禁煙宣言から24時間後

禁煙をすると数々の効能があるそうです。
しかし、24時間以内に体感できるものはほとんど無し。
味覚や嗅覚もほとんど変わらず。ただ、咳き込んだり喉に痰が絡むような症状はそれなりに減りました。
48時間以降を楽しみにしています。同じものが美味しくなるなんて、最高じゃないですか。

これまでの24時間、煙草を吸いたいタイミングは勿論幾度もありました。
現状、敵が自分な我慢比べ状況です。

以下は禁煙マラソンさんの記事。

1分禁煙するとタバコのダメージから回復しようとする機能が働き始める。
20分で血圧は正常近くまで下降する。
脈拍も正常付近に復帰する。
手の体温が正常にまで上昇する。
8時間で血中の一酸化炭素レベルが正常域に戻り、血中酸素分圧が正常になって運動能力が改善する。
24時間で心臓発作の確率が下がる。
48時間で臭いと味の感覚が復活し始める。
48~72時間でニコチンが体から完全に抜ける。
72時間で気管支の収縮が取れ、呼吸が楽になる肺活量が増加し始める。
2週~3週で体循環が改善する。歩行が楽になる。
肺活量は30%回復する。
1~9ヶ月で咳、静脈鬱血、全身倦怠、呼吸速迫が改善する。
5年で肺ガンになる確率が半分に減る。
10年で前癌状態の細胞が修復される。口腔癌、咽頭癌、食道癌、膀胱癌、腎癌、膵臓癌になる確率が減少する

禁煙宣言

4月1日。エイプリールフールな日ではありますが、自分にとっては過去に特別な一日でもありました。
大ボラになる危険性が大ですが、禁煙を始めてみます。生まれて初めての禁煙宣言です。
禁煙については過去にも綴っています。迷っているだけで宣言に至らずの日々でした。

今日からは条例等々で公の場所での喫煙が益々厳しくなったり、それを見越してマンションの管理組合でも半年ほど前からベランダでの喫煙も禁止していまして。
他にも色々と事情がありますが、健康面でも年中妙な咳をしていたりで昨今の新型コロナな状況では誤解も招きそうで。

そして何よりも、志村けんさんの他界が説得力あった感です。
新年度が始まるし、このタイミングを逃してはいけないと。
キッカケが重なりました。

大風呂敷を広げただけとなるかも知れません。
出来ない約束はなるべくしない性質でしたが。
守れなくても大目に見てくださいね。

最期のイップクは駅の近くのセブンイレブンででした。
箱に残った煙草を一気に吸ったら気持ち悪くなり。
全部吸う必要も無いので、残りはゴミ箱にポイ。

今日の出来事

午後に目が覚めてニュース記事を確認したところ、志村けんさんが昨夜他界されてしまったらしく。
数日前のニュースで、入院されているとは聞いていました。恐らく、知名度や社会的影響力もあって最高の医療が提供されていたと思います。
それでも救えなかったとは。

今夜は都知事の緊急会見も予定されていて、いよいよロックダウンか?とその放映を待機していたりでした。
結果的に当たり障りのない内容しか無く、そんなので事前に告知するなよと思いつつ。

会見に先立ち、地元のスーパーへ寄ってみると今夜は肉類が売れていた様子です。保存の効く食料品は既に皆さんそれなりに備蓄されたのかな。
自分も鶏の胸肉を2パック入手。下ごしらえして冷凍庫に入れました(その前に一時冷蔵中ですが)。
恐らく、三週間分くらいの食料はこれで揃ったと思います。

あと、袋マスクの販売を一ヶ月ぶり以上で見掛けました。駅前のドラッグストアに入荷していました。
10枚入り税込み550円だったので、単価55円。中国製で聴いたことも無いメーカーの品でした。
まぁネット通販で入手するよりはまだ割安だと思います。巷に少しは出回ってきたのでしょうか?

