8/6今日は何の日

今朝は早めに起きてしまい、テレビのニュースを見ていると「広島平和記念日」とのこと。
広島に原爆が落とされた日。

そこで、以前から気になっていたことを少し検索してみました。
原子力関連の研究の歴史です。
単純な研究の歴史ならすぐに調べがつくのですけれど、自分の知りたいのは「その危険性がどの時点から分かり始めたのか」でした。
これが、Web上で手短にまとまった資料が少なく。

素人向けにある程度まとまった記事は以下でした。
キュリーとベクレル、その呪われし運命 ご存知ですか、「原子力」の原点 すべてはここから始まった」という記事です。
発見者や著名な研究者はその方面の単位に名を残していたりします。当初は自然発光する謎の物質だとか、好奇心で研究が始まったらしく。
実質的には発見当初から「被曝」の歴史が始まっていて、被曝した研究者は身体に被害を受けながらも原因がソレとは認めたくなかったようです。
危険性は途中から認識されるようにはなったそうですけれど、上記の記事でもあまり詳しくは綴られておらず。やはり、専門書を入手しないと駄目なのかな。

原爆の実験中に発生した事故で「デーモン・コア」というキーワードがあります。「安全性を度外視した危険な実験や不注意な取り扱いのために1945年と1946年にそれぞれ臨界状態に達してしまう事故」という内容です。
動画ではこんな感じでした。動画を見る限り、危ないモノを扱っている感は十分漂ってはいるのですけれど。

自分は過去の仕事で様々な分析装置を扱っていて、中には放射線を発生するモノも含まれそうでした。
これを扱うには放射線取扱主任という資格が必要で、結局資格は取らなかったです。どうして取らなかったかというと、当時の自分はまだ三十代で将来は結婚して子供を作る可能性がまだあったからでした。(ちょっと話が飛んでしまう理由ですけれど)
資格を取るための勉強まではしたのですが、勉強の途中で当時在職していた職場では扱い切れないシロモノに思えてしまい。
小さな会社には技術者が数名居て、そのトップは大手メーカーを定年退職した技術士の方でした。頭は良いし経験値も高く行動力のあるお爺さんだったのですが、そそっかしく、物をよく壊してしまい。
好奇心旺盛な故だったのですが、物を分解して壊してしまうとか、そんな場面が多く。駄目だと言っているのに。
放射線を扱う製品でそれをやられたら、たまったものではありません。線源の中には気体のモノもあるでしょうし、そんなのを分解されたら恐ろしく。
近くに居る人は「内部被ばく」してしまうだろうなぁと。「内部被ばく」という言葉は当時まだ専門用語だったと思いますが、311に伴う原発事故で一般人でも知る結果になっていて。(日航機墜落事故で知れ渡った「金属疲労」等、事故で有名になる専門用語って色々ありますよネ)
被曝の影響が本人だけならまだしも、顕著な症状が次の世代に現れるパターンが怖かったです。(放射線以外でも枯葉剤のような化学物質も同様のリスクがありますが)
と、話が逸れました。

その資格の講習会みたいなのにも当時(約15年前)参加したのですが、原発関連の仕事に就いている方も中には居た様子でした。
その方々がお昼休みにしていた会話が印象深く。
「(原発)施設に隣接する海で釣りをするのが楽しみ。伊勢海老がよく釣れるんだよ。これが美味しくて」。そんな会話でした。
廃熱で暖まった海水を海老は好んでいるのかなぁとか勝手に想像したりでした。
事故さえ起きなければ呑気な職場だったんだろうなぁと思えたり。
あの技術屋さん達は、今どうしているのだか。

最初のリンク先の記事の最後のページで同感な文章がありました。
「原発は、危険だと言う人が扱ってこそ、辛うじて安全なものができる。安全だと言う人が扱えば、こんな危険なものはない」。
まさしく、この通りだと思っています。

化石燃料を燃やす発電より、コスト面では恐らく有利なのが原発なのかと思います。
その点ではメリットあるとは思うのですが、建設~運用~廃炉までが全て予定通りの範囲で片付けばという条件下かと。
事故を起こして手に負えない状況下での廃炉は、恐るべき費用と時間が必要そうで。
戦争にならなければ使われない原爆よりも、想定外の事故と隣り合わせの中で運用されている原発の方が恐ろしいのではと思っていたりです。

下駄の使い道

二日前(金曜日)に某所にてキャンディさんが「使い古しの下駄が欲しい」との書込み。
鼻緒が切れていても構わない程、年季の入った下駄を希望している様子。
だったら丁度良いのがあるなぁで、帰宅後に地元のセピア(喫茶店)さんへお届けに。

キャンディさんはセピアさんで過ごす週末が多く、一週間後くらいには来店予定との店主さんのお話。
しかし、使用目的は誰も知らず、店主さんとも「何に使うんでしょうねぇ」な会話になったり。
不思議ながら、ちょっと面白そうでした。下町の運動会の買い物競争みたいで。

