慣れれば何とかなるのかな

今週から新しい職場でした。
ダムや河川に設置する測定器を扱う仕事で、これまでの経験を活かせそうでした。
細かい事は抜きに、色々と勉強になった一週間でした。
一昨日と昨日は中部方面の山奥のダムへ測定器の動作確認等で伺いました。自分は同行する立場で、補佐的な役割。
東京を17時の出発でダムに最寄りのホテルに到着したのは22時過ぎ。二時間単位で運転は交代していました。久し振りの車の運転でしたが、車はしっかりしていたので余計な疲れは少なかったです。
ダムに最寄りのホテルといっても、ダムまでは40㎞はあった様子です。

翌朝に現地へ。作業場所はダムの底辺りです。車から荷物を作業場所まで運ぶのですが、そこまでの高低差はかなりありました。十階建てのビルくらいでしょうか。
作業の途中で一度車のある場所まで登ってみたところ、何も荷物を持っていなくてもかなりキツかったです。

25年ほど前に勤めていた先が50階建てのビルで、自分の職場は11階にありました。試しにそこまで階段で登ったさいは、当時まだ二十代の自分でもけっこうシンドく。
似たような時期にオフロードの単車でのツーリングついでに雲取山にも徒歩で登っていますが、やはりかなり辛かったです。
この登山の際には大きなリュックを背負った老人集団にも会っていました。慣れていればあの歳でも登れるんだなぁと。

登山も高低差の激しい階段を上るのも、慣れや訓練の差が大きいんだろうとは思います。普段の休日は少しでも鍛えておいた方が良いのかなぁと。
今回の作業場所では計三回の上り下りを経験しましたが、やはり最後に荷物を持っての上りが一番キツかったです。けっこう冷えた山の中で汗だくだくだく、息も切れていました。

仕事内容の技術面については過去の経験が活かせそうですので、何とかなりそうです。
それよりも、肉体面が早く対応できるか心配であったり。
あとは、作業場所周辺にトイレが無く。その辺を意識して前日から食事や水分は少なめに頂いていて。お腹の調子も悪くなかったので、この四時間はトイレに行かずに済みました。
どちらかというと、自分はお腹は弱い方ですので、その辺も鍛えておく必要がありそうです。
慣れれば何とかなるのかな?

WordPressのバージョンアップ

このBlogで使用しているWordpressというソフトがバージョンアップしました。
閲覧される方には違いがそれ程無さそうですが、文章を入力する画面がかなり変わりました。
どんな表示になるのかな?

試しに古い画像も入れてみます。

プレーンテキストで入れてみたいのですが、勝手に装飾というが段落がが入る様です。

改行は極力するな!という事なのでしょうか。

入力モードをコードエディタに変更したら、余計なコードが入っているのが確認できました。
コードエディタ―上で改行したら、改行されないのかな?
よく分らん。

仕事の準備

明日から新しい仕事に就く予定です。技術系の仕事ですが出張が多いらしく、旅行用のアラーム時計を入手したところでした。Amazonで昨晩注文して今朝届いた次第です。
詳しい内容については、追って機会があれば綴りたいところですが、内容的には面白そうではあります。

過去の仕事での出張時はスマホや腕時計を目覚ましに使っていたのですけれど、場合によっては携帯の電波が数日間届かないような地域の出張もあるそうです。
更に、充電も厳しそうな環境もあり得そうなので、小型の目覚まし専用機を入手した次第でした。
出来ればソーラー充電が出来るタイプにしたかったのですが、SEIKOのこの機種が定番の様子で二千円未満でしたのでコレにした次第です。
0.1度単位の温度計まで付いている点はありがたいです。

プライベートで使用しているスマホのSIMがソフトバンク系です。これも出張先によっては厳しいかも知れません。山奥とかですと、ドコモ系がやはり強そうで。
これについても追って考える必要がありそうです。

ともかく、今宵は早く寝ねば。

中国の進化

中国の進化が凄いらしく。EV自動車の開発を手掛けている知人が中国の展示会にここ数年毎年伺っているそうなのですが、地域によっては既に日本のインフラより進化しているそうです。
例えるなら、大正と昭和を飛び越して明治から平成になったような流れの様で。
キャッシュレスは既に数年前から当たり前だったそうです。それもクレジット会社という手段を使っていないそうで。イメージが良くわかないのですが、スマホをかざすだけで売買が成立するそうで。
銀行から自動で引き落とされるのとも異なるような話だったような。チャージされたSUICAで何ても買えるようなイメージだったような。日本でもその手のサービスはありますが、まだまだ現金の扱いが主流です。
あと、EV自動車の普及率も凄いそうです。安全性や耐久性には疑問が残るものの、リスクあっても政府主導で推し進めているそうで。

