さんは流行にきっと敏感なんだろうなぁとか、必ず流れるこの曲を選んだお嫁さんは安全な選択をしたんだろうなぁとか。
「不器用な新郎とバランス取れて、これは良いカップルではないか」と、これまた出鱈目な解釈を自分はしていました。
永遠の愛を感じたパートナーの個性というか「自分らしい選曲」も大切だと思ったりではありました。

数日前、安室奈美恵さんが引退されるとのニュースが多発し、「神様イェーイ♪」は安室さんの曲だったのだとやっと判明しました。
偶然にしても、曲も歌詞も自分にはどうでも良かった一致が、ちと凄いと思えまして。
これは正しく神業かも知れず。

学生時代からの友人夫婦の奥さんとは、馬鹿な会話を時々楽しんでいます。
相手が馬鹿なのではなく、自分から馬鹿な話題を振っているだけなのですが。
奥さんは二人の娘さんを育てており、娘さん達が可愛くて仕方ない日々です。
その奥さん(T嫁)に尋ねてみました。

 SUKIYAKI:安室の引退より樹木希林さんの他界の方が衝撃的だった。
 T嫁:希林さん、そんなに好きだったんだ。
 SUKIYAKI:披露宴で必ず流れる安室の曲はイントロから何言ってるんだか分からん。
 T嫁:can you celebrate?
 SUKIYAKI:それかも。「神様イェーイ♪」の空耳だった。
 T嫁:讃美歌みたいネ。
 SUKIYAKI:いや、ゴスペルだ。
 T嫁:ゴスペル好き。

can you celebrate?を翻訳しても、どうにもイカれていました。
バブルの頃に流行ったライダーズジャケットでイエローコーンというブランドがあったのですが、出鱈目な和製英語が刻まれるジャケットはネイティブ達を驚かせたそうです。
それに近い何かを感じたり。東南アジアで時々見かける謎の日本語とこれは一緒です。

その後、T嫁は安室の素晴らしさも説明してくれました。娘さんは現在劇団員で歌や踊りに励まれているそうで。
あんなに激しく踊りながら、しっかり歌えるのって凄いんだよと。
自分はそんな視点で観たことがないというか、聴いたことがないし、これはちょっとした発見でした。

しかし、Youtubeで曲を改めて確認したところ、can you celebrate?よりも日本人の舌には歌いやすいとも思えました。
神様イェーイ♪

Barakan Beatで投稿を採用して頂けた

Barakan Beatという番組が毎週日曜日の18時からInter FMで放映されています。
日本や海外であまり流れない曲を紹介してくれる、なかなか素敵な番組です。解釈の難しい曲が多い中、時々刺さる曲もあり、聴く機会がそれなりにありますし。番組開始以来録音機能の付いたラジオで録り貯めしています。

DJのPeter Barakanさん、三十年前の学生時代から自分はちょっと意識していました。
CBSドキュメントという番組で司会をされていて、海外出身の英語話者ながら日本語がとても丁寧で。イントネーションは癖が残っていたので流暢では無いものの、丁寧を志した姿勢が言葉から伝わってくる感がたまらず。
CBSドキュメントについては、当時からジャズの名手を紹介されていて自分も気になった面がありました。
クラシックでもジャズでもグラミーを取ったWynton Marsalisは万能のテクニシャンなイメージだったものの、練習風景では音を外していたり、マウスピースの選択に悩んでいたり。
当時まだ存命だったMiles Davisの紹介もあったりで。

その後、Peterさんの番組を意識するようになったのは毎朝のInter FMでした。Barakan Morningという番組です。
これがPeterさんのセンス爆発で、会社の車で聴くのが楽しみで。流れる音楽は上記のようなレアなのが多いのですけれど、番組で登場する話題もレアで知的好奇心をそそる内容が多く。
リスナーも、自分と同じ感覚の方が多かったのかと思います。ゲストの方のトークも面白かったり。
ともかく、行きたくないお客さんの仕事が待っている朝でも、あの番組を車で聴けるのは楽しみで。