その後の21時のニュースでは、また気になる話題が。
現在の東京での感染グラフが二週間前のニューヨークとかなり似ているそうで。ニューヨークはその後に感染者が激増したと。
ニューヨークでは既に死者の収容もパンクしており、病院には亡骸を納める為に冷蔵のトレーラーが横付けされているそうで。

今日は知人友人から同様のメッセージが幾つも届きました。
「SUKIYAKI、煙草ヤメロ!」。
もうちょっと迷わせてくださいネ。

かなりどーでもいー話題

Twitterにも綴ったのですが、備忘録な記事です。
アマビエが誰かに似ていると思ったら、山下達郎さんでした。
自分だけそう思っているのかな?と検索したところ、既に指摘されているTweetもチラホラ。
ロングヘアのせいもあるのかな。あと、目元と輪郭も微妙に入っているというか。

もう一つは元スペクトラムの新田一郎さんが80年代の笑っていいとも「テレフォンショッキング」に出演された際の場面を思い出しまして。
御本人曰く「学生時代はチクり魔だった」と。他にもタモリさんのラッパの音色を評価しているとの話も。当時はまだ「今夜は最高」も放映していたのかも。
テレフォンショッキングで次の紹介は坂上忍さんだった記憶で、電話越しの坂上氏は「新田さんずいぶん太ったね」みたいなことを言っていたような。
かなりうろ覚えだったので検索したところ、出演の順番は合っていた様です。

新田さんの音楽性について、ソロの活動は自分もよく分かっておりません。悪くも無いのですが、あえてCDを購入するほどでもないかなと。
自分の高校時代にホーン・スペクトラム名義で発売されたSAGAというアルバムをレンタルレコードで借り、それくらいしかちゃんと聴いていないのですけれど。
新田さんはスペクトラムという集合体で威力を発揮できる演奏家なのかなぁと思っています(復刻版のライナーノーツで本人も同様の事を綴られていて、スペクトラムあっての新田だったと)。
プロダクション業を主にされて以降の演奏も僅かに耳にしています。カシオペアのライブでラッパを吹いたり、爆風スランプの録音にもそれらしき音が入っていたり。
ミュージシャンとしては一流と思っていますが、バンドの纏め役やプロデュース役、経営者としてはイマイチだったのかなぁと。
たまたまなのか、爆風スランプやカシオペアの末期に新田さんは関わっていて、どちらも解散していて。スペクトラムが短い期間で解散したのも同様の問題があったのかなぁと。
実際のところは謎なので、勝手な想像でしかありません。

1991年にスペクトラムのCDが復刻発売された際、ラジオ番組で新田さんのトークを久し振りに聴けたりでした。
スペクトラムについては(メンバーが多いからか)お金が掛かり過ぎるので、復活は難しいとの趣旨を伝えていたような。
2000年代に入りWebサービスが一般家庭に普及し始めると、新田さんのソロ復活みたいな案内が嘗てのファンクラブ経由で流れてきたそうです。
しかし、復活祭的なイベントのチケットが高額過ぎてファンからの不満の声があがり、結局ソロ復活な話も消えてしまい。
社長を務めていた代官山プロダクションも倒産。関係者らしき方々の裏事情みたいなのも某巨大BBSで見掛けたりで、苦労は多かった様子です。
ただ、どれも匿名サイト系の話なので、信ぴょう性は謎です。

その頃、スペクトラムのトリビュートバンドのコンサートに自分は幾度か伺っています。
自分よりも遥かに情報通なファン達が毎度集まっていました。スペクトラムの現役時代からライブで触れていたりファンクラブの会報も全て揃えていたり。
皆さん親切な布教家のような方々で、珍しいものを頂けたりも。
そこで永年の謎だった部分も教えて頂けたり。自分としては短期間でも構わないのでスペクトラムの再結成を期待しているのですが。
バンドのメンバーもそろそろよい歳ですし、(踊りは抜きでも)演奏だけでも大変だろうなぁと思えて。

日本で感染者が少ない理由

今回の記事はメモ代わりで、特に何の役にも立ちません。
新型コロナウイルスの感染者が日本で少ない理由について、しばらく前から色々と考えていました。
当初は衛生概念が厳しいからかと思っていました。手洗いやマスク着用、台所やトイレや風呂場を綺麗に使ったり。
あと、魚等の生食を好む文化で、殺菌や冷蔵や賞味期限等の管理が厳しいのも関係しているのかな?とも。
オランダに滞在していた際、卵を生で食べるのは危険だと言われたりしました。それをやったっら腹を壊すとの指摘で。逆にオランダ人が日本に訪れた際に和食な朝食で生卵に驚いていたり。