アフリカへ出張した六年前に運転手をしていた現地の方に聴いたところ、日本車はエクセレントだとの最上級の誉め言葉でした。ともかく故障知らずで古い車でも頑丈だとのこと。修理代も安く。
対して、中国車は価格以外の部分でゴミ扱いの評価でした。まぁ六年前の話で、現在がどうなのか知りません。
しかし、ガソリンエンジンといった機構的に複雑な工業製品は長い時間を掛けて信頼性が上がるものなのかなぁと思っています。日本の自動車メーカーにしても当初は故障との戦いだったハズで。
これが、ひょっとしたらEVで一気に巻き返されるのかも知れず。
たぶん、その辺の事情を知らない人は中国の自動車何てB級どころかC級品と思われているかと。しかし、中国にとっての海外メーカーは中国生産で製造ノウハウは既に十分掴んでいてもおかしくなく。
スマートホンといった電子機器も同じ流れで、既に品質も十分で、それでいて安く。
これでブランド力まで身に付けたら凄いことになるんだろうなぁと。

日本の場合は新しい乗り物が生まれたにしても、現行の法律で公道では走れない乗り物も実際多く。セグウェイ辺りが良い例かと思います。
セグウェイが公道走行を許されたら、世の中色々と便利になると思っているのですが。安全面で心配が残るのも確かですけれど、どうにも勿体ない法律の壁を感じてしまいます。
実際、リスクを取って法的に許されるようになっても、事故が起こったら「それみたことか」な風潮はあるのかなぁと。
しかし、その辺はある程度柔軟に対応していかないと、日本の環境や技術は周回遅れにもなりかねないかなぁと思うこの頃でもあります。

日本に限らずですが、同業種で既に巨大な会社が幾つかあると、画期的な商品をぶら下げた新会社が叩かれたりします。映画「タッカー」なんかもビッグスリーから徹底的に嫌がらせを受けたり。理工系の人材は観ておくべき素敵な映画なのですが。(映画の概要だけでも読んでおいて損は無いです)
この作品も久し振りに観てみたくなり検索したところ、日本では何故かDVD化されておらず。ここまで圧力が?とは思っていませんけれど、勿体ないなぁと。
自分がこの作品を観れたのも、偶然でした。学生時代に講義で使われたらしいVHSテープが夕刻の教室にポツンと置き忘れられていて、気になっていた作品だったのでその晩だけお借りしました。
本来は直ぐに学生課にでも届けるべきだったんですけれど、観れたお陰で技術屋の面白さに開眼した部分がありました。(勿論ちゃんと返却しています)
「中国の進化」というタイトルに対して妙な終わり方の記事ですけれど、最終的にヘリコプターのエンジンを載せて完成したタッカーも、それまでの仕来りに囚われない凄さがあったなぁと。

Bohemian Rhapsody (2)

Bohemian Rhapsodyの続きな記事になります。
昨日のこと、映画館でやっとこさBohemian Rhapsodyを観てきました。
期待値が高過ぎたり、映画のCMの盛り上げ方が上手かったりで、感想としてはちと微妙な点もありました。実際、エッセンスを凝縮した短いCMの方が本作より良いってのも多いと思うんです。
しかし、映画館の大スクリーンで観るには良い作品だったとも思います。

代表曲が誕生したキッカケな場面とか、メンバーが出逢った場面とか、仲間割れしてしまった場面とか、色々と発見もありました。
しかし、Queenのアルバムを一枚も持っていない初心者には「どうして?」と思える場面も幾つかあったかあなぁと。
例えば、映画「That’s The Way Of The World」を観る前にはEW&Fのアルバムを数枚聴いていたからこそ当時の映像が意味あったり。まぁこの作品は実際のメンバーが出演しているのですが。
しかし、映画「Bohemian Rhapsody」に登場するメンバーは実物に限りなく近くもありました。

