なんじゃそりゃ

一昨日、某社の二次面接がありました。一時間を予定していた面接、これがちと妙な内容で。
面接は18時からで、技術顧問からは課題が。「数日前にインストールに失敗したソフトをインストールする」とのこと。
海外製のハードウエアに接続する海外製のソフトでした。

まずは普通にインストールをしてみることに。普通と言っても「管理者として実行」にしておきました。
しかし、このPCの動作が重くインストールはなかなか進まず。待ち時間にシステム構成を確認したところ、十年落ちのPCらしく。
退職者が利用していたPCを開発向けに使うつもりだそうなのですが、そもそも十年落ちのPCなどいつ壊れてもおかしくなく。
その途中で、前回と同じエラーが発生しました。英文のエラーメッセージを観ると、文字コードの何等かに問題があるそうで。

少し考えて確認してみたところ、インストーラーの置かれたパス上に日本語が含まれていたので、英語名の短いパスなフォルダを作成してインストーラーをコピー。
しかし、このコピー作業がまた長く。十分以上は掛かりました。それほど巨大なファイルでは無いのに、遅すぎます。
あまりにも遅いので、念のためウイルス駆除ソフトを一時的に停止することに。ところが、この停止にはシステム管理者のパスワードが必要だそう。そしてそのパスワードを誰も知らないそうで。
仕方が無いので、ウイルス駆除ソフト関連と思われるタスクを個別で停止させることに。
しかし、これでも動作速度はほとんど改善せず。

コピーの完了後にもう一度「管理者として実行」でインストール。相変わらず待ち時間は長いものの、先ほどエラーで停止した場面よりは先のウイザードまで進めました。第一関門クリアです。英語のインストーラーが日本語のパスを認識できなかったのがエラーの原因だったようです。
しかし、この時点で既に二時間を超えていました。その後も相当待たされたのですが、結局は別のエラーで停止しました。

仕方が無いので、似たような別のソフトを入れることになりました。これも時間は掛かりましたが、最終的にインストールは上手く行きました。
ここで終わりかと思ったら、今度はハードウエアに接続したいとのこと。既に三時間経過しています。結局はドライバが足りなかったようで、この作業は諦め。

あまりに長い待ち時間、特に面接としての会話も無く、世間話をしたり。
このPCについてはOSをクリーンインストールしてから上記をやり直す次回予定となりました。
技術顧問以外に、技術担当者さんも隣に座っていた作業、担当者さんは如何にも技術者らしい真面目そうな方で言葉使いも優しく。元々は機械屋さんだそうで。
しかし、この三時間半の面接の最中に社長は無言で帰宅、社員は全員残っていて。既に21時を回っているのに。
担当者の方は終電帰りが続いているとの話も。自分より高齢な担当者さん、見た目もお疲れ気味でした。どうにも、相当な残業体質の職場の様です。
顧問の方は65歳くらいで見た目は背広もビシッと決めたジェントルマン。幾つかの会社の顧問を兼任されているとのことですが、話を聴く限り相当広い範囲で高度な専門知識を持っているそうです。財界の有名人ともコネクションが広いとも言っていました。
しかし、何故にそんな偉い方が社員五名のこのベンチャー企業に居るのだか。自宅は遠くだそうで、現在はワンルームを借りて寝袋生活だそうです。
ちょっと怪しいですよね?

その顧問の方はずっとコンサル的な仕事を続けてきたそうで、特に大手企業に所属していた経験はないそうです。
身なりは所持していた鞄も含めて立派でしたが、これが逆にインチキ臭くも観えてしまい。専門用語は幾つも並べてきましたが、実際にそれを触ったことがあるのか疑わしくもあり。
というのも、知っているジャンルが広すぎる割には特に目立つ資格を持っているワケでも無く。
技術屋というより話術屋ではないのかな?

