大人の遠足とか

集合場所が神田の家かと思っていたら、御茶ノ水駅の聖橋口でした。
近くて遠かった神田の家、とても居心地良かったです。
他人も受け入れられる拘りの空間。
木造建築は、もう一度見直されても良いかなぁと。

素敵な一日になりました。
明日は餅つき。呑まずに食べよう。
ガァ

あぁ勘違い

厄年は数え年らしく、そいつをWikiで調べなおしたところ、後厄は昨年で終わっていたようでした。
下町に暮らし始めてから、妙に縁起を担いだりが多くなっています。

後出しジャンケンかもしれませんが、昨年までの三年間はなかなかの度胸試しだったかも知れません。
ちとほっとした今宵、写真は後日でおやすみなさい。
ガァ

歩行者天国の再開

昨夜の呑み過ぎ食べ過ぎで、お腹を壊しかけて、本日は約束をひとつキャンセルしてしまいました。すみません。
お昼前に町の知人から呼び出しがあり、歩行者天国の再開セレモニーを横目で見てきました。(自宅のトイレまで五分程度なのもあり)
関係する方の温度差は残っている雰囲気だったと思います。運営側の方々はとても真剣な表情でした。

とにかく、平和な日本の象徴的な歩行者天国であり続けてほしいです。
幼少期に見た銀座の歩行者天国は、晴天の下の明るい色彩で、それだけで幸せな雰囲気でした。

日が暮れる頃に、地元の召集がありました。
お世話になっていた居酒屋さんが引っ越してしまう挨拶でした。(昨夜はその呑み会)

「バカヤロー」なんて、何度いわれたものかなぁ。
あんな罪の無いバカヤローは、他にあまり無かったと思います。
ここ離れても、大将、元気でいてくださいネ。
ガァ

また太田裕美かよ

自分の家にはCDが数百枚あって、その過半数はJazz系ばかりです。
しかし、中には邦楽も転がっています。
どれも、マイナーなのばかりだと自分でも分かってはいます。

昨夜、何の気なしに「久し振りに太田裕美でも聴いてみるか」と、CDラックを軽く漁ったところ、謎。
だったら、買っちゃえでAmazonを覗いたところ、とんでもない高値になっていました。(2011/01/22現在28,400円)
なんだよ、またかよ!

自分の初恋らしき思い出は中学三年生のときで、その相手は隣のクラスの小柄な女の子でした。
転入したばかりの北海道の中学で、色々目立っていた自分に向こうから話し掛けてきたのがキッカケでした。
同級生の話では、その子は相当の秀才らしく、小学校時代にオール5の通知表を頂いたことがあるそうで。
「ラブレターのようなものを送ってくる女は、アホに違いない」と思っていた自分には意外でした。

当時、バラエティ番組で馬鹿にされていた埼玉から引っ越してきた自分。まさかこんな田舎の北海道でそれを馬鹿にされるとは思ってもいなくて。
そんな中でも、ちょっとは浮いた話があったんです。「埼玉さん」と呼ばれつつも。

ピアノも上手だったその子は、合唱大会でも見事な伴奏を披露していました。ピアノも自分より遥かに上手い。
自分が目指していた高校は、地元学区で当時一番優秀だったので、あの子もきっとそこへ進むだろうと思って、自分も受験勉強に励めたりして。
しかし、受験間際の学年集会で、その子は学区外の更に優秀な高校を目指していると知りました。
そんなに大きなレベル差も無い高校なのに、何故に通学の面倒な学区外へ?

お互い、希望の高校に入学できた後、自分は無駄に早朝のバスに乗る機会が幾度か。
そのバスで、あるとき聞かされました。
「私、夏休み前に埼玉に引っ越しちゃうの」
親の転勤が以前から決まっていたそうです。(北海道の千歳は航空自衛隊があり、埼玉にもその基地がありまして)
何でまた埼玉なんだよ..。

太田裕美に似ていたんですよ。ほんの少し。その子。
それから、太田裕美の曲を聴くようになりました。
自分より一回り上の世代のアイドルだった歌い手さんでした。

当時(1984年頃)の太田裕美さんはアイドルとしての全盛期を過ぎていたようで、ブラウン管に登場する機会はほとんどありませんでした。
幸いにも地元FM局で番組を一つ持っていて、土曜日の放送をカセットテープに落として楽しんでいました。(ハウディ・ミュージックとかいう番組)
しかし、時々流れるご本人の曲に、毎度驚かされました。
「木綿のハンカチーフ」とは全く異なる曲調ばかりで。
テクノポップ路線の太田裕美に馴染むのは案外楽で、それはそれで気に入っていました。
というより、その路線の方が好きになってしまいました。

高校生時代の休日はアルバイトに励んでばかりで、そのお金でCDを買い漁っていました。
当時からJazzばかり聴いていて。
まだアナログ盤が当たり前の時代でもあり、どうせ買うならCDでというルールを決めていました。
しかし、太田裕美さんの当時のアルバムはアナログ盤しか存在しませんでした。

そんな思い出もほとんど薄れた二十年後くらいに、復刻版のCDがようやく発売され。
やっと手に入れたCDを聴くと、とても良く出来た作品に思えました。
当時(80年代)の音楽系の雑誌では80年代を代表するPOPとも賞賛されていた理由が分かりました。商業的には成功しなかったものの。

今日はそのCDを本棚の奥から発掘し、iPhoneに落として楽しんでいます。
このアルバム「I do,You do 太田裕美」を検索したところ、色々な方の思い入れがあるようです。
ガァ

追記:
都会の絵の具にどっぷり染まろう。

そりゃ違うだろ

今朝は、表の元気な声で目が覚めました。
休日の八時頃に自分が起きるのは珍しいです。

地元の某団体の餅つき大会でした。
ドサクサに紛れて頂けたつき立てのお餅、とっても美味しかったです。
千葉方面では雪が積もった中、都心部もかなり冷え込んでいて、こんな中ご苦労様でした。

午後からは神保町方面の某催しを様子見に。
秋葉原駅方面から靖国通りへ伺ってみると、まだ製作中かと思われる雪だるまが一体。
しかし、今日が最終日のハズ。
この雪像のタイトルが気になり覗くと「ドラえもん」

背後を通り抜けた家族連れのお父さんが一言漏らしました。
「そりゃ違うだろ」

自分もそう思いました。
ガァ

追記:とても手の込んだ力作も沢山ありましたからネ。

味のある町

昨夜は、自宅徒歩数十秒の居酒屋さんで午前様でした。
この町に引っ越して以来、色々とお世話になっていた居酒屋さんが昨夜で終了でして。

閉店してしまったお店の大将(マスター)には、時々怒られたり、何度も励ましてもらったり、フォローしてもらったり。
大将は不器用な人の弱い部分を支えられる、大きな器を持つ大人でした。
いつでも会える、と思っていられたのは、昨日まででした。
「今夜は何も出せん」とか言いながら、美味しい料理がテーブルに沢山。

本日は我が明神さんにて寒中禊。
二日酔いのまま、撮影係で参加しました。
見物しているだけでも寒いのに、我が町の勇者三人が禊に参加。
町の皆さんが暖かく見守る中、今回もしっかり撮らせて頂きました。
昨年より良い撮影場所を確保できたのですが、自分はまだ慣れていない様で、来年はもうちょっと頑張ってみようかと思います。
兎に角、無事に終わって良かったです。(実はけっこう心配してみていまして)
ガァ

今年から、町のアルバムに新しいシステムを導入してみました。
 ・地元町会(今年は居酒屋さんからです)
 ・地元地域(今年は寒中禊からです)