しかし、毎朝の楽しみだったBarakan Morningが、突然放送終了のアナウンス。
そもそも、視聴者の少なめなInter FMだったと思うのですが、その中でBarakan Morningはかなり人気があったと思うんです。
特に東日本大震災からしばらくは現地の復興を願う話題が多かったです。津波で流されてしまった学校の楽器が多かったので、使用していない楽器を現地にプレゼントしようとか。
原発事故に対する問題意識も番組中で語られていて。諸説ありますが、これが放送終了の決定打になったとの噂でした。
実際、大きな選挙前には「原発の話題に触れないように」との圧力が幾つかの放送局であったらしく。
恐ろしや。

当時自分がお世話になっていた会社は誕生日休暇があり、ひと月以内の消化でお休みした日はマンションの屋上で朝からラジオを聴きながらプランターの世話をしていて。
その時突然、番組終了の話題が登場しまして。


残念とか悲しさもありましたが、朝の楽しみを取り上げないでくれ!という気持ちでした。
番組はTwitterの投稿と同時進行な場面も多く、あのときの嘆きのTweet数は半端なかったです。


ただ、日曜の夜にBarakan Beatという番組が始まるとも。(そのときの放送で伝えてくれたのかは覚えていません)
そんな感じで、Barakan Beatも楽しんでいました。平日早朝の車の中と違い、日曜の18時から2時間の番組というのは他のテレビ放映を優先してしまうことも多かったですが。

昨夜は、十五時半という中途半端な時刻に番組へ電子メールを送っていました。震災時の通信手段についてです。
投稿が番組開始の二時間半前だったので、採用される見込みは薄いだろうなぁと思いつつ。
実際、二時間の番組が残り十分という辺りで「やはり採用されなかったか」と少し落ち込みつつ。
それが、番組の残り五分辺りで紹介して頂けて。自分の実名がラジオから突然流れてぶっ飛びました。
生番組の終わりの辺り、他の曲の紹介も残っていた中でしたので、投稿を読み上げるのはちょっと大変な様子でした。自分の文章は読みにくい発音も多かったようで。
投稿した本文は以下でした。

『今回お伝えしたいのは震災による通信手段の被害の違いについてです。私の実家は今回の地震で震源地から近い千歳市でした。
東日本大震災での東京は停電が無かったお陰で(原発事故による計画停電は別)、固定電話や携帯電話関連は使用可能でした。しかし多数のアクセスで音声通話は機能しなく、個人的にはTwitter頼りでした。

今回の北海道の大地震では北海道全体が停電で、携帯は短時間しか使えませんでした。
初日はバッテリーが切れた携帯から使えなくなり、当然充電出来ず。二日目は携帯の基地局がバッテリー切れで、充電出来ていた携帯も通信出来ず。
固定電話がどうだったかと申しますと、インターネットの接続に適した高速回線が普及した結果、停電で使えなくなる固定電話だらけでした。

停電地域の広さや期間によって、ずいぶんと状況が変わるものだなぁと溜息でした。
特に携帯のバッテリーが弱り気味の方ほど、モバイルバッテリーの常備を強く推奨します。

今回の大地震は午前三時の発生で救われた部分もあったかなぁと思っています。多くの方はご自宅でお休み中だったでしょうし、東日本大震災のような帰宅難民は発生せず。
また、もう少し後の時間でしたら阪神大震災のような炊事による火災が多発したかも知れず。
もう一つ救われたのが、あの凍てつく真冬でなかったことです。

ともかく、早めの復旧と余震の収束を祈っています。』

録音分を確認していませんが、原発の下りは飛ばされてしまったかな。まぁこれは仕方なく。
Peterさんは、日本で生まれたYMOが海外進出する際にも頑張ってくれたらしく、これだけでも相当な実績の持ち主。
今後も番組を楽しみにしています。