過去にもセキュリティーコンサルな人と関わった事が短期間ありました。
小規模のベンチャーだったのですが、立派な経歴にも観える会長。しかし、このベンチャーは実質的に何も販売実績が無く、様々な富裕層から資金調達するばかり。まだ立ち上げから僅かだったのもありますが。
仕事の進め方も滅茶苦茶で、こちらのペースを乱されがち。途中で気付いたのはIPOで一儲けして組織を売却して逃げる流れでいた。
これはヤバいと直ぐに縁を切りました。だって、まともな製品を開発出来そうも売れそうもないのに、上場したら下っ端の社員を切り捨てて逃げる経営者ですよ。
そのベンチャー、結果的には何処かのベンチャーキャピタルから数億円の資金を調達した直後に潰れたそうです。営業権は傾いていた技術系の会社が掴んだばかりだったそうですが、何か売れそうなモノがそのときに存在したのかは不明です。
二年くらいは続いたベンチャーだったと思われます。当初は専門誌にも地方の新聞記事にも取り上げられたり。
最終的に誰かが大きなババを掴み、その辺の裏事情に気付かなかったエンジニア達は見捨てられた様子です。
その会長は現在でも別ジャンルの活動をしている様子です。経歴を観ると「社員達のクーデターで潰れた」との説明。自己破産したとも。しかし、何処かにお金は残していそうでもあり(あったとしても大した額では無さそうですけれど)。
特に実態の掴み難いITのセキュリティ系ですと、こういったインチキ事業も可能だった様です。既に二十年前の話ですけれど。
運が良ければ結果的に良い製品が出来ていたのかも知れませんが、そんなことは二の次だったと思います。

コンサルを全て否定するワケでは無いのですが、その何割かはジャンルを問わず893な商売なのかなぁと。お金に困っていたり、お金に飢えていたり、相手の弱みにつけこんだり、騙した人を捨てたり。
他にもネズミ講を繰り返す人を観たりしました。人の信頼をお金に変換して全て失う流れ、それでもお金の方が大事な人達。ねずみ講というのも、ある面、素人コンサル集団にも思えて。
犯罪がバレたら当然捕まっても良いのですけれど、上手い事グレーゾーンの範囲でウナギのようにニュルニュル通り抜けている様子で。それをシルバー世代でもやってしまっている人というのは筋金入りかと。

更に話が飛びます。
十数年前の無職期間に自分はオンライントレードに注目していました。
新興市場の中で驚異的な株価の上昇を誇る企業がありました。GIS(電子地図とでもいうのかな?)関連のベンチャー企業IXIでした。
実際に売り上げも伸びており、そこの社長は真面目で紳士的な顔でした。
これは凄いで、自分も一儲けさせてもらいました。存在に気付くのが早かったから。
それまでは現物株しか扱っていなかった自分は信用取引にも手を伸ばし、更に一儲け。
しかし、売り上げの成長も株価の上昇も常識外。ホンマかいな?で。
怖くもあったので、株関連の掲示板は常にチェックしていました。
そして、ある日某巨大掲示板で胡散臭い情報を目にしてしまい。自分、簿記系の知識はほとんど無く、指標になるPERとかの数値を確認するまででした。
なので、その胡散臭い情報の意味合いが最初は素直に呑み込めず。ただ、その情報は「これって循環取引じゃないの?」でした。自分は循環取引という言葉も初耳で。
「ヤバいと思ったら即売却!」が信用取引の鉄則と思っていました。その通りにしました。
信用取引は儲けも大きいものの、損失も莫大なので。常にアンテナ張っておかねば手を出すべきでは無く。そんなのは無職だったから出来たワケで、時間拘束のあるサラリーマンには出来ません。(それでもやってしまう人が居るワケですが)

この件、当初は会社が全面否定していました。しかし、株価は大幅下落し上場廃止。
その後は裁判にもなり、ニュース記事の扱いは循環取引でしかありませんでした。IXIを含む数社が実体の無いソフトウエアを売って買ってを繰り返していたそうです。その数社の中で値段を上げながらグルグル回していたそうで。
見かけ上はその数社とも儲かっています。捜査段階で金庫から押収されたソフトウエア(を納めたCD)は未完成で、何の役にも立たなかったそうです。
もし自分が逃げ遅れていたら、どうなっていたことやら。なので、特に新興市場への投資は止めたというか、株式投資自体を数年止めました。

株式市場というのはゲームや騙し合いの要素がこの通り実際あるかと思います。しかし、ルールに違反していない範囲であれば会社に全く関係ない一投資家として参加出来、お金だけのやり取りでどさくさに紛れて儲けられるタイミングもあったりです(身内も知人も誰も傷付けたり失ったりせずなのが重要で)。
本来の投資というのは、(長い時間掛けてとかで)築いた信頼の上にあると思うのですけれど。実績のほとんど無い新米への投資というのは難しく、結果論になりがちとも。
例え失敗に終わったとしても、そこまでの過程が評価されるべきというのも有とは思ったりです。これこそドラマで。

