号泣

以前からちょっと違和感のあった表現の一つに「号泣」が。
号泣というと大きな声をあげて泣く姿のイメージだったのですが、ニュース等での映像を観ると泣いてはいるものの、大声を出している訳でなく。何だか大袈裟な表現で。
そもそも自分の認識違いだったのかな?と先ほど何となく検索したところ、やはり最近の用例は間違っているらしく。
NHKの放送用語関連の記事でもこれは指摘されていました。
ただ、言葉が時代によって変化してしまうのはこれに限った問題では無いので、定着してしまったら間違いではなくなってしまうんだろうなぁとも。
「代替案」も「だいがえあん」で許されているそうで。

自分は未だに読み間違いが多く、どっちだったかな?と発音前に悩むことも。それも何度も。
「台頭する」を「だいとうする」とか、「廉価版」を「けんかばん」とか、「正念場」を「せいねんば」とか。
他にも色々あるのですが、パッと思い出せずです。
ネット上で文章を綴るときは、日本語変換が出来ないので気付けるのですが、言葉として発しているときは、相手が指摘しない限り恥かしい思いをしていそうです。

そういえば「号泣」を「ごうなき」と読んでいた友人も居たなぁと。
その友人からは「句読点」を「くどくてん」と読んでしまい笑われてしまったり。
地名についても「本八幡」を「ほんはちまん」と読んでしまったこともあったり。地名については、慣れてない地域はまぁ仕方ないと思っていますが。
特に関西方面は出張で伺って読めない駅名が多かったです。
逆に関東圏以外の人は「愛宕」とか「東雲」とか読めない傾向で。

ちょっと不思議だったのが、十数年前までMS社のOSで「汐留」が変換出来ず。いつの間にか変換出来る様になったのですが。
あのエリアは再開発が入るまで何十年か空き地のままだったので、その地名を使う人が少なかったのかなぁと。
再開発後は立派なビルが幾つもそびえているのですが。

「新田原基地」も初めて耳にしたときは英語由来の米軍基地なのか?と勝手に想像していました。「ニュウタバル」なんて日本語らしくなく。
あと「新冠」もちょっと懐かしい思い出が。以前にも綴った話題なのですが、オランダ人技師を連れてこの土地に伺った際「ニイカップとはどういう意味なのか?」と尋ねられ。
「New Cap」だと答えた自分もちょっと不思議に思えたりで。
アイヌ語が語源の地名だとは思うのですが、限りなく英語に近いなぁと。

ちょっとオチの無い話題でした。

山口小夜子さん

昨夜のサッカー・クロアチア戦はPK戦で敗れた日本でした。
残念ではありましたが、よくここまで耐えたなぁと。
ベスト16に入るまで、数々の強豪国に負けなかったのですから。
だいたい、PK戦などサッカーだと自分は思っていませんし。
勝ち抜き戦で引き分けが許されないから無理矢理与えられた試練というか。
他にもオフサイドというルールが自分は好きになれず。これは本田圭佑選手も同じ意見でした。
ともかく、ここまで良く頑張りました。

サッカーの試合が始まる少し前の時刻に、たまたま観た番組がありました。
モデルの山口小夜子さんのドキュメンタリーでした。
何となく存じていた女性なのですが、名前の読み方も知らずで。「こよこ」と読んでいたのですが「さよこ」だったそうで。

これもたまたまでしたが、一昨日の夜にYAMAHAのモニタースピーカーの電源を数ヶ月ぶりに入れていて。
「スピーカーの電源を入れる」という表現に違和感ある方もいそうです。
自分がメインで利用しているモニタースピーカーはパワードタイプで、アンプを内蔵していまして。
主に楽器で使うタイプで、見た目はNS10Mにちょっと似ていて。
筐体は大きく無いものの、上から下までクリアな音を響かせてくれます。
着色の全くないスピーカー、音源が良ければ鳥肌が立つ音を響かせてくれて。