あと、大人向けの作品だったとも思います。特にゲイなフレディのキスシーンとか。
映画「Saturday Night Fever」は自分も大好きな作品なのですけれど、これも家族で観るべき作品では無さそうで。車の中で女性を無理矢理レイプする場面とか、あれは無くても良かったかなぁと。
大学時代の音楽仲間から聴いたのですが、高校の学園祭で「ミスター・ブー」という香港映画を上映したそうなんです。ギャグ映画なのですけれど、ベッドシーンな場面もあってそのタイミングでは会場であった体育館がざわめいたそうです。映画を選んだ先生は翌年異動になったそうで。
自分だってアダルトビデオは観ますが、過激なラブシーンが含まれている作品は一緒に観る人を選ぶかなぁと思っていて。
ただ、男女のキスシーン程度であれば問題ないとも思っていて。
それを考えるとバイセクシャルとかゲイとかレズとかに対して、自分はまだ偏見が残っているのかなぁとも。
何事にも偏見はなるべく持たないように思ってはいるのですけれど。

ただ、まさかQueenが主役になる映画が登場するとは思っていなかったんです。
Beatlesだって、伝記的な作品は無くて。(自分が知らないだけかも)
自分がBeatlesに開眼したのは小学校低学年の頃でした。ともかく分かりやすいメロディーで。
Queenはどうかというと、小学校高学年の頃にリアルタイムで新作を聴いていたものの、斬新過ぎて。(兄が聴いていたので)
しかし、テレビやラジオでQueenの曲が流れる場面は増える一方で、既にRockのスタンダードナンバーともなっている感です。

あと、個人的に期待していた場面についてです。
七十年代から言われていた日本公演の場面とか、もう少し分かりやすく登場させてほしかったなぁと。全く言語圏も違う国で大歓迎を受けたとか。「手を取り合って」を日本語で歌う場面でも良かったんです。
これは日本だけの都市伝説だったとは思えず。
あと、「ノー・シンセサイザー!」に拘った場面も欲しかったです。フレディはずっとピアノの音に拘っていて、シンセサイザーライクな音はブライアン・メイに任せていて。
既にずっと前にフレディが他界していたせいか、フレディのワガママな部分が目立っていて。QueenがQueenらしかったのはフレディが拘っていたシンセサイザーを使わなかった背景もあったかと思うんです。
死人に口なしとでもいうか。ギターのブライアン・メイが知性も言葉少な気な気の利いたセリフが光っていて。ちとズルいなぁとも。
生き残っている残りのメンバーだって、汚い部分はあったハズで。
お互い様だろってのはあってもよかったのかなぁとも。

しかし、洋楽が好きなら観といて損は無い作品だと思えました。(最後にフォロー)

国際人の前に文化人

ニュース記事の一覧を斜め読みしていたところ、オーストラリアでの人種差別の記事が。
家を買ったり部屋を借りたりする際にアジア人は差別を受けやすいとの内容でした。
多かれ少なかれ、どの国でもあることでしょうし、日本でも全くないワケではありません。
自分も似たような経験はしていますし。

ただ、日本人はアジア人の中でも別格だったとも思っています。
特に二十年近く前にヨーロッパで三ヵ月滞在した際には、日本人だから助かったような部分もあって。
右寄りのネット民は日本の美談を語りがちなのですけれど、実体験でもそんなことが実際にありました。

まず、ヨーロッパでは日本の工業製品が溢れていますし、テレビCMも実際に多く。
日本では中型以上のバイクのCMが基本的に流せられない様ですが、現地では日本製のバイクのCMもけっこう多かったです。(文化の違いとか国のルールの違いをかなり感じた一面でもありました)
それも、精密で信頼性の高い製品を前面に押し出したCMでした。日本の場合は70年代くらいに大き目なバイクの事故が多発したらしく、CMについても自主規制のようなものが未だ続いている様子です。
あと、偶然だったのかも知れませんが、日本の文化的なテレビ番組も多く。盆栽の手入れの仕方とか大相撲のダイジェストなんてのも放映されていて。(自分の訪れた2000年は日蘭交流400周年だったので、これはたまたまだったのかも知れません)
しかし、盆栽を扱うお店は街の中心街にもあったり、日本以上に日本らしいなぁとか思えたりな場面でもありました。
あと、日本のアニメ番組も多かったです。ポケモンなんて日本でちゃんと観たこと無くて、初めてちゃんと観たのがオランダででした。