話が戻ります。
一昨日に面接を受けた会社は既に創業十年だそうで、実態のある製品を幾つも販売しています。その点でインチキ商法では無いです。
しかし、寄生虫のような悪い大人が関わっていないのか心配だったりでした。食い物にされてしまわないのか。
もし、自分に縁があったとしても、そんな過酷な労働時間に耐えられるのか少し自信も無く。それで専門職としての実績が残せたとしても、経営者はそれを理解したり評価したり出来るのかも不安で。
上役にいつもご機嫌取りな太鼓持ちなんて自分はなりたくなく。(それが自分の駄目な点だとも分かっていますが)

上記までは一昨日のことでした。昨日の夕刻に電子メールが届きました。
手応えは感じていたものの、縁は無かったそうです。
まぁ、縁があったら危なかったのかも知れません。こんな心配はかなり久し振りだったので。
働いた分だけ、結果を出せた分だけ、分かりやすく報酬を頂けるのが幸せでもあります。

追記:
綴った内容はオブラードにかなり包んだつもりですが、直近の出来事で生々しく、突然消すかも知れません。

北京鍋その後

入手から数日間使用した北京鍋ですが、お蔵入りとなりそうです。
理由は幾つかあります。
先ず、リビングも寝室も油臭が抜けずに困りました。数日経っても臭いは取れず、部屋中の壁紙を重曹入りの水拭きでやっと収まった次第です。他にもカーテンの洗浄とか。
このまま使い続けたら壁中が油色に染まったかと。換気扇の能力が劣っているのかも知れませんが。
あと、焦げ付かせない為に大胆に油を使用したのですが、三日間そんな料理を続けたらお腹の具合も悪くなり、口内炎も。
自分、身体の拒否反応が分かりやすいタチでして。体調が悪い状況で煙草を吸うとシャックリが出たり、お酒も適量を超えると頭痛が酷かったり。

北京鍋で劇的に料理が美味しくなる事もなく、上記の様な問題以外にも鍋のメンテは面倒だし、デメリットが圧倒的に多いなぁと。
数日前に元の職場の同僚が高血圧で急死したのも何かの前触れかなぁとも思っています。塩分と油の過剰摂取は良いハズ無く。
今週末は物置を整理して鍋を包んで放り込む予定です。
改めて、フッ素加工のフライパンや鍋の便利さに気付いたりでした。
年末ジャンボで当たった三千円で入手した北京鍋だったので、まぁいいっかと。

禁煙すべきか

夕刻に元の職場の同僚から訃報が届きました。
助け合っていた同僚が急死したそうです。
愛煙家で高血圧でもあったそう。
子供さん、まだ小さかったハズで。

残念極まりないです。
自分も禁煙すべきか。

庭周りの木を剪定


庭周りの木を剪定。
先ずはベランダ側から裏庭の木を触り始めたところ、脚立から落下し肋骨を手摺に強打。痛い。
次に歩道側から裏庭の木を触り始めたところ、指をノコギリで刺し出血止まらず。痛い。
ついでに庭の木も剪定。
血は止まったものの、肋骨に響く。
ガァ

北京鍋を入手

シーズニング等を最初から頑張ったものの、これがなかなか手強い存在。
テフロン加工に数十年慣れてしまったせいか、鍋肌に焦げがこびり付くは出来上がったチャーハンは団子になるは。
そして、部屋中が油臭。

シーズニング前、ガステーブルでシーズニングするも鍋全体が焼けず、庭にてバーナーで焼く、焼きそばを作るの順な写真。
最初に作ったチャーハンも鍋肌にこびり付き、次の焼きそばも鍋肌にこびり付きました。

追記:
窓全開で換気扇を強にしても台所以外まで油臭がなかなか消えず。現代風な家で中華鍋を使うのは難しいかなぁと思い始めました。
昔の家ですとトイレ臭とか色々な臭いに囲まれたものです。しかし、高性能な空気清浄機に慣れてしまうと臭いに敏感になり過ぎたようでもあり。
そんなワケで、今日は久し振りにカーテンも洗濯しました。少しは臭いも治まった感ですが、外出先から部屋に戻るとやはり油臭。
リビングには服も沢山置いているので、何らかの対策をしないと凄いことになりかねず。

話が少し飛ぶのですが、以前に伺った葛飾区の洋食屋さん、美味しかったのですけれど店中が油でギトギト。
カウンター席の上には小さな照明が一列に並んでいて、それも油でギトギト以上に油の滴だらけで頭上から降ってきそうな状況でした。
極端な例ですが、油料理を続けて清掃を怠るとこうなるんだなぁと。
直リンクはしませんが、こちらのレビューサイトでその写真が載っています。 https://goo.gl/maps/F3ioR22RCTbs7K8M9