その晩に選んだのがSteely danのAjaでした。
一曲目から洗練された音で。
このアルバムのジャケットに写る謎の東洋人が山口小夜子さん。

アルバムを聴いた翌日の夜に、テレビの大画面に本人の映像が登場しました。
残念なことに御本人は既に他界し、見た目の似た若い女性が役にハマっていました。
オーディションで山本寛斎さんと出逢うまでは、仕事のチャンスがモデルとしてほとんど無かったらしきストーリーでした。
当時は西洋風な見た目が日本人であってもモデルとして当たり前だったそうで。
結果的に山本寛斎さんの仕事で世界的なモデルとなったそうです。
また、ヨーロッパでも衝撃が大きかったそうで、小夜子さんにのマネキンが沢山作られたらしく。
うちにも一体ほしいくらいです。

昨夜のポツンと一軒家

昨夜のポツンと一軒家がなかなか考えさせられる内容でした。
北海道で牧場を営む家族の紹介だったのですが、その牧場の運営スタイルが斬新で。

自分は二十年程前に搾乳ロボットの技術屋さんで、関わっていた分野でもあるのですが、搾乳ロボットとは全く逆のスタイルで。
搾乳ロボットの場合も乳牛の自発的な行動で搾乳をするのですが、それ以外は徹底的に牛を管理していて。
例えば、牝牛も年中お乳が出る訳では無く。本来は産んだ子牛に与えるハズのお乳を人間が横取りしていて。
お産には人の助けも必要だったり、そもそも定期的な種付けも必要だったり。

搾乳ロボットの導入で乳牛は自由な時間に何時でもお乳を絞ってもらえるメリットはあるし、酪農家はお乳を絞る作業から開放されて他の作業に時間を費やせるメリットがありました。
しかし、当時の搾乳ロボットは故障率が高く、技術屋は年中修理で飛び回り。それこそ昼も夜も問わずに呼び出されがちで。
お乳を絞れなくなると、牛も乳房炎という病気になってしまうので、酪農家としたら死活問題で。
ともかく、当時は技術屋泣かせば部分がありました。

昨夜の番組で登場した酪農家は食肉用の牛が対象だったので乳牛とはまた別なのですけれど、年中放牧しっ放しだそうで。
広大な牧場で牛の好きなようにさせているそうです。また種付けも自然な交尾に任せているそうで、子牛が生まれるタイミングも人が手助けしていないそうで。
餌となる牧草はそこら中に生えていますし、敷地内には小川も流れていて喉が渇いたら飲み放題で。
病気になった牛以外は、とことん放置するスタイルでした。

ただ、食用としての肉質は世間的に低い評価となってしまうそうで。
年中動き回っている牛は筋肉質でやや小ぶり。そして高級牛の代名詞的な「サシ」が少なく赤身だらけ。
味や食感については好みの世界なのでしょうけれど、買い取り価格も安くなりがちだそうです。
個人的には赤身の方が好物なのですが。

他にも豚や羊を飼っていて、これらも基本的に放置のスタイルで。
豚の放牧はメリットも多いらしく、それこそ根こそぎ植物を食べてくれるそうで。牧草を育てる前の雑草取り的な作業をしてくれるそうで。
自分もその業界で初めて知った事でしたが、牧草になる草は何でも構わない訳ではなく、雑草とは別だそうで。
幾ら放置のスタイルとはいっても、冬の北海道は雪に覆われてしまうので、その間の食糧として牧草を育てて貯蔵はしているそうです。

搾乳ロボットに限らず、乳牛の場合には一日たりとも乳絞りをサボれないので、家族総出だったり人を雇っての運営になるのですが。
なので、長期の旅行に出掛けたりとかは小規模な酪農家に難しかったり。
昨夜の番組に登場した家族は、母と息子の二人暮らしという紹介から始まりました。いつもの様に二人とも結構な高齢者が登場するのかと思っていました。
もしくは「遥かなる山の呼び声」の様な小さな子供とまだ若い母親と。(そんな訳無いのですが)
実際に登場した親子は、息子さんがまだ二十代中盤の健康的な青年。
母親もまだ五十代くらいで元獣医師だったそうで。しかし、牧場の仕事だけでは食べて行けれないそうで同じく獣医師の旦那さんは単身赴任中だそうで。

