同じ暖簾

自宅近辺でかなり美味しかったラーメン屋さんが変わってしまいました。
暖簾もメニューも同じなのですが、お店を賄っていたご夫婦が引退してしまったようです。
とても小さなお店、新しい二人が恐らく同じ食材を使っているものの、メニューも同じなものの別の味でした。

つけ麺が特に素晴らしかったんですよ。元々は。
つけ麺って、食べ始めと食べ終わりでスープが随分変わってしまうモノだと思っているのですが、ここのはそれがほとんど変化無くて。
どういう作り方だったのか分かりませんが、最初から最後まで全部美味しくて。
盛りも丁寧で、麺は見た目も触感も最後までツルツル。

多分、ご夫婦で営まれていたのだと思います。
辞めてしまうのなら、一声かけてほしかったなぁと。自分から世間話でもするべきだったのかなぁ。
営業時間はどんどん短くなっていましたが、お客さんは皆美味しく頂いていたと思うんです。

同じ暖簾なので、あと数回くらいは伺うつもりです。
ラーメンに愛情を込めてほしい新しい二人、頑張ってほしいです。

閉店情報

キッチン南海の閉店情報がしばらく前からTwitterで流れていました。
神田時代にお世話になった何人かは閉店を惜しみ、久し振りに来店していた様子でした。
自分も以前に伺ったことがありましたが、常連になるほどの何かは無かった感です。

今日になって某ニュース記事で閉店の噂はデマだったとの情報が。
ちゃんと店員さんに確認したらしい記事なので恐らくこの記事は本当なのかと思いますが、実際のところまだ分からんです。

自宅から近い金町の「そばっ子」さんも閉店情報が昨年から飛び交っていました。二月いっぱいで閉店ですが、現在の店舗近くで再開予定と店員さんから最近聞いています。
最終的にどうなるか謎ですが、変な噂流す人は店員さんにちゃんと聞いてからの方が良いかと思います。

IT化しなくてもやってゆける会社とか

最近考えていたことのメモな記事になります。
特定の団体を非難するワケではありません。

例えば、バブルが弾けた後の証券業界の営業の例です。
株価低迷が何時まで続くかなんて、当時は見えなかったでしょうし、それでも営業さんは株券を販売せねばなりませんでした。
特に危険な経営状況の上場企業の株券なんかを。
ともかく販売せねば上から叩かれるばかり。
会社ぐるみで大口さんには損失補填を強いられていたようですし。

古い世代の人は銀行で働いているといえば、かなりの信頼性を持ったようです。
しかし、現状はメガバンククラスでも金利による儲けが望めず、計算力の乏しくなったお年寄りに危ない商品を販売しているようです。
行員さんにはノルマがあったりで、危険な商品でも販売せねば上から叩かれるばかり。

そんな仕事は自分に不向きですし、それでも仕事を続けられている人はある面偉いと思います。
しかし、そんな仕事にしがみ付いていたところでリストラは続くでしょうし、続けること自体リスキーではないか?と思っています。
他でもやって行ける能力があるなら、早めに転職した方が良いのでは?と。
何よりも、関わった人を不幸にするばかりで。

自分は昭和の終わり頃から半社会人でして、当時の仕事の進め方も経験しています。
IT化という言葉もまだ無かった時代で、電算化とか言われていました。
職場にはようやく日本語ワープロ専用機が導入された時期でした。
当時はパソコンがようやく普及され始めた時代でしたが高根の花で、一太郎やロータスが入り始めたのはかなり後だった記憶です。
要はアナログな帳簿管理とか文章管理の時代でした。
五年毎に古い文章は倉庫に移動とか、それでも年功序列な組織は退職者も少なく、各担当者の記憶を頼りに古い案件の引っ張り出しは問題ありませんでした。
各部門で十年選手何て何人も居ましたし、一人が一時的に欠けてもリカバリー出来る体制は整っていました。
大体は課長や主任が嘗て経験した業務でしたし、上司が上手くリカバリー出来て普通で。
なので、現代の組織であっても業務フローや体制が整っているのであれば、電算化やIT化は必ずしも必要と思っていません。
電話とFAXと紙とボールペンだけで何とかなるのかも知れません。電卓くらいはあった方が良いかもしれませんが。