ともかく、日本に対しての敬意みたいなのは少なからずあったのかと思います。工業製品に限らず文化面にしても。
じゃぁ、そういったハードウエアやソフトウエア以外に人種としての日本人はどうだったかというと、現地の皆さんと同等な扱いだった感です。
自分は仕事で行ったので、職場の皆さんは自分が日本人だと最初から疑う余地も無かったですし、親切でフレンドリーな接し方でした。
職場の皆さんは似たような世代の方々が多かったですが、基本的に冗談が好きでしたし、職場でノリの良い音楽が流れたりすると歌ったり踊ったりが始まって。
自分はこんなノリが元々好きなので、一緒になって馬鹿をやったりで。

ヨーロッパに滞在した拠点はオランダの現地工場近くでした。オランダの中でもかなり田舎な土地で「フランダースの犬」に登場したような風景がそこら中に残っていて。(あの作品はベルギーなのですけれど、自分の滞在先はベルギーアで僅かな距離で、文化的には近いものがあったようです)
定宿にしていた場所は当時自分がお世話になっていた会社の社長の親族(社長の弟さん)が営むペンションでした。ソコソコな広さで、なかなか快適な部屋でした。
そのペンションの敷地にはちょっとしたレストランもあったり、そのレストランにはグランドピアノが置いてあったり。

滞在初日にペンションのオーナーと挨拶した際が、そのレストランでした。何よりも最初に目に飛び込んだのがピアノ。
何処のメーカーのピアノかな?と覗き込んだところ、YAMAHAでした。
触れてみて良いですか?と聞いてみたところ、勿論ですと。
人差し指一本だけでCのキーを押さえてみると、一音だけでも素敵な響き。お気に入りの短いフレーズを弾いてみても素敵な響き。各鍵盤のタッチも音も完璧です。調律はちゃんとされていました。
そこでショパンの代表的な曲を弾いてみたところ、四小節目辺りでミスタッチ。そのまま終了。
しかし、レストランに居たウエートレスさんが残りのフレーズをハミングしてくれて。

これが、何だか感動だったんです。
お互い知っていた「別れの曲」でした。「指が忘れてしまいました。ごめんなさい」と簡単な英語でお返し。
たどたどしい片言英語しか使えなかった初日の自分でしたが、音楽というものは、それ以上の何かがあるんだなぁと。
ペンションのオーナーは地域で古くから伝わる音楽の継承者でもあったらしく、それから意気投合する場面も幾度か。
帰国直前には、自分もちゃんと弾けるようになっていて、お世話になった恩返しもやっと出来たかと。
地域の文化的な場所をプライベートで沢山体験させて頂けたりだったもので。
馬に触れさせてもらったり、名所に連れて行って貰ったり、街の中心部の古い教会でパイプオルガンを弾かせてもらったり。こんな経験をさせてもらうなんて想像していませんでした。
お別れの際は、電話越しに涙ポロポロでした。

後から考えると、ピアノを弾けた縁もあったと思うんです。
人種がどうであれ、何らかの文化的な素養があれば、受け入れてくれる部分があったと思えて。
ヨーロッパでは何処の家でもピアノが置いてある。なんてワケでも無く。

自分の育った環境は裕福な家では無かったのですが、子供にピアノを習わせるのが母の夢だったそうです。(数日前に放映された「遥かなる山の呼び声」というドラマでも、裕福でもない家庭で子供がピアノを練習していて)
自分の三人兄弟は小学校の卒業式でピアノの伴奏をそれぞれしてきました。しかし、音楽のプロになったのは誰も居ません。
だいたい、母は習わしておきながらもその道に進めさせるのは否定的で。
安定した職業を望んでいた様子でした。少なくとも自分より二人の兄は音楽の素質もあり、その可能性は十分にあったのに。
何事にも一番出来の悪かった自分は、妙な場面で恩恵を頂いていた感でした。

話が戻るのですが、人種云々の差別があったとしても文化的な経験はそれらを覆す力があるのかと思っています。
「エレファント・マン」という見た目の障害を持った主人公の映画でも、主人公が人知れず聖書を唱える場面で流れが変わりました。(それまでは単なる見世物で、まさか教養があるとは思われていなかった)
高校生時代にショパンのノクターンを聴いてみたいと思っても自宅にはレコードが無く、FM放送で録音した演奏が衝撃的でもありました。