不都合の原因

一部のお年寄りは「うちの嫁は朝から何も食べさせてくれない」と不満を年中漏らしているらしく。食べさせてくれないのが長期間であれば、とっくに餓死しているハズなのに。
恐らく加齢に伴う痴ほう症なのかなぁとは思います。
何十年か前に「ライスカレー」というドラマがありました。倉本聰さんの脚本らしく、なかなか考えさせられる場面が多かった記憶です。
その作品の中で、食事を採った記憶が無いお婆さんが登場しまして、大量に作ったライスカレーを死に物狂いで食べ続けて倒れてしまう場面がありました。記憶が飛ぶとこんなことも有り得るんだなぁと。

食べた記憶が残っていないまではあっても、そこでどう行動するかは人に寄るんだなぁと。3パターンはありそうです。
1)食事を作る能力が残っているから、自分で作って対応する。
2)自分の記憶力を疑う。
3)他人のせいにする。

この3つ目の行動を若くして普段から選びがちな人は、歳を取ると危ないのかも知れないと思っていたりです。
「不都合を他人のせい」にしてしまうパターンです。
「自分の考え方や行動が正しい」という大前提が働いているのか、自分を疑うことを知らないのか、いつも堂々としていて。
中には自分の非に気付いていてもそれを認めたくない、認められないタイプも居るのかと思いますが。ここで問題にしているのは「全く気付いていないタイプ」です。
こんな経験もあったなぁと思い出したり。

自分にしても、十年以上続けているこのblogで、既に綴っている話題を忘れてしまい、同じような文章を多分幾つか綴っているとは思います。話題のお手付きというか。

ここから先はタブーな話題になってしまいます。最初に言っておきますが、絶対にそうだと勿論決めつけはしません。
Twitterでしばらく前から気になっていたタイプの方々が居ました。以前に何かのキーワード検索で引っ掛かったタイプの方々です。
「集団ストーカー」の被害に遭っているとか「テクノロジー犯罪」の被害に遭っていると訴える方々です。
ここでの被害とは、物が無くなったとか記憶が無くなったとか、陰口を叩かれているとか、頭痛がするとか。まぁ誰でも起こり得ることだとは思います。
しかし、悪い集団に狙われているという原因にこの方々は行きつく様子です。(大抵やり玉にあげられるのは某宗教団体とか某政治団体の様子)

この方々は特に高齢者というワケでなく、まだ若い方も沢山含まれていまして、Twitter上でもアカウントは同種の方々とフォローし合っていたりで。一種の被害者友の会状況。
じゃぁ、何故狙われているのか?が気になるのですが、「自分の資産が狙われている」とか「社会の陰謀に気付いたから狙われている」とか。そんなに資産家にも診えないですし、特別な能力がある方にもとても診えず。
ただ、ご本人は本気で困っていることに間違い無さそうで、役所や警察や消防に被害を訴える方も。しかし、まともに取り合ってもらえず、更にそのことに対しての不満のTweet。
Tweetの本文をちゃんと読むと、文章が支離滅裂であったり、整合性の取れない出来事であったり。

現実的に、こういった被害が一切あり得ないとは思っていません。相当な資産家が遺産目当てで狙われてしまったり、国家機関や巨大企業の中枢で働くエリートが何らかのライバルから狙われるみたいなことは歴史上ありますし。
ただ、ターゲットはあくまでも特別な資産や特別な立場の人くらいだと思うんです。ほとんどの一般市民には関係の無い事で、手間暇掛けて狙われる理由がありません。
某カルト宗教を訴えた弁護士一家が拉致された事件も過去にありましたが、それにしてもハッキリとした敵対関係や利害関係が生じてしまったからであって、ワケも無く狙われる何てことは無さそうで。(平成に入ってからの一連のこの事件は当時衝撃的でしたけれど)
他には、反社会勢力と見なされると公安関係から監視されることもあるようですが、やはり一般人には関係の無い世界で。
あとは、アインシュタイン並みの特別な能力がある人くらいでしょうか。まぁ自分を含めてほとんどの凡人には関係の無い世界で。