その他、生物学的というか遺伝子レベルで日本人はコロナウイルスに何らかの耐性を持っているのかなぁ?とか(何の根拠も無いですが)。
思いつくのはそれくらいでした。

昨日のニュース記事では子供の頃に受けたBCGが関係しているかも知れないという話題がありました。
結核の予防なBCG、それが効果あったのかもでオーストラリアの研究機関が注目しているそうで。尚、BCGについては国によって株だか種類だかが異なる様で、新型コロナへの効果も異なるのかも知れません。
幼少期に自分も受けたツベルクリンとかの予防接種、薄っすらと記憶に残っています。腕に痕が残っていたハズなのですが、シャツを脱いでいま確認してみたもののパッと見分かり難く。加齢のせいか?
ここら辺のこと、ちゃんと調べてみないと自分もよく分かりませんし、語れる程の知識も無く。高校時代に習った生物も綺麗サッパリ忘れていますし。
医療従事者さんとか、子育てを経験した女性が詳しそうな領域なんだろうなぁと。

数年前にアフリカへ出張した際は、事前に幾度か予防接種を受けさせられていました。これもよく覚えていないのですが、黄熱病だったかマラリアだったか。
予防接種を受けていないとVISAも発給されなかったような。
その予防接種を受けた場所には多くの若者が訪れていました。若者の会話を聴く限りまだ現役の学生で、JICAでアフリカ方面を渡航予定だそうで。
その後実際にアフリカを体験。現地は暑かったものの半袖で蚊に刺されては危険だという事で終始長袖。
個人的には治安の方がよっぽど危険な思い出となりました。そして、事件や事故に巻き込まれて命を落とす日本の青年もそれなりに居るらしく(これが新聞沙汰にならないのも恐ろしく)。
身内がJICA関連で途上国に行くのはオススメ出来ない感です。どうしても行きたいのならシニアになってからが良いかと。どうしてシニアなら良いのかというと、人生でやりたいことの幾つかを既にやっているからで。
途上国でも勿論良い人は居ますが、悪人のレベルが違うというか、それを取り締まる環境も整っておらず、一部の人からはネギを背負った鴨程度にしか観られていないというか。

話が逸れました。
BCGにしても正式な治療では無く症状の低減程度とも言われているそうで、新型コロナの正式な治療方法が確立するまでの応急対応とも。
治療方法の確立までは1~2年程度掛かるとも言われているそうで。その間に、何らかの相関関係が色々と噂されそうでもあります。
これ以上行列になっては困るので、ラーメン二郎に予防効果があったとかのデマが上がらなければ良いのですが。

あと、ワクチンの開発関連の記事を過去に読んだ中で、どうやってその方法に気付いたのか?等けっこう不思議なのがあったりでした。
研究者本人が実験台になるパターンもあったりしたそうで。
物理の世界でも、放射線の研究の初期はバタバタと人が倒れた歴史もあるそうで。当初は危険性に気付いていなかったのでしょうけれど。
具体的な話はほとんど忘れてしまっていて、思い出したら記事の補足をしてみたいです。

軽く検索したところ、一例としてはこんなのがありました。「BCGの歴史:過去の研究から何を学ぶべきか」です。
PDF形式の文章で自分も冒頭(16頁目)しか読んでいませんが、「開発チームただ一人の生き残り」な老人の回想がなかなか説得力ありまして。元々は毒であったBCGを231世代(13年間)に渡って培養し、様々な動物で無毒化を確認し。
BCGが最初に接種された「人」は赤ん坊で、その住まいには結核患者が何人も同居していたそうです。
家族の同意があったとはいえ悪く言ってしまうと人体実験だったかも知れませんが、何の対応も取らなければ生き延びることも難しかったかと。
普及途中でまた毒性が復活した悲劇もあったそうで。

現代でも新薬の開発は重要な分野の様です。とてつもない開発費も掛かっていたり。
2億円以上の新薬が保険適用になるとかの話題も昨年辺りから気になっています。
保険制度の崩壊にもなり兼ねないと思われますし。人の命に値段はつけられない考え方もありますが、限度が全く無いのも問題と思えてしまい。
しかし、今回の新型コロナによる医療崩壊でトリアージな対応を迫られた場面、年齢で優先順位が設けられたりも。
医療の技術開発も難しいですが、それを取り巻くルール作りも難しそうで。

味覚と嗅覚

新型コロナウイルスの自覚症状の一つに味覚と嗅覚が衰えるというのがあるそうで。
過去に自分もインフルエンザで似たような症状があったりでした。もっとも、高熱の方が辛かったですけれど。