それは自分にとって理想の演奏でした。さりげない完璧な演奏の中に感情も僅かに伺えて。ノクターンらしいノクターンでした。
演奏されていたのはダン・タイ・ソンさん。ベトナムのハノイ出身のピアニストで、1980年にアジア人で初めてショパン国際ピアノコンクールで優勝されていたそうです。
後から知ったうろ覚えですが、ベトナム戦争中は音が漏れないような練習で相当苦労していたとか。(こちらの記事が詳しいです)
そんな酷い環境の中で育った音だなんて、演奏だけでは分からず。

日本人であっても、アジア人の出身地によっては甲乙つけてしまう場面は実際にあります。
ただ、自分の場合はこういった経験があったので、あくまでも本人次第です。
と、道徳的なお説教になってしまいました。

何より、先人が築いた日本の印象に感謝すべきですし、それを台無しにしてしまう様な振る舞いは残念だと思います。
文化面の経験による違いは日常茶飯事で、時として怒られてしまうこともあるのですが、その土地に合っていなかったのなら素直に謝る心構えも大切で。
海外に出る度に、ピアノをちゃんと練習しておくべきだったなぁとか、次回のためにも練習しておかなくちゃとか思いつつ、進歩の足りない自分です。
しかし、この文章を入力しているキーボードの手前には鍵盤楽器も備わっているのですが、かれこれ一ヶ月電源も入れていないなぁ。
ガァ

前田憲男さん

今夜見掛けたニュース記事で、前田憲男さんが他界されたとのこと。
ジャンル問わずの天才ピアニストでした。幸運にも自分は生演奏を経験していました。
(詳しくは過去の投稿によります)

メロディックでドラマティックで軽やかな演奏でした。
楽器をやっている人は、極端に上手い演奏を生で耳にしてしまうと、自分には無理だと思うこともしばしばです。
これはアマチュアでもプロでも同じらしく。
あの三越劇場でも、同じ衝撃が走りました。演奏の上手さと感動と、自分の出来の悪さと。

話が少し飛びます。
その無料で体験出来てしまった三越劇場でしたが、客席は半分くらい埋まっていた状況でした。
ホールは入り口から別次元で、古い扉や椅子等の内装なのですけれど磨かれていて気品に溢れていて。自分達以外のお客さんはほとんどがシルバー世代でフォーマルにキメていて。
多分、劇場の関係者も「音楽好きな若い子達いっぱい連れてらっしゃい!」なノリだったと思うんです。自分達は小汚い服を着たまだ青臭さ残った若造でした。
自分を誘ってくれた軽音関係者も、それぞれ受け持っている楽器の演奏に感動していました。
どうやったら、あんな演奏が出来るんだろう?と。それも軽々と。

更に話が飛びます。
思い出してみると、大学時代まではコンサートに行ける機会がそれなりにありました。
もう三十年近く前の話なので罪は無いと思いますが、ほぼ全てのコンサートは無料でした。
音楽仲間の伝手で突然誘われるパターンで。大体は「席を埋めたいから助けて!」って話で。
バブル時代だったのでロック以上にクラシックのコンサートも人気があったりでしたが、何かの手違いでチケットが大量に余ってしまうパターンもあったようです。
自分は夜間大学に通っていて、ほとんどのコンサートは夕刻に開演だったので、その度に天秤に載せていました。
今夜の講義は外しても大丈夫か等々。特に語学の講義は出席点がモノを言うと兄からも教わっていて。

マーラーの五番の生演奏は一度くらい聴いてみたかったものの、厳しい英語の講師だったので誘いを断っていて。
誘ってくれた友人は出欠だけ済まして教室を上手く抜け出していて。
しかし、その友人が講師からリーディングを指名されてしまい。
代返とは異なる次元、義理と人情で自分が「はい!」と立ち上がり、英文を読み上げることに。
しかし、この後自分がリーディングで指名されたら、誰か代理をしてくれるのかな?
かなりハラハラする残り時間でした。

ともかく、自分は若いうちに東京に出てきて良かったんだと思います。グレーゾーンな中で、持ちつ持たれつ貴重な機会が多くて。
高校時代から「今だったら許される!」と馬鹿な誘い合いばりでしたし、根性試しというか、大学でも延長線で周りを馬鹿に染めてしまった感で。
しかし、あの頃は面白かったなぁ。(じじい口調)

自分が前田さんの生演奏を経験したのは1990年頃だったかと思います。逆算すると当時の前田さんは五十代半ば。
自分も頑張らねばと思いつつ、素敵な演奏に改めて感謝しております。