アイデアの盗用

横尾忠則さんが新作の「男はつらいよ」に対して怒っているとのニュース記事をしばらく前に観掛けました。真偽は謎ですが、呑み会で出したアイデアが監督に勝手に使われてしまったそうです。
横尾忠則さんについて、自分は詳しく無いのですが謎の多いアーティストでした。YMOのメンバーになりかけていたとか。楽器が出来る方なのか存じませんが、色々と斬新なアイデアは持っていそうでもあります。
また、最近BSで再放送されているドラマ「ムー」でも横尾忠則さんのイラストが採用されていて、これがまたドラマの異空間ぶりに合致していて。
ともかく、たぐい稀な発想力の持ち主なので、交友関係も凄いというか。

自分の学生時代はバンドブームの時代でもありました。アマチュアバンドのギタリストの中にはプロよりも上手いと思える方が居たりでしたが、全てはコピーの演奏で作曲は全く出来ない類も多かったです。
「だからプロにはなれない」と本人も理解していたり。プロであっても曲作りでスランプに陥ることは多いようで、生みの苦しみはさぞや辛いだろうなぁと。
コンスタントに良作を生める方は、やはり凄いと思います。元々、泉の様に湧き出るアイデアを小出しにでもしているのかなぁとも。Beatlesもメンバーによって作曲された数がかなり異なったり。
乾いた雑巾を絞っても、実際水一滴生まれずで。

過去の下町暮らしで自分は町の手伝いを色々と頑張っていました。地域や神社のHomepageを作ったりも。神社の縁起物を通販してみたり。
大体は地元の方と呑み屋で会話している時に生まれたアイデアでした。「こんなのあったら面白いよね」と。ほとんどは自分以外からの発案で、それを具体化するのが自分の役割で。
しかし、それを評価してもらえるようなタイミングはほとんど無かったです。Homepageのアクセス数を時々確認してニンマリする程度。たまに「いつも観ているわよ」と一声掛けて頂けることもあったのですが、社交辞令だろうなぁと。
ただ、一度だけ嬉しいこともありました。町の新年会にて町会長の挨拶でした。
神社の縁起物通販が軌道に乗った後、まとまった注文もあったりで年間の売り上げがけっこうな額になったそうです。町会長からのお褒めの言葉も気が利いていて、発案者の方とそのシステムを作った自分を褒めてくれて。
全て自分の手柄にするつもりは勿論無かったですし、凄い気配りだなぁと。東日本大震災で神社の屋根が崩落したりの年でもあり、修繕費の捻出とかも大変な時期でした。
どれもゼロから作ったモノで、生みの苦しみは勿論ありました。ただ、どうやったら実現できるかは経験済みでしたので、手間の問題でしか無く。
ともかく、アイデアが無ければ実現出来なかったことですし、追加の経費もほとんど掛かりませんでしたし、ゼロからであれば失敗しても失うものは無いだろうで。
自分はその町を離れてしまい他の方がシステムを担当しているのですが、通販は現在も機能しているそうです。

そんなことを思い出したりでしたので、横尾忠則が怒ってしまったのも仕方ないよなぁと思ったりです。
監督とは早く仲直りしてほしいです。

福祉施設の件で

知的障害者福祉施設で四年前にあった事件のニュースが連日報道されています。裁判が始まったらしく。
色々と考えさせられてしまった事件でした。過去に知的障害者の方と接して、その介護の大変さも自分なりに理解しています。

子供の頃の自分は庶民向けな新興住宅地で暮らしていました。当時は自分の生活圏でも知的障害者の方も身の回りで見掛ける機会がソコソコありました。
幼稚園まで普通に一緒に遊んでいた仲良しが小学校に進んで間もなく観掛けなくなったり。後から知ったのですが、学習障害か何かで勉強に全く着いて行けず特殊学級に転校したそうです。
当時の自分は成績表や通知表の意味も分かっておらず。なので、友人は人さらいにでも遭ったのかと思ったりでした。
勉強の出来などより、仲良く楽しく遊べるかが大切で。

