日常ほど写真に残らず

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その場所を離れてから思うのは、いつもの景色や場面が写真に残っていないこと。
学校の卒業とか、転職や転勤とか、その度に一枚くらい残しておけば良かったのにと。
滅多にないイベントの写真も楽しいですが、それは非日常で。

引越の予定先は、徒歩の最寄り駅まで木漏れ日や涼める空間が足らず。
冬の中の暖かさとか、夏の中の涼しさとか、貴重だよなぁって歳重ねると気付いたり。それが自然に近いほど。
大きな地主と大きな集合住宅ばかりの土地では難しいんだなぁと。
そして、小さな家が寄り添い合って生きている町は、改めて貴重だと思います。

海外のデザイナーも認めた国立競技場

数日前、いつものカフェでまったりしていたところ、隣の外国人の二人が真面目な議論を交わしておりました。
自分の耳でもまだ所々聞き取れる英語。デザイナー系らしい二人の話題は国立競技場。

 「あのデザインは”pussy stadium”だ」
 「設計段階で既に世界遺産レベルだ」

英語の曖昧さの無い表現に、ちと吹いてしまいました。
日本人の曖昧さが生んでしまった現状だとも思います。