で、何故に唐突にこんな文章を綴ってしまったかというと、本日見掛けたニュース記事で思い出したからでした。
米外交官狙った正体不明の「音響攻撃」、原因はマイクロ波か」というCNN日本語版の記事でした。
電気や物理を教わってきた立場からすると、技術的には可能と思います。
腹の探り合いな大きな国家間で、外交官の立場の人は狙われてしまう立場になり得るとも思います。
Twitterで集団ストーカー被害を訴えている方々は「それみたことか!」と思われるのかなぁとも。

物理的な突っ込みもしておきたく。
メジャーなニュースソースでも、記事を綴った記者や翻訳者が必ずしも専門知識を持っておらず、技術者から「あれ?」と思われる場面が多く。
空中を通過出来るエネルギーは音波か電磁波(電波)か光くらいかな?と思っています。他にも放射線系とかありそうですが。
光と電磁波と放射線は近い関係にあったりしますが、音波とは別物で。
記事のタイトルにも含まれる「音響攻撃」は正しく音波で、マイクロ波は一般的に電磁波で。
音波による攻撃というと、爆音でRockを聴き続けて難聴になるイメージです。マイクロ波による攻撃というと、電子レンジを武器にしたようなもので、濡れた子猫を電子レンジでチンしたら死んでしまった系の都市伝説というか。
音波による攻撃で脳が物理的に損傷するというのは考え難く。聴力が壊されるのなら分かるのですが。
マイクロ波による攻撃は理にかなっていそうです。文字通り波長が短いので発射するアンテナも小型に出来ますし、指向性も鋭いのでピンポイントで狙えるだろうなぁと。(テレビのアナログ放送時代のVHFアンテナとUHFアンテナでは、エレメントの長さが全く異なるように)
記事は原因が音波なのか電磁波なのかの違いが不明確でした。まぁ普通の人にはどうでも良い部分ではあります。
ただ、マイクロ波で脳にダメージがあったのなら、照射された体の表面にもダメージがあって良さそうな気もします。
Wikiでもその辺の兵器がアカデミックに解説されていました。

ただ、音波による攻撃も不可能とは言い切れません。条件が適えば可能な様子です。
胆石を取り出す手術の一つに「胆石破砕」という手法があるそうです。肌にメスを入れずに、外部から音波で胆石を粉々にしてしまう原理です。
この方法にしても、ターゲットが周りより硬くて振動で崩せやすい特性を活かした技術なのかと思います。
恐らく、照射元が身体に密着していないとエネルギーの伝導効率は低いと思いますし、兵器としては成り立たないかなぁと。

でも、アインシュタインなレベルの科学者の登場で、それまでの物理の概念が引っ繰り返った歴史はありますし、否定しきるのも問題はあると思います。
理屈は良く分からないけれど、こういった現象があるみたいなのも歴史上多く、メカニズムの解明まで至っていないのもまだ色々あるかと。
アインシュタインがあの時代に登場していなければ、核の抑止力も働かず、既に第五次世界大戦くらいまで進んでいたのかもと空想したり。
被害妄想は危険ですけれど、技術的な空想は面白くもあり。

話が逸れ過ぎたというか話が戻りますが、心身ともに健康な方でも歳を重ねると多かれ少なかれボケてしまいますし「不都合の原因が自分にあるかもしれない」と心の片隅に置いておけるのは普段から大切だと思います。

奈良のバイク事故の件

奈良で単車三台による事故があり八人が死傷との事件、早朝から衝撃的でした。
自分は三十四年間単車に乗っており、単車の事故は他人事でなく。
どうしてそうなってしまったのか、朝から気になっていました。

事故から少しずつ状況が伝えられています。
原付スクーター二台と大型バイク一台で計八人乗り。全員が十代の若者。
これだけで無茶な運転をしていたのが察せられますが、スクーター一台と大型バイク一台の損傷具合が半端なく。
特に大型バイクは原型を留めておらず、フロントフォークも引き千切られていて。
いったい、どれだけの速度を出していたのだか。

大型バイク乗りで無茶な運転をしているの、自分は観たこと無いんですよ。
凄まじいパワーを秘めた乗り物なので、自制心が無ければ扱えないシロモノです。
乗り手の多くは模範的な運転を志していて、単車のメリットでもある渋滞時のすり抜けさえ滅多にしていなくて。