二人目の知的障害者は養父の転勤で引越し先で知りました。
養父は怖いもの知らずで気の合わない相手であれば上司であっても平気で喧嘩してしまう性質でした。そんな中、いつも温和で面倒見の良いTさんという上司には公私共にお世話になっていたようです。
Tさんはみすぼらしい官舎住まいの我が家にもよく遊びに来ていました。Tさんは立派な持ち家で暮らしていたのに、自分の家族のことを羨ましがっていました。
「みんな勉強も出来るし、何よりみんな健康で羨ましい」と。
Tさんは自分達家族の引越し当初から色々と面倒を観てくれていました。北海道という慣れない気候や文化な土地で、とても頼りになる存在で。
引越しから一年程経ったある日、Tさんのご自宅に初めてお呼ばれした養父は酔っ払って帰宅したのですが、酒は入っていつつも冷静な表情で漏らしました。
「Tさんの家、立派だったんだよ。だけど、それまで話にも聴いていなかった娘さんが二人いて。上の子は居間を四つん這いで廻っていたんだよ。言葉も喋れないし時々うなったりするんだけど、意思の疎通が出来ないみたいなんだよ。もう成人を迎える歳だから、身体は女になっているんだけど、常に誰かが傍に居てあげないといけないから、看護師の奥さんと予定を組んでいるんだけど、時々時間を守れなくなると奥さんと喧嘩になってばかりで」。
養父は返答の言葉にも迷い、ただただ話を聴いたり目の前の現実を観るしか無かった様です。
「下の子は地元の高校に進学したんだけど、こんな家族が嫌いで何度も家出してて。だからお前の家が羨ましいんだよ」。
貧乏でも家族皆健康で、夕食も一緒に頂けて、ちゃんと学校に通えている我が家は案外幸せなのかなと思えたりでした。自力で生きていける幸せも感じたり。

三人目の知的障害者は高校一年のアルバイト先ででした。
総合結婚式場のボーイを自分はしていました。冬が近付くと忘年会の席も多いアルバイト先でした。
期末試験の期間中に、地元の福祉番組の取材がアルバイト先でありました。番組の進行は著名な芸能人で自分は一度でも会ってみたかったので、その日にアルバイトの予定を入れました。市内の知的障害者福祉施設のクリスマスパーティーでした。
当日は大会場が埋まる規模で、障害者の方々や施設のスタッフが集まっていました。しかし、アルバイト達は皆試験対策で自分しか参加しておらず、えらく忙しく。
いきなり暴れ出す方が何人も居たり、それを宥めるスタッフが囲んでいたり、ドリンクを届けたら「ありがとうありがとう」と袖をなかなか放してくれない方も居たり。
その日はクリスタルグラスが幾つも割れました。「お客さんに怪我させてはいけない」と、箒と塵取りを持って走り回ったり。
二時間ほどの宴会だったと思うのですが、丸一日働いた以上の何かがありました。施設のスタッフの方々は余程人間が出来ていないと務まらないだろうなぁと。人柄も体力も。
その時に著名人さんから頂いたサインは数学の教科書に残っています。今でも宝物です。

四人目は、都心の下町で暮らしていた頃です。
小さな古いマンションの大家さんは元芸者さんで切符が良い性格で、タナゴな自分のことを我が子の様に叱ったりする場面も。いつも愛情を感じる方でした。
しかし、かかりつけの町医者が大家さんの体調不良な原因を見抜けなかったらしく、ある時期から日々痩せ細っていました。
大家さんの外出はいつも旦那さんと一緒だったのですが、遂には外出も難しくなり、ある夜いつの間にか危篤状態に。
地元の救急病棟で一命はとりとめたものの、一時間以上の心肺停止で脳に大きなダメージが。その後奇跡的に意識は戻ったのですが、言語も記憶も全て失ってしまい。
幾度かの転院後もお見舞いには幾度も伺いました。しかし、意思の疎通は出来なく全く別人格になってしまった大家さんに、自分もどう接したら良いのか分からず。
噛み付いたり爪で引っ掻いたり、点滴を外そうとしたりで普段は腕が紐で縛られていて。
あの夜に救急車を呼んだのは自分で、それくらいしか恩返し出来ていなかったから、遠くてもせめて月に一度はお見舞いに行かねばと。
入院中にいつも献身的な介護をされていた旦那さんにも頭が上がりませんでした。亡くなるまでの一年間、良くやられたと思っています。
自分がその立場だったら、そこまで出来たのか何処まで出来たのか。
大家さんの葬儀の日、自分は受付を担当しました。大家さんと同世代のお婆ちゃん達も集まっていました。地元では見掛けたことの無い芸者仲間さん達だったそうです。
そして、「あの人にこんな立派な息子さんが居たんだねぇ」と口々に。誰がそう言いだしたのか分かりませんが、敢えて否定はしませんでした。
素敵な誤解だと思えたんです。

表題の事件について考えてしまうことはあっても、なんて綴ったら良いのか分かりません。