IT化のメリットは、上記の高速化とか担当者に寄っての品質差を無くすとか、紙を減らしてスペース効率を上げるとか辺りでしょうか。
他にも、過去の案件を紐付けしたり、台帳の並び順を一瞬に変えて別の視点から物事を判断したりとかのメリットはありそうです。
これは人間業では不可能な芸当で。

そんな前置きで、困った組織の例です。本題はここからです。
IT化は中途半端に進んでいるものの、運用が伴っておらず情報の紐がスパゲティ状況なパターンです。何となく出来上がってしまった例というか。
業務も総務も営業も技術も担当者の入れ替わりが激しく、各担当者の記憶頼りで進むハズの業務フローも機能せず。
見積もりから請求までの一連の流れも毎度途中でふん詰まり状況で、無駄に時間が掛かり。古くから取引のあるお客さんの指定伝票を誰も知らなかったり。
お客さんからの問い合わせに対しても、根拠になる古い資料が書庫の何処にあるのかファイルサーバーの何処にあるのかも見当付かず。

IT化が上手く行っている会社は、例えばグループウエアの導入時に現状の業務フローをしっかり残すものです。
グループウエアはカスタマイズも色々可能ですが、なるべくなら標準機能に合わせた方が導入時のコストも抑えられますし「曖昧だった点は今後グループウエアに合わせる」みたいな妥協も必要で。
そして、入力の二度手間を省くのも重要で。グループウエアを導入するからには「これまであったこの作業をグループウエアのこの機能に置き換える」とか「機能を一つ増やすならこれまでの何かを二つ減らす」くらいのスタンスで無いと、二度手間のリスクは避けられず。これが守られないと、無駄な業務が増えるだけともなりかねず。
何よりも、この時点で業務フローが「見える化」出来るメリットがあります。(まともな企業ならグループウエアの導入に関わらず業務フローが残っているものですが)
業務フローが残っていれば第三者にも新入社員にも説明しやすいメリットが生まれます。説明する側もされる側にもメリットで。
グループウエアを導入しても、当初は入力作業ばかりで恩恵はほとんどありません。しかし、一年も経つ頃には素晴らしい紐付けが花咲き始めたりです。過去に販売した製品の対応履歴や、各担当との対応履歴等々が一瞬で確認出来て。
自分はその辺のシステム設計に25年くらい前から関わっています。当時はイントラネットとかいう言葉を使っていて、稟議書や通達といった文書は全てペーパーレスにする社内改革でした。
導入後も困った点が色々あって、その都度考えたものでした。例えば、購入稟議に必要だった商品のカタログをどうやって添付するか?とか。その為に全国の事業所にスキャナーを置くべきか?とか。(結果的に添付書類は無くす大胆な決定になりました)

話が戻ります。
何となく出来上がってしまった困った組織の例ですと、運が悪いと部門間の責任の擦り付け合いが生まれます。「それはこっちの仕事じゃない」とか「そんなの聞いてない」とかオゾマシいやり取りです。
アナログなやり方にしても、IT化が上手く行った例にしても、まともだったら一時間で片付く作業が半日経っても片付かないとか。
そして、慣れる前に人が入れ替わり、負の連鎖が続く中で社員どころか顧客も離れ、売り上げも落ち、協力会社に責任を擦り付けはじめたりとか。
赤字になった案件はトップダウンで協力会社への支払いを拒否し、板挟みになった経理担当はトップの居ない夕刻に嘆き。どうにも不幸を生むばかり。
こんなの誰も関わりたくないですよネ?