だいたい、まともなライダーがまとまって走るには、似たような性能の単車で走行するのが普通で。例外的なツーリングは一番遅い車体にペースを合わすのが普通で。
それが何故?とも思えたのですが、八人の中で大型自動二輪の免許を所有していたのは一人も居なかったそうです。
これは技量的にも自制心的にも論外な組み合わせだったのかなぁと。

自分は高校一年の冬休みに原付の免許を取得して、夏に50㏄のギアー付きを入手しています。
当時、一度だけカワサキの650㏄を大きな駐車場で運転させてもらったことがあったのですが、50㏄と同じ感覚でクラッチを繋げたところ重たく大きな車体はいきなりウイリー。
これは死ぬかと思いました。タイヤは二つでも全く別の乗り物で、50mも走る前にすぐに返却しました。
小排気量の単車はコツを相当掴まないとウイリー何て出来ないのですが、大排気量は重い車体にも関わらずいとも簡単にウイリーでした。パワーの違いが顕著でした。
ともかく、借りものを壊さないように地上で停めるのが必死だった短距離でした。

大学時代に中型免許を取り、それ以降はそれ以上の免許を必要としていません。
自分が扱うには250㏄辺りが丁度良くて。250㏄でもエンジンの不調で動かなくなると押して歩くだけで相当な労力が必要ですし、大きいほど取り回しが面倒で。(現在所有するForza siも200㎏の車体は駐車スペースから移動するだけで相当重たい)
100㏄のVespaは年中故障していたものの、車体が軽かったので自宅まで押して帰った事もしばしば。
125㏄のPCXがバッテリー上がりしてしまった際は、近くのガソリンスタンドまでひたすら上り坂で、恐ろしく汗をかいた思い出も。
と、故障したような場面ばかりの話ですが、他にも経験はあります。

単車の事故現場に幾度も遭遇していて。
支笏湖方面の急カーブで転倒したVMaxとか、駿河台下のカーブで転倒したトレールとか、首都高上野線のカーブで転倒した大型のスポーツモデルとか他にも色々。
ほとんどはカーブを曲がり切れない事故でした。だいたいは想定外の抜けにくいカーブでバランスを崩すパターンです。
逆に言うと、走り慣れた見通しの良い直線であれば貰い事故でない限りは事故の確率は低く。それで事故るのは相当無謀な運転で。貰い事故だけは運の悪さで単車は簡単に死ねます。
そんな事故に遭遇する度に自制心とかが鍛えられるワケで。これは安全運転の基本かと。
カーブを高速で抜ける緊張感が面白いのも分かりますが、走り慣れた道であっても路面が昨日と同じコンディションの保証など何処にも無く。ダンプカーが砂を落としているかも知れないし、舗装がえぐれているかも知れないし。
公道はサーキットでは無いのですから。

結局のところ、経験値を積まないと単車の恐ろしさはよく分からないかと。身内が単車の事故で身体を壊したような経験でもなければ、気付かないままかと。
単車の免許を取得するには、最初から事故現場の映像でも見せてあげた方が本人の為になるくらいに思っています。
だって、簡単に死ねるのですから。

過去に楽しんでいたスキーが良い経験かも知れません。倒れるにしても山側に倒れるか谷側に倒れるかで復活度が大きく異なり。
フェールセーフ理論の基本というか。失敗が前提としたら、安全側を取る考え方です。
スキーでスピードを出すだけならひたすら直滑降だと思います。しかし、真っ直ぐなだけのゲレンデなど無いですし、それを斜面の状況によってコントロールするなら制動も必要で。それを臨機応変にこなすのが技量かと。
危ないかも?と思えたら何時でも止まれる体制が重要で。
この「危ないかも?」の感覚がズレていると事故に直結なのかなぁと。