そういえば、Stevie Wonderも一時期味覚と嗅覚が無かったと聞いています。
視力も無く、味覚も嗅覚も無い世界というのがどんなものなのか、想像もつかずです。
ただ、あの方の天才肌な音楽性はそういった障害があったから生まれたのかなぁとも思っていたりです(ちと語弊があるかも知れませんが)。
実際、視力の無い方の聴覚は凄い能力を発揮しているらしく。どっちの方向から音が鳴ったのかとか研ぎ澄まされるのか。

十年以上前に、Stevieは人口視力の手術を受けるとかの記事を何かで読んでいます。その後の続報を見掛けておらず、どうなったのかなぁとも気になっており。
某所にも最近綴ったのですが、Never in your sunという曲の歌詞が自分は大好きで。
ちょっと落ち込んでいる時に公園で見掛けた天使のような女性に励まされる歌詞、曲の終わりではそんな奴を見掛けたら同じように励ましてやれって流れで。
この歌詞の中で、天使の様な女性の姿がまた美しく形容されていて。眼が観えないのに、どうやってこの表現を?と。

新型コロナ、自覚症状が無いパターンもあるそうなのですが、この味覚と嗅覚の症状は分かり易くていいですよネ。
とりあえず自分は何でも美味しく食べられて幸せだなぁとそのニュースで思ったり。人間の欲求で食欲は外せませんし。
ここしばらく、自炊も美味しく出来ていて幸せです。

これまで、カレーを作るにしても隠し味とか色々試しがちだったのですが、最近はどんどんシンプルになってきていて。
結果的にその方が飽きない味付けに繋がったり、素材本来の美味しさが伝わったり。
食パンを焼いてバターを塗っただけなのに、こんなに美味しかったんだなぁと思えて、そこからシンプル路線になっています。
この週末の二日間、東京は外出自粛状況ですので、料理を楽しむのも悪く無さそうです。
今夜作ったカレー、明日には美味しくなっていそうですし、スパゲティ用のミートソースも作りかけな状況です。
テーブルも綺麗に片付けられたら更に演出出来そうなのですが、これが溜め込んだ食材で溢れていて。
明日はそこから片付けようかな。
何だかタイトルと掛け離れた話題になってしまいました。

老害

世の中、会社や何らかの集団で老害というのはありまして、適当なタイミングでの引退というのは大切かと思っています。
ただ、本人は思考回路か記憶回路の経年劣化が入っているのか、全くその意識が無い場合も。そして、年配者に対して誰もそれを指摘できなかったり(陰ではまたかよ!と)。
功労者としての敬意は勿論ありますが、現在の立場でそれは不味いだろというのはあるかと。
結果的に、若い人が寄り付かなかったり直ぐに離れてしまったりな状況に陥りがちで。

自分は転職活動で多くの会社の面接を受けてきましたが、上記の様な経営者を見掛けた場合は内定を頂いても辞退してしまった場面が幾度かありました。
例外だったのは一人だけです。かなり個性的な出光の創業者の様な立派な紳士でした。

綴りたかったのは、このご時世での出来事です。後からこの文章を読み返したら「何のご時世?」となってしまうので曖昧にせず「新型コロナウイルスに関連したマスク不足」です。
漱石の明治時代の文章でも、注釈や解説が無いと何のことを言っているのかサッパリ分からない表現があったりしますし。
例えば三四郎に登場した「午砲(どん)」という単語。自分は他の文章で一度も見たことが無く(“当時はお昼に大砲で時間を知らせていた。1870年に午砲の制が出されて大都市では大砲を打つことが制度化されていた。「どん」という名称は大砲の音からそう呼ばれていた”だそうです)。
百年後に誰かがこの記事を読んでいるとはとても思えませんけれど、2020年は東京でオリンピックが開催される予定で、新型のウイルスの蔓延で予定は延期となり、それが何時開催されるのか分からない期間が現時点です。ひょっとしたら中止になるのかも知れず。
と、かなり脱線しました。