昭和の経営者とか

自分の学生時代の大半は昭和時代で、ハタチの大学二年次に昭和が終わっています。
昭和時代と書くと何だか違和感覚えますが、もうしばらくして平成時代なんてのも現代ではなくなってしまうワケで。
その昭和時代の終わり頃から自分は働いていて、当時の職場にて定年退職して再雇用された世代は戦争経験者でした。
幼少期にB29を見たとかではなく、戦地で戦った世代です
何かと現代風ではない部分がありましたが、これは凄いと思える部分もありました。
同じ職場でジェネレーションギャップ何て安易な言葉で済まされない世代というか。

その後、三十路の頃にお世話になった会社の会長がやはり戦争経験者でした。
斜陽産業の中の会社ではありましたが、志の高い会長でした。
週に数度の出社では余計な言葉など漏らさず、少し考えさせられるトンチみたいなものも。

朝礼の報告をさっさと済ませたかった朝、原稿に残した言葉を早口でササっと読み上げている途中、会長に静止されたことも。

それでは伝わらないと。

その後、出張中の社長の部屋で待っていた会長に呼ばれ「間が大切だ」と言われました。
小唄を例にして、お伊勢参りを唄い出した会長でしたが一小節を過ぎるくらいで次の歌詞を忘れていて。
オチまで残してくれる素敵な人物というか。
自分が未だ独身なのも気にされていて「バスに乗り遅れるな」とも。

紙パルプ業界で分析装置を扱っていた会社は、売上げも減る一方。
自分の会社も危ない状況なのに、会長が気にされていたのは下請の町工場。
「うちが売れなきゃ○○さんはもっと困っているだろう。貸出機向けでも何台か注文してあげられないものか?」
この発想は現代と全く違い、斬新で、器の大きさや度量のデカさを感じました。
現代風な大手メーカーなら、コスト削減名目で下請に値下げを迫って当たり前で。

よほど苦労して会社を立ち上げたのだと思います。しかし、そんな話は一切せず。
あの会長とはもっと一緒に長く働いてみたかったです。
言い訳なんてする気もなれない人物って、凄いと思います。

三週間

転職して三週間経ちました。
異業種の転職に社内の書類の回し方等々覚えることが多い中、急ぎの案件を3つ片付け。
世界を周る大型船の通信設備を扱う仕事、修理の依頼が来ても修理できるタイミングが短く場所も限られ。
次に寄る港での修理となるのですが、エンジニアと物の手配をそれまでにアレンジする役割で。
この港が海外だったりで、英文でのメールのやり取りが飛び交い。
技術面も、これまでの経験が全て問われる内容。

これが一つでも欠けていたら、恐ろしかったなぁとか。

現状、英語面が一番弱い自分ですがGoogle先生に毎日お世話になっています。
Googleの自動翻訳の精度が数年前に比べてかなり上がっていて。
意味の通じにくい日本語も、比較的適切な英語に変換してくれて。
変換された英語を逆翻訳してもちゃんと日本語になっていれば、良しとしています。
見た目でもっとメジャーな単語を選択したいのですが、そんな時間は勿体なく。

緊急度が高過ぎる場面では仕方なく電話を使うのですが、やはりこれが難しく。
何が難しいかというと、相手のナマリが凄いのです。
互いに使っている英語は中学レベルなので、ネイティブの発音ならまだ楽なのだと思います。
フィリピン系のナマリとか中国系のナマリとか。
相手からしたら日本系のナマリなんだろうなぁと。
やはり、これは慣れるしかないです。

おかげで毎晩十時には眠れています。
この週末にサイクルを崩さないようにせねばと土曜の朝から綴っています。

と、ここで文章を締めようと思ったのですが、一つ思い出しました。
昨夜のこと19時頃に社長から夕食のお誘いが。
そこで三田の居酒屋へ。

自分のチームは三人体制で、自分以外の二人は自分より一回り以上若い女性。
この二人が凄いのです。英語は発音も文章も相当なレベルで、日々迷い込む急な案件の中でも冷静さを失わず、かつ的確。
まだ慣れぬ仕事の中でジタバタしている自分とは大違い。経験上、十数人の組織で一人居るか居ないかの人材に囲まれて。
そんな話を交わしたところ、社長も同じことを感じていたそうで。
やはり凄いんだなぁと。
簡単に集められる人材では無いでしょうし、偶然にしても凄い巡り会わせです。
ディープな技術面の案件を自分が受け持つ流れ、楽な仕事ではないのですが面白味は感じています。