これまでに登場したポツンと一軒家は人里離れた山奥なのが多かった記憶です。
その点、今回登場した酪農家は北海道で珍しくない立地でした。街から少し離れたら、何処にでもある風景ですし。
ただ、こんなスタイルもあるんだなぁと発見が多かったです。
そして、家族の皆が教養もあってポリシーも持っていて。
素敵だなぁと。

ロシアの芸術とか

語れるほど詳しくは無いのですが、ロシアの芸術にちょっと興味があります。
寺院等の建築物で屋根に玉ねぎの様な丸っこいのが乗っていたり、国民は苦しい生活の時代が長かったハズなのに、街並みはやたらと立派だったり。

昨夜のこと、ロシア文学についてちょっと検索したところ「イワンのばか」はトルストイの作品だったと知り。
タイトルだけずっと気になっていた作品なのですが、あらすじを読んでみたところ、なかなか奥深かったです。
社会主義とか共産主義の庶民を讃えるとも思える内容なのですが、「三匹の子豚」をもっと人間臭く表現したようでもあり。

そして、ムソルグスキーの「展覧会の絵」について、久し振りに検索してみました。
以前にBlogの記事に綴ったつもりが残っておらず。投稿前に消してしまったのであろうか。
二十年以上前にNHKのドキュメンタリー番組で放映された「同曲の元となった絵画を探す旅」みたいなのが感動的で。
最期は孤独の身だった作曲家ムソルグスキーの親友であった画家が早死にし、その遺作展で観た10枚の絵画が実存するのか探すストーリーでした。
残念なことに作曲家も画家も生前は全く売れず、不遇の身であったそうで。

YouTubeにこのドキュメンタリーが公開されていて、改めて感動してしまったり。
初回放映は1991年だったそうです。自分は大学生の終わり頃で。

60分近い番組なのですが、興味のある方にはあっという間かと。
改めて観たところ、自分の記憶違いが散見されました。恥かしい。
自分のBlogは古い記憶を元に綴っている記事が多いのですが、何だかそれらも怪しそうです。

先ず、この旅をした男性は作家立花隆さんだった記憶なのですが、全くの別人團伊玖磨(だんいくま)さん。
重々しい暗い雰囲気の曲のモチーフとなった絵は、「雪道で重荷を引く労働者達」だった記憶なのですが、これも大間違い。
更に、上記のYouTube上の動画は五年前に自分も観ていて。全く忘れていました。

このドキュメンタリーは出版もされているそうです。いつか読んでみたいです。
絵と音楽を結び付ける学術的根拠は一部乏しいそうなのですが、この番組で取材されるまではほぼ未着手だった研究らしく。
「恐らくこの絵画だろう」と暫定的に結び付けられた作品も1991年だったからまだ辿り着けたのかも知れません。
ロシア革命でも行方不明になった作品が多かったそうですし、今年2022年もロシアによるウクライナ侵攻があり、ちゃんと残っているのだか。
曲名には「キエフの大門」まで含まれているくらいでして。

自分は元々この曲に全く興味が無かったのですが。
大昔の高級化粧品のテレビCMで煌びやかなフレーズが使われていたり。何だか華やかで自分とは別世界のアウェイ感で。(岩下志麻さんが出演していたような)
他の曲も取っつき難いゴチャゴチャしたフレーズに聴こえてしまい。
プログレッシブ・ロックが好きだった兄はピアノでも「展覧会の絵」を弾いていたのですが、何処が良いのか自分には理解出来ず。
ただ、上記のドキュメンタリーを観て開眼してしまい、翌日にはCDを入手していました。
偏見とは恐ろしいもので。人付き合いでも第一印象が悪かったものの、何かのキッカケで大好きになってしまうパターンはあり。