自分の所有していた下駄は十五年程前に浅草の専門店で購入した品でした。
悪いモノでは無かったのですけれど、如何せん長く履いてきたのでかなりボロが入っていました。
神田明神下界隈で暮らしていた当時、地元でも下駄を履く人は少なく、当初は珍しがられていました。
個人的には70年代の中村雅俊気取りで、男坂をこの下駄で歩くのが好きでした。

キャンディさんは何時頃あの下駄を使うんだろう?と思っていたら、翌日(土曜日)の午後に店主さんからメッセージが。
何でも、もんぺ姿のキャンディーさんがその衣装用に下駄を合わせたそうです。
残念ながら、そのメッセージに気付くのが遅くて拝見出来なかったのですが、本日某所にて写真がアップされていたので、以下に引用しておきます。


ブルーライト対策

街の灯りが とてもきれいね ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ。
という歌詞の唄が昔流行っていて、自分も何となく覚えています。
いしだあゆみさんが歌っていたのですネ。自分の世代ですと、北の国からのお母さん。
そんな話題では無くて、ブルーライトについてです。

ここのところ視力の低下が激しく、どうにもスマホの使い過ぎかと思われて。
何かの拍子にスマホを使えないタイミングがあると、それほど視力が低下していませんし、朝起きた直後も同様で。
加齢による部分も多々あるかと思っていたのですが、昨日読んだニュース記事では若年層でも視力の低下が顕著らしく。

対策は色々とあるようですが、どれも現実的ではなく。
その対策に使えそうなサイトを幾つか見て面白かったのが、某製薬会社。他のサイトでは無かったサプリを推奨していました。ちゃっかり商売上手というか。
問題に対しての対処法は色々とあると思うのですが、問題の根源を減らすのがベターかと思っています。影響が出てからの結果に対する対策というのは何かと無理がありそうで。
例えば、お酒の飲み過ぎで色々と不調になったとして、サプリで対策よりはお酒の量そのものを減らすのが当然だと思います。

ブルーライトを減らすには、ブルーライト対策された眼鏡を使うという手法もあるようで、デスクワークの長い仕事の際には自分も使っていました。これは結果的にナカナカ効果があった感でした。
ただ、デスクワークという限られた環境では眼鏡もかけやすく。元々眼鏡を使用していなかった自分にとって、眼鏡は邪魔ものでしかなく。
また、モニターから目を離すのも有効だそうです。ブルーライトの成分に限らず、エネルギーというものは距離の二乗か三乗で強かったりします。
デスクトップのモニターでしたらそれなりに距離を離せそうですが、スマホは近くなりがちです。まして、電車とかの移動中では対策眼鏡を使うのも面倒で。

こうなると、スマホの使用時間を減らすしか無さそうです。
これはかなりの難儀です。

スマホ暦は既に十年以上です。iPhoneの登場前から使っていましたが、当時に比べて相当便利で高機能になっています。
知りたい情報が即座に何処でも知れる恩恵は大きいです。特に無駄な閃きの多めな自分は。
とりあえず、部屋に居る時はスマホでなく、PCをなるべく使うようにしようと思っています。
しばらく前から意識していますが、これだけでもけっこう違いが出てきまして。

と、寝室のデスクトップPCで綴り終えたので、これから布団に入る予定ですが、枕元には相変わらず充電中のスマホが待機していまして。
これを何とかする方が重要なんだろうなぁ。

西日本の水害

テレビの映像を観ていると、一昨日の時点では川から溢れた茶色い水が地域全体を覆う場面や、救助の場面が目立った感です。
昨日の時点では、水が引いた後の泥が覆った道路や橋に絡んだ流木や漂流物の場面が目立った感です。
今朝の時点では、道路の泥も橋の周りも片付けられた場面が光っていました。

地域住民の利他的な行動がなせる業だと思うんです。家の中なんて、もっと滅茶苦茶だろうに。
こういった行動が日本らしいなぁと。

昨日のテレビの現地インタビューでは、代々その土地に暮らす方の言葉がありました。
ご先祖からは130年くらい前に大きな水害があったと聴いていた、と。

自分の暮らす地域は半世紀以上前の台風で川の水が流れ込んでいます。
護岸工事等のライフラインの整備は進んでいるのですが、いつかまたやられてしまうのは地域住民も覚悟あるだろうと。
自分の暮らすマンション、流されてしまうことは無いと思いますが、一階のこの部屋は水没の危険が十分にありそうです。
とりあえず、持ち出しリストだけでも作っておかねば。子供の頃から集めてきた写真とか、デジタルカメラに移行後の画像データは残さねば。
ドラマ「岸辺のアルバム」でもそんな場面があって、誰の役にも立たない自分の記録みたいなの、不思議な存在です。

三年前の引越し直後にたまたまやってきた台風は数十年に一度のレベルで、このタイミングの良さだか悪さだかに笑えてしまったり。

普段はこんな感じです。


数十年に一度の

今年の梅雨明けは早かったなぁと思っていたところ、数日前から西日本方面で猛烈な雨。
ニュースや天気予報では「数十年に一度の大雨」で警戒が必要と。
実際、酷い被害になってしまい。