作業効率


半年間非公開にしていたFacebookを昨年末に再開し、時々利用しています。
仕事もプライベートもくっ付いてしまうあの空間は相変わらず馴染めず、プライベート専用のつもりです。
せっかく戻した朝型の生活はこの三連休で早速崩れ始めていて、10時頃に目が覚めるとFacebookにメッセージが。

外神田で暮らしていた頃にお世話になっていた男性から「今日は予定ありますか?」と明け方に送られた様子。
残念ながら午後から予定がある旨伝えると、成人式を迎える娘さんの写真を撮ってほしかったそうで。
娘さんはまだ小さな小学生の頃から存じていて、当時からとびきりの美人でした。
お祭りで御神輿の上に載っていたお人形さんのような姿は今でも目に焼き付いていて。
何も知らない人々は、本気でお人形と見間違えていた様子でしたし。

娘さんは数年前からテレビ番組にも出演していて、事前に知っていたら観るようにしていました。
番組を観ると、周りの芸能人さんに埋もれることの無い存在でした。流石だ。
娘さんのお父さんも含めて、信頼関係のある素敵な家族、前もって知っていたら、撮影してあげたかったのですが。
ただ、ポートレート専門の写真は経験したことが無いので、満足できる撮影になったかは分からず。
集合写真専門みたいな自分でしたので。

いずれにしても、引越しから二年半経った自分のことを覚えていてくれて、嬉しい朝でした。
あれから、町の行事にはほとんどタッチしておらず。
しかし、あんなに小さかった子がもう成人だなんて。

と、タイトルと全く関係ない話題から始まりました。
新しい職場で使わせて頂いているパソコンはごく普通のスペックなのですが、モニターだけが気になっています。
解像度が低過ぎ(1280×1024)で、一部のソフトの表示が困難で。
英文メールが毎日数十通飛んでくるのですが、そのメーラーソフトが解像度の低さで効率が悪く。スクロールを強いられてばかりです。
メールの一覧と本文をそれなりの広さで表示するには現代風な解像度にしたく。

自宅では昨年デスクトップPCが壊れて新調していました。モニターはまだ使えたのでそのままです。
そのモニターは十年近く前に入手したものですが解像度はFull HD(1920×1080)で。
この解像度に慣れていましたし、職場の環境も何年も前からそうしていました。
作業効率も実際高かった感です。というか久し振りに低解像度を使って身に染みた感です。

生まれて初めて自分で入手したパソコンはMacintosh Color Classic IIという機種。
小型の一体型Macで、画面は10インチ。
なかなか可愛い筐体で大好きだったのですが、解像度は640×480にも満たない性能で、一部のソフトでは画面の半分近くが操作系のボタンで埋まってしまい。
そんなのを思い出したり。

で、新しい職場のモニターを交換しようと思い立ち。
しかし、まだ何の実績も無い自分が会社に買ってくれとは言い出し難く、自宅で余っているモニターを持ってくるということで了解を得ました。
実際のところ余っているモニターなどありません。自宅にはそもそも一台しかモニターはありませんし。
モニターをこれから新調し、それまで使っていたのを会社に持っていこうと。
久し振りにモニターの価格を調べてみたところ、Full HDの解像度でも普及価格帯なのは1.3万円程度で入手出来るようです。
パソコンの世界は相変わらず価格競争というか低価格化が激しい様子。こんなのでどうやって儲けを出すのだか。

連休初日に注文すべきだったのですが、本当に買ってしまうべきか迷えてしまい、昨夜の注文。
商品は明日自宅に届くようです。しかし、明日は仕事なので再配達にならない準備が必要そうです。

新しい職場

新しい職場からは東京タワーの眺めがとても良いです。昼も夜も美しい東京タワー、昔から大好きなエレガンスなシルエット。
それまでの職場からはスカイツリーが見えました。やはり東京タワーの方が好きです。