今回の奈良の事故、まだ分からないバックグラウンドも多いのですが、若気の至りな要素はあると思いますし、自分が当初からずっと模範的なライダーだったとは思っておらず、全面的な否定が出来ないんです。(誰しも赤信号に近い黄信号で交差点に入ってしまったことや、一時停止を忘れてしまう場面はあると思いますし)
一部の暴走族のような周りに迷惑をかける前提での走行は、この時代にほとんど遭遇する機会も無く。(昔は確かに見掛けましたが、あれだけはカッコイイとも思えず真似するつもりも無く)
ちょっと調子に乗るくらいの出来事は単車に限らず誰でもあるかと思うんです。特に限界を知らない若さなら。(しかし、公道で三人乗りで信号無視して、とんでもない速度というのは弁解の余地無く、暴走族と変わらないのかも知れません。その辺が今日の時点で分からず)
痛い思いを幾度も経験して、包容力のある大人になれるのって、説得力もあるかと。自分は痛い思いを少しずつ経験していて。
「お前も同じドジ踏んだのか?」って、妙な親近感もあり。

単車の魅力を知るなら、ちょっとした故障ぐらい自分で治せる技量も必要かと思っています。
洗車だけでも良いと思うんです。好きで入手した単車、ちゃんと洗うだけでまた美しく、惚れ直せて。
高校時代に初めて入手したAR50は安い中古で、過去にはシリンダーの焼き付きも疑われて、タンク周りの錆もジワジワ進行していて。せめて見た目だけでもみすぼらしくないように洗車や補修を心掛けていました。(構造が単純だったので、マフラーというかチャンバーの詰まりに気付いたら、かなり復活したり)
愛着があったのなら、無茶な運転など出来ないのになぁとも。

最後に、
単車でタンデム(二人乗り)はかなり面倒です。曲がらない止まらないと、単車のメリット半減で。そして、運転手の疲労は三倍以上な感覚です。ともかく疲れるので長距離など避けたく。なので三人乗りなど物理的にも論外で、デパート屋上の遊具の様な性能でも無ければ曲芸の要素。
JICAの技術支援でアフリカ(カメルーン)へ伺った際は、タクシーと呼ばれる乗り物の多くが単車で、三人乗りは当たり前でした。時として四人乗りも。
国道らしき道は舗装されていたものの、そこら中に陥没があり、その穴を単車が通過すると車体ごと前転した同乗者が特に吹っ飛ばされるらしく。
JICAで活躍されていた利他的な若者、他に安い移動手段が無く単車のタクシーを常用していたそうです。
自分が訪れた前年にそれで他界していたそうです。悲しいことに、それがニュースにもなっておらず。

追記:
既に無駄にダラダラ綴ってしまった上での追記で恐縮です。
事故翌日の時点でまとめサイトが立ち上がっていました。真偽のほどは分かりませんが、世論のバッシングは避けられない状況だった様子です。
弁解も擁護も出来ないというか。写真を見る限り、単車も人も何処にでも居そうなタイプで、かつての暴走族的な雰囲気ではありませんでした。
映画「さらば青春の光」に近い破滅型だったのかなぁ。

自分の高校大学時代は単車の仲間にも恵まれていた感です。暴走行為をするような仲間など居ませんでしたし、安心して単車を貸し借り出来る間柄でした。
偶然なのか皆孤独を愛すような部分があって、一緒にツーリングみたいな場面はほとんど無く。思い返すと片岡義男の作品に登場しそうな孤独感が皆漂っていて。
社会人になって数年後、会社の同僚達とオフロードの単車で山道を一緒に走ったのが、唯一のツーリング仲間だったかも知れません。
ともかく、類友みたいなのはありそうで、自分の周りでは単車で大事故を起こしたような奴は誰もおりません。(上記のオフロード仲間の一人が林道でコケて入院した程度)

単車が危ないという一面は実際あると思いますが、単車が勝手に走るワケではなく運転手あっての話です。
合衆国の銃規制も似ているのかなぁと思えたり。銃が勝手に発射するワケではなく撃つ人があっての話で。
扱う側が危険な人であれば、調理器具さえ凶器になってしまうかと。
ほとんどのまともなライダーは「一緒にしないでくれ」と思えてしまう今回の事故だったかと。