以前ですとテレビやラジオのニュースが一番速い情報源でしたが、ここ数年はTwitterで確認することが多いです。
ニュースメディアを通過しない現地の生の声。これが地方のナマリも含まれていたりでリアル。
それに画像や動画まで含まれていたりで。
スマホの普及が影響しているお陰もあるのでしょうけれど、二十年前では考えられませんでした。
当時のビデオカメラは十万円以上しましたし、自分の所有していたデジタルカメラは35万画素程度。
それが、こんな薄いスマホ一台に収まってしまうのですから。

話が飛んでしまいました。
表題の「数十年に一度」の件です。この言葉、ちと違和感あって。
全く同じ地域では無いのでしょうけれど、九州方面はここ数年毎年のように大雨の被害が続いているのに。
比較級の表現として通用しないのではないかなぁと思っています。
「昨年以上の」とかの方がまだ相応しい感じです。

自分は東京で暮らし始めて既に三十年以上。
北海道の実家からは「東京はいつか大きな地震や災害が来るのだから安全な北海道に戻りなさい」的な言葉を頂いていました。
たまたまなのでしょうけれど、この三十年に限って東京は大きな災害に見舞われていません。
逆に地震の無さをアピールしていた熊本とかの方が大きな地震に見舞われていて。関西も東北も北海道も大きなのにやられています。
勿論、いつかは東京にも大きなのが訪れるのでしょうけれど、日本に居る限り何処に住んでいても一緒なのかな?と思っています。
ただ、水害については九州方面がここ数年厳しい感じでもあります。

数日前に江戸時代の火災についての番組が放映されていました。
大きな火災が頻繁にあったらしく、消火設備など発達していない時代なので延焼を防ぐために火消が建物を破壊したと。
建物は破壊しやすいように薄い板の壁に細い柱。そして庶民の家は小さく。非難時に持ち出せる家財道具も僅かで、床下に保管スペースとか。
海外から訪れた人は、大火後の着の身着のままの人々が興味深く映ったそうです。ちっとも落ち込んでいなかったそうで。
「火事と喧嘩は江戸の華」はどうやら本当だったらしく、災難さえも何かのイベントの如く楽しんでいた様子でもあるようで。
ある面、地震大国の日本の自然に則った生き方なのかなぁと。
復旧も早かったそうです。助け合ってあっという間に町が再生されたり。
また、都市計画も徐々に生まれて火除地が江戸には点在した様子で。そういえば、秋葉原も元々は火除地だったよなぁと。

人が集まり過ぎた東京、隙間という隙間に建物が建ち、それでも足りずにノッポなビルだらけ。
大きな地震でもやってきたら、相当危なそうです。
上水も下水も電気もガスも止まってしまったら、上層階での生活は相当困難かと思います。
当時の江戸の考え方とは正反対で。

と、この文章をだらだら綴っている途中でスマホに速報が。
高知県、愛媛県に大雨特別警報だそうです。本文を読んでみると「これまでに経験したことのないような大雨」という表現。
こっちの方が相応しいな。

にわかファン

今回のサッカーワールドカップで日本は頑張ったと思いますし、ニュース記事でも連日話題になっています。
残念ながら決勝トーナメントの一戦目で敗れて帰国した日本のメンバー、成田空港では大歓声だった様です。
同時に西野監督の退任が決まったようなニュースも。

数週間前に急遽監督になった西野さん、十分な結果を残したのに何故退任なのかなぁと。
自分は「にわかファン」で、そう思ってしまいました。
ニュース記事のコメント欄を確認すると、自分と似たような質問に近いコメントをされる方も。
それに対する返信は「にわかファン」と馬鹿にするのも目立ったりして。

「にわか」ではないファンの意見としては「西野さんよりも前の監督の時代に下地は出来ていたのだから」とのこと。
まぁそれも一理あるかも知れません。ただ、最終的なゲーム運びを決めたのは西野さん本人でしょうし、前監督が同じような指示を出せたのかは分かりません。
前監督が続けていたなら、決勝トーナメントも勝ててベスト8に入れたのかも知れませんが、逆に予選リーグの突破も無かったのかもしれません。
どっちに転んだかは誰にも分からないかと。

また、経験豊富な選手を起用してくれたのは、新しい選手を全然知らない自分にとっては助かったというか。
これも「にわか」ではないファンからしたら「何故そんなオジサンを起用するのか?」だったみたいで。
単なるアンチではないか。

個人的には「にわかファン」でも良いと思うんです。
誰でも最初は「にわか」でしょうし、楽しむ人を嘲笑う火消のような存在は何だかなぁと。
今回の大きなイベント、皆で楽しめたのは意味があったと思います。まして、あれだけ酷かった下馬評に対しての良い結果でしたし。
同じ話題で老若男女が楽しめる機会って、昔ほど多くない感で。