しかし、偏見以上に記憶違いの方が恐ろしいかも知れず。
スラブ民族の文化、やはり偉大な場面は多く。まだ出口の観えないウクライナ侵攻、早いところ収まってほしいものです。

ワールドカップ・スペイン戦とか

日本時間の明け方に開催されたサッカーワールドカップ・日本対スペイン戦。
昨夜は早めに寝れたものの、二時過ぎには目が覚めてしまい。
普通に考えると勝ち目のない対戦相手なのですが、ドイツに勝てた日本ですし、応援せねばと。
そんなことより、長友選手のブラボー!をまた拝みたく。
あの狂気じみた叫びは近頃滅多に拝めない表現で。

しかし、始まった試合の序盤は力量の圧倒的な差に悲しくなりました。
スペインのパス回しは軽やかで優雅で、日本はボールに触れる機会さえ僅かで。
何とかボールを奪いたいと走り回る日本なのですが、振り回されているだけにも観えて。
そこでサクッとゴールを決められてしまい。

前半戦に日本の見せ場はほとんど無かった感です。
長友選手も頑張って走り回っていたのですが、味方へのパスがあっさり奪われてしまったり。

後半戦でも当初は同様な流れに観えました。
しかし、ひるまず走り回る日本。
そして、立て続けに頂いてしまうイエローカード。
いまのは、そんなにラフなぷれーだったのかな?と思いつつも、諦めずに頑張る日本の選手達を応援し続けました。

この時間に起きている知人のTweetをスマホで確認したり。
そんな矢先に同点のゴールが。
待機していたTweetの送信ボタンを押しました。
勿論、ブラボー!

更に数分後に追加点も。
これはビデオ判定にかなりの時間が掛かりました。
しかし、ゴールは認められ。
勿論、ブラボー!

ボールの支配率はまだスペインにあったものの、勢いは明らかに日本に。
勝ち逃げするにもボールに触れられるタイミングさえ少なく。
しかし、その後に失点なく勝利!
勿論、ブラボー!

試合後のインタビュー、試合で目立った選手からだったのですが、背後からはブラボー!の叫び声が。
インタビューに応える選手は、またやってるなと嬉しい笑顔。
前回はこれが誰の叫びなのか最初判らなかったものの、長友選手以外に考えられなく。
待ってたよ。

各局のニュースでも長友のブラボーが紹介されていたのですが、朝七時のNHKのニュースでのブラボー!がこれまた良かったです。
長友選手のインタビュー中に他の選手が背後を横切ったのですが、通り過ぎる選手に向かい「ブラボー!」とまた叫んでいて。これまた大いにウケました。
その後の放映でこの場面は登場せずで。自分は幻を観てしまったのであろうか。

しかし、世の中にはそんなドアホな長友選手が苦手な方もおりまして。
長友選手本人も、引かれてしまう人が居るのは承知らしいのですが。
残念ながら、それも現実で。
好みがハッキリ分かれてしまうタイプの様です。

兄の通っていた大学では、宴会芸で陰毛を燃やす馬鹿がいたそうです。それに近く。
ちなみに、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」でも西郷さんがこの芸を披露していまして。
自分はこの芸を見たことが無いのですが、勇気は認められるものの、これは臭気にも訴えるだろうなぁと。髪が燃えた時の独特の臭いってあるじゃないですか。
芸人ですと江頭さんがトルコで披露した芸が大問題に発展したり。あれに近いキャラなのかも知れず。(自分もそんなの観たくはなく)