使い捨てマスクの多くは海外生産で、国産は2~3割程度。世界的に大流行した謎のウイルスのせいで、マスクは品不足。
国をあげてその対策を粘っているところですが、一般市民はなかなか入手出来ず。販売されているハズなのに、店頭でまず見掛ける機会も無く。
転売サイトでは平気で10倍以上の値段で販売されてはいましたが、それにもやっと規制が入った状況。
オリンピックを予定通り開催する招致国でもあったので、不安を煽るかもしれない大胆な政策がなかなか取れなかった国。それが(待っていた外圧で)延期となり、やっとまともな舵取りが出来そうなこの頃なのかと。
って、いま生きている人は誰でも知っている状況ですけれど、百年後の人は漱石の文章の如く知らないか、余程の懐古主義か、歴史の研究者くらいかと。
前置きが長過ぎました。

しかし、マスクはドラッグストアで週に一度以上販売されているらしく。
Twitterで検索したところ、早朝から老人達が行列を作って買い占めているそうです。購入可能な個数制限は勿論あるのですが、行列が長過ぎるそうで。
これは単なる噂でなく、ドラッグストアで働いている方や、その列に並んだ方や目撃された方の言葉で。
噂が噂を呼ぶ的な都市伝説ではなく、Tweetされた本人のProfileや過去のTweetを診れば、フェイクか否かはだいたい判断出来るもので。
その老人達は常連も多いそうで、開店前の行列で顔見知りな会話もあったりだそうで。
現在のトイレットペーパー不足もこのパターンがあるそうですが、マスクですと場所も取らずなので、無限に溜め込んでいるのかな?
こんなのが続いてしまっては、その他大勢の方にマスクが届く機会が無さそうで。
これは一種の老害かと。

この老人達がマスクの入手後にどうしているのかが謎です。
核家族が一般的な時代ですし、溜め込んでいるパターンも何割かはありそうです。
困っている子供や孫にプレゼントしているのなら、まだ救いようがあります。

対策を考えてみましたが、台湾の様な購入者の識別が現状で一番スマートそうです。そのような社会システムが日本ではまだ出来上がっていなく。
それが出来ないのであれば、どんな対策があるのか更に考えてみたところ、これがロクでも無いのばかりです。
その一例としては、列に毎度並ぶ常連な老人達だけをVIPルームに案内するとか。「こちらへどうぞ」と、暖房も無料の緑茶もリクライニングシートもトイレも用意した快適な空間。
集団感染を誘発するゴキブリホイホイのようなもので、一ヶ月ほどで効果が表れそうです。
星新一的なブラックジョークですが。

海外の医療崩壊ではトリアージな対応も迫られているらしく。60歳以上は優先度を下げる等の。
何らかの線引きが必要な最悪の場面、年齢制限というのは分かりやすく単純な選択肢だと思います。
ただ、マスクが入手出来ないだけで、この選択は論外でしょうね。
自分だって、高齢者の身内が感染してしまったら何とか救ってあげたい気持ちは勿論あります(人徳によりますが)。
ちと恐ろしいことを綴ってしまいました。

イタリアでのトリアージの選択は自分も色々と考えさせられました。もしそれが50歳以上となったら自分も引っ掛かるワケですし。
ただ、歳相応にやりたいことの何割かは実現出来たし、空席が足りないのであれば若い世代に譲れる気持ちはあります。
二十代までの間に何かが上手く進まず、やりたいこともやれずに自らあっちに逝ってしまった友人が自分には何人か居て。
あれに比べれば自分は余程幸せだったと思います。その倍も生かせてもらってきたのですし、やりたいことを幾つも経験させてもらってきましたし。
勿論、無駄死にするつもりも無いですけれど。

自分は興味対象が偏っている自覚があります。
学生時代に誰もが学んできたことでも、記憶から綺麗に消えてしまったこともあれば、妙に引っ掛かっていることもあったり。
社会不安については大昔から色々とあった様です。現代ですと核の問題が追加された程度かな?と思っていました。
だいたいは前例があった問題ですけれど、疫病についての不安については考えたことがほとんど無く。過去にも勿論あった問題ですが、そんな話題や文章に気をとめたことも無く、近代では低いプライオリティーと片隅に置いていて。
普通に暮らしている人で、その点を気にされていた方ってどれくらい居るのかなぁと。

漱石の文章でも当時の言葉に時代を感じたり、普遍的な感情に揺らされたり。
未来的なSF映画でも疫病関連は取り上げられたりしていました。ただ、どうにも実感が湧かず。薄気味悪いゾンビみたいなのがうろうろしているだけの印象で。
時代劇で過去の疫病に苦しむ世界を表現した方が、自分には取っつき易かったかなぁと。