話が飛びます。
昼頃にTwitterを確認したところ、渡辺徹さんの訃報が。
週末の深夜は面白いテレビ番組が少なく、チャンネルを回していると自然科学系の教育番組に辿り着きがちでした。
渡辺さんのナレーションは落ち着いていて、耳障りも良く。
しかし、しばらく前の放映でナレーションの声が弱っていて。また何かの病気にかかってしまったのかと心配していました。

自分が中学生の頃、テレビドラマに登場した渡辺さんは女性達から大人気でした。
その頃から自分はあまりテレビを観ていなくて。「太陽にほえろ」で観た姿は松田優作の様なインパクトも無く。
芸能界にも全然興味の無かった自分でしたが、榊原郁恵さんと結婚されたそうで。
ずっと時が流れてから、巨漢となった渡辺さんに驚いたりで。
太り過ぎた結果、持病もあったそうで、何かのテレビ番組では奥さんによる食事管理の苦労とか語られていて。
奥さんがこれだけ頑張っているのに、どうしてやせないの?の原因は、影で大食いをしていたとのオチも。
「あしたのジョー」で減量に成功しないマンモス西が、夜泣きうどんに手を染めた場面を思い出してしまったり。

そんなダメ男の渡辺さんは、一時期スキャンダルの噂もあった記憶です。
あれだけ頑張っている奥さんが気の毒で仕方なく。
ただ、夫婦とも明るいキャラクターで誰かを馬鹿にするような場面も無く。
駄目亭主としっかり女房のコンビ、ちゃんと続いているんだなぁと感心してしまったり。
時々聴く渡辺さんの穏やかなナレーションに、奥さんの頑張る姿を投影したりでした。

駄目亭主としっかり女房のコンビというと、勝新太郎さんと中村玉緒を思い出したり。
中村玉緒さんをテレビで最近見掛けないよなぁと、軽く検索したところ、ちょっと前の気になる記事が。
どうやら、認知症になってしまった様子で、深夜徘徊されているそうで。
現在は83歳だそうで、母とほとんど同い年だったらしく。

みんな、色々あるんだなぁと。
サッカーで日本が勝利した余韻は半日ほどとなってしまいました。
ともかく、みんな頑張れ。頑張らなくともいいから。

追記:
大昔に観た単発ドラマ「シェイクハンド」が感動的だったと思い出しました。
古尾谷雅人さんと渡辺徹さんが出演した劇画系だったのですが。
もう一度観たい作品の一つです。

コロナでちょっと気になったニュース

友人からコロナ関連のニュースを紹介してもらいました。
タイトルは『コロナ「2回感染」した人は死亡・病気のリスク急上昇』とのことで。

数値で示された本文は
『私たちは、アメリカ退役軍人省が集計している約580万人分の健康データを、コロナの流行が始まった2020年から今年にかけておよそ2年分、収集して分析しました。データには、一度もコロナに感染していない人が約533万人、一度感染した人が約44万人、そして2回以上感染した人が約4万人含まれています』
『まず、再感染によって最もリスクが上昇したのが「肺疾患」と「腎臓疾患」だという。再感染した人は1回感染した人に比べ、前者のリスクが3.54倍、後者のリスクが3.55倍と、まさしく激増しているのだ』
とのこと。

感染率を軽く計算してみたのですが、一度感染した人は8.26%、2度以上感染した人は0.75%だそうです。
ただし、これは感染した割合であって、重症化した割合は更に少ないかと。

厚労省のデータを確認したところ、国内の今年2月下旬のピークで感染者は10万人だそうで、同時期に重症化したのは1500人だそうです。
感染者の中で重症化した人は1.5%だそうで。(8月のピークの方が感染者数は多いのに重症化した人は少ないので、ちょっと厳しめな値を採用しました)

今年の感染者の累積は2480万人、死亡者の累積は49644人、感染者の中で死亡した割合は0.116%だそうです。
統計的には累積で観た方が精度が高そうにも思えるのですが、後のピークほど重症化率も死亡率も低下している傾向なので、累積ベースでは厳しめな値かと。

上記の重症化率の計算はかなりアバウトなので、傾向を観る程度としても、重傷者の割合の一割くらいが亡くなられている点では、ある程度の信ぴょう性がありそうです。
また厚労省の上記統計では60代以上の高齢者の重症化率が圧倒的に多いですので、年齢による差も大いに影響しています。

そんな数値を確認した感想としては、50代以下の人は複数回感染でも、それほど気にする必要が無いのかな?と思えています。
感染したところで、1%未満の重症化率ですし、

ちなみに、上記の計算が桁違いに間違っていないか他の統計と照合してみました。
新型コロナ第6波の重症化率と致死率」という記事で世代別の重症化率を確認したところ、上記の計算は大間違いでは無さそうです。

感染しないのが最良と思いますが、感染してもそれほど悲観的になる必要も無さそうで。
ただ、70代以降の感染者は重症化率も高めですので、注意が必要に思えます。
しかし、高齢者ほど身体は元々弱っているので、これまでの肺炎やインフルエンザで死亡する率も十分高かったかと。
なので、コロナだからと特別扱いする必要も無いのでは?と思えます。
特に現役世代や将来のある若者がコロナだからと及び腰になるのは勿体無い感でもあり。

だいたい、この頃は検査を止めてしまった様な国も少なく無いらしく、感染者数の統計データもどれだけ当てになるのかよく判らないのでは?とも思えていたりなのですが。
なので、米国の場合は退役軍人の健康データで統計が取りやすいのかも知れず。
あと、二年前のニュース映像を思い出すと、重症に満たない中等症の患者でも十分に苦しそうだったり。あれでも重症扱いではないのがちょっと不思議でした。

少し話が逸れます。
サッカーのワールドカップの会場は大賑わいで、マスクの着用者はかなり少なく。
弱毒化しているのが大前提だと思います。昨年の東京オリンピックは無観客でしたが、あのタイミングではやはり仕方なかったのかなと。
対して、中国のゼロコロナ政策は暴動さえ発生している現状で。
カタールの感染状況が今後どうなるのか、とても興味深いです。

ニュース記事ではこんなのもありました。「中国、サッカーワールドカップのマスクなし観衆映像をカット」だそうです。
日本の場合は、どっちつかずの対応の様です。まぁ慎重な国民性なのかと思うようにしています。
今夜の日本対スペイン戦の勝敗も気になりますが、コロナへの対応の結果も気になるところです。

なんだこれは

しばらく前に業務スーパーで売られていたスパゲティ用の明太子クリーム。
スパゲティも茹でるだけで調理できるので、何となく頂いてみたのですが。
これが自分の口に全く合わず。
「貧乏人が贅沢言ってるんじゃないよ」と自分に言い聞かせつつ頂きました。

何がいけなかったのかというと
・明太子の粒々食感が全く無い
・かといってクリーミーでも無い

出来損ないのカルボナーラだと思いつつ、口に放り込みまして。
スパゲティ自体は美味しく茹でられたのに、勿体無いことをしました。
一袋百円もしないのに大容量だったので入手したのですが、安いのにはやはりワケがあった感です。
実はもう一袋残っているのですが、これはいつ頂くことになるのやら。

Twitterでこの商品の評価を確認したところ、これでも美味しいと思える人が居まして。
本当に人の舌など千差万別で。
しかし、自分と同じ感想の方もいらっしゃいました。

タラコ系のスパゲティの元は、大体が少量サイズで販売されていまして。
まぁ味はどれも似たようなもので、大当たりも大ハズレもあまり無い感じです。
次回は少し手間をかけて、本物のタラコか明太子を利用して作ってみようかと。
ちゃんとしたレストランの味に近付ければ。

お金も手間も掛けないで美味しい料理って、難しいのかも知れません。
ちゃんとした肉とか魚とか野菜とかでしたら、最低限の調理で美味しかったりしますが、加工食系はやはりそう